「未亡人」(みぼうじん)が出てくる聖書の箇所
「未亡人」(みぼうじん)は日常訳第1版の26か所(旧約14・新約12)に出てきます。口語訳では0か所。
創世記(1か所)
創世記38:11 ユダは嫁のタマルに言った。「わたしの息子シェラが大きくなるまで、あなたの父の家で未亡人のまま過ごしていなさい。」心の中では、シェラも兄たちのように死んでしまうかもしれない、と思っていたのだ。それでタマルは父の家に戻って暮らした。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二14:5 王は彼女に尋ねた。「どうしたのだ。」彼女は答えた。「わたしは夫を亡くした未亡人です。
列王紀上(3か所)
列王紀上7:14 彼はナフタリ族の出で、母は未亡人、父はツロの人で、青銅を扱う職人だった。彼は青銅であらゆる仕事をする知恵と理解力と知識に満ちていた。彼はソロモン王のもとに来て、その仕事をすべて成し遂げた。
列王紀上11:26 また、ネバトの子ヤロブアムも、王に反旗をひるがえした。彼はツェレダ出身のエフライム人で、母はツェルヤという名の未亡人だった。ヤロブアムはソロモンに仕える者だった。
列王紀上17:20 そして主に呼びかけて言った。「わたしの神、主よ。あなたはわたしが世話になっているこの未亡人にまで、わざわいを下し、その息子を死なせるのですか。」
ヨブ記(2か所)
ヨブ記29:13 滅びかけていた人がわたしを祝福してくれた。わたしは未亡人の心を喜びで歌わせた。
ヨブ記31:16 わたしがもし、貧しい人たちの願いを退け、未亡人の目を絶望で曇らせたことがあるなら。
箴言(1か所)
箴言15:25 主は、高ぶる者の家を取り壊す。でも、未亡人の土地の境界は、しっかり守ってくださる。
イザヤ書(5か所)
イザヤ書1:17 善い行いを学べ。公正を求めよ。しいたげられている人を助けよ。親を亡くした子のために正しくさばき、未亡人のために弁護せよ。
イザヤ書1:23 おまえの指導者たちは反逆者で、盗人の仲間だ。みな、わいろを愛し、見返りを追い求める。親を亡くした子のために正しくさばかず、未亡人の訴えに耳を貸そうともしない。
イザヤ書10:2 彼らは弱い者たちを裁判で退け、わたしの民の貧しい人たちから正当な権利を奪う。未亡人を食いものにし、親のない子どもたちを略奪する。
イザヤ書47:8 だから今、これを聞け。快楽にふけり、安心しきって座っているあなた。心の中でこう言っているあなた。「わたしがいる。わたしのほかにはだれもいない。わたしが未亡人になることはない。子を失うこともない」と。
イザヤ書47:9 ところが、その二つのことが、一瞬のうちに、たった一日でやってくる。子を失うことと、未亡人になることだ。あなたがどれだけ多くの魔術を使い、どれだけ強力な呪文を唱えても、それはそっくりそのまま、あなたに降りかかる。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書22:25 この地の預言者たちは、その中で徒党を組んでいる。獲物を引き裂いて吼えるライオンのようだ。彼らは人の魂を食い尽くし、宝や大切なものを奪い取り、多くの女を未亡人にした。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ18:3 その同じ町に、一人の未亡人がいた。彼女は何度もこの裁判官のところに来て、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と訴えた。
ルカ18:5 それでも、この未亡人はうるさくて仕方がない。裁いてやろう。そうしないと、いつまでも来て、わたしをうんざりさせるだろう』」
テモテへの第一の手紙(8か所)
テモテ第一5:3 本当に身寄りのない未亡人を、大切にしなさい。
テモテ第一5:4 でも、未亡人に子や孫がいるなら、その人たちがまず、自分の家族を敬うことを学ぶべきだ。そして、育ててくれた親や祖父母に恩を返すべきだ。それこそが、神に喜ばれることなのだ。
テモテ第一5:5 本当に身寄りがなく、ひとりぼっちになった未亡人は、神に望みを置いている。そして、昼も夜も、絶えず神に願い、祈っている。
テモテ第一5:6 でも、快楽にふけって生きている未亡人は、生きていても、もう死んでいるのと同じだ。
テモテ第一5:9 名簿に加える未亡人は、六十歳以上で、一人の夫だけに連れ添ってきた人でなければならない。
テモテ第一5:11 でも、若い未亡人は名簿に加えてはいけない。彼女たちは、欲望に流されてキリストから離れると、また結婚したくなるからだ。
テモテ第一5:14 だから、わたしは若い未亡人には、結婚して子どもを産み、家庭を切り盛りしてほしいと思う。そうすれば、わたしたちを敵に回す者に、悪口を言う口実を与えずにすむ。
テモテ第一5:16 信じている女性が、身内に未亡人をかかえているなら、その人が世話をすべきだ。教会に負担をかけてはいけない。そうすれば、教会は本当に身寄りのない未亡人を助けることができる。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ1:27 父である神の前で、清く汚れのない信仰とはこういうものだ。それは、困っている孤児や未亡人を訪ねて世話をすること、そして世の汚れに染まらないよう自分を守ることだ。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録18:7 あの都が自分を誇り、ぜいたくにふけった分だけ、同じだけ苦しみと悲しみを与えなさい。あの都は心の中でこう言っているからだ。『わたしは女王としてこの座にいる。未亡人ではないし、悲しみを味わうことなど決してない。』