「座」(ざ)が出てくる聖書の箇所

「座」(ざ)は口語訳の233か所(旧約192・新約41)に出てきます。「座す」「座する」も含みます。日常訳第1版では51か所。

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233か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ14:62 イエスは言いわれた、「わたしがそれである。あなたがたは人ひとの子こが力ちからある者ものの右みぎに座ざし、天てんの雲くもに乗のって来くるのを見みるであろう」。

ルカによる福音書(5か所)

ルカ14:9 その場合ばあい、あなたとその人ひととを招まねいた者ものがきて、『このかたに座ざを譲ゆずってください』と言ゆうであろう。そのとき、あなたは恥はじ入いって末座まつざにつくことになるであろう。

ルカ14:31 また、どんな王おうでも、ほかの王おうと戦たたかいを交まじえるために出でて行いく場合ばあいには、まず座ざして、こちらの一いち万まん人にんをもって、二に万まん人にんを率ひきいて向むかって来くる敵てきに対抗たいこうできるかどうか、考かんがえて見みないだろうか。

ルカ20:43 あなたの敵てきをあなたの足台あしだいとする時ときまでは、わたしの右みぎに座ざしていなさい』。

ルカ22:30 わたしの国くにで食卓しょくたくについて飲のみ食くいをさせ、また位くらいに座ざしてイスラエルの十じゅう二にの部族ぶぞくをさばかせるであろう。

ルカ22:69 しかし、人ひとの子こは今いまからのち、全能ぜんのうの神かみの右みぎに座ざするであろう」。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ6:3 イエスは山やまに登のぼって、弟子でしたちと一緒いっしょにそこで座ざにつかれた。

使徒行伝(2か所)

使徒2:35 あなたの敵てきをあなたの足台あしだいにするまでは、わたしの右みぎに座ざしていなさい』。

使徒23:3 そのとき、パウロはアナニヤにむかって言いった、「白しろく塗ぬられた壁かべよ、神かみがあなたを打うつであろう。あなたは、律法りっぽうにしたがって、わたしをさばくために座ざについているのに、律法りっぽうにそむいて、わたしを打うつことを命めいじるのか」。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ8:34 だれが、わたしたちを罪つみに定さだめるのか。キリスト・イエスは、死しんで、否いな、よみがえって、神かみの右みぎに座ざし、また、わたしたちのためにとりなして下くださるのである。

ローマ14:10 それだのに、あなたは、なぜ兄弟きょうだいをさばくのか。あなたは、なぜ兄弟きょうだいを軽かろんじるのか。わたしたちはみな、神かみのさばきの座ざの前まえに立たつのである。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一10:7 だから、彼かれらの中なかのある者ものたちのように、偶像ぐうぞう礼拝れいはい者しゃになってはならない。すなわち、「民みんは座ざして飲のみ食くいをし、また立たって踊おどり戯たわむれた」と書かいてある。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二5:10 なぜなら、わたしたちは皆みな、キリストのさばきの座ざの前まえにあらわれ、善ぜんであれ悪わるであれ、自分じぶんの行おこなったことに応おうじて、それぞれ報むくいを受うけねばならないからである。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:20 神かみはその力ちからをキリストのうちに働はたらかせて、彼かれを死人しにんの中なかからよみがえらせ、天上てんじょうにおいてご自分じぶんの右みぎに座ざせしめ、

エペソ2:6 キリスト・イエスにあって、共ともによみがえらせ、共ともに天上てんじょうで座ざにつかせて下くださったのである。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ3:1 このように、あなたがたはキリストと共ともによみがえらされたのだから、上うえにあるものを求もとめなさい。そこではキリストが神かみの右みぎに座ざしておられるのである。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二2:4 彼かれは、すべて神かみと呼よばれたり拝おがまれたりするものに反抗はんこうして立たち上あがり、自みずから神かみの宮みやに座ざして、自分じぶんは神かみだと宣言せんげんする。

ヘブル人への手紙(5か所)

ヘブル1:3 御子みこは神かみの栄光えいこうの輝かがやきであり、神かみの本質ほんしつの真しんの姿すがたであって、その力ちからある言葉ことばをもって万物ばんぶつを保たもっておられる。そして罪つみのきよめのわざをなし終おえてから、いと高たかき所ところにいます大だい能のう者しゃの右みぎに、座ざにつかれたのである。

ヘブル1:13 神かみは、御ご使したちのだれに対たいして、「あなたの敵てきを、あなたの足台あしだいとするときまでは、わたしの右みぎに座ざしていなさい」と言いわれたことがあるか。

ヘブル8:1 以上いじょう述のべたことの要点ようてんは、このような大だい祭司さいしがわたしたちのためにおられ、天てんにあって大だい能のう者しゃの御座ぎょざの右みぎに座ざし、

ヘブル10:12 しかるに、キリストは多おおくの罪つみのために一ひとつの永遠えいえんのいけにえをささげた後あと、神かみの右みぎに座ざし、

ヘブル12:2 信仰しんこうの導みちびき手てであり、またその完成かんせい者しゃであるイエスを仰あおぎ見みつつ、走はしろうではないか。彼かれは、自分じぶんの前まえにおかれている喜よろこびのゆえに、恥はじをもいとわないで十字じゅうじ架かを忍しのび、神かみの御座ぎょざの右みぎに座ざするに至いたったのである。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一3:22 キリストは天てんに上のぼって神かみの右みぎに座ざし、天使てんしたちともろもろの権威けんい、権力けんりょくを従したがえておられるのである。

ヨハネの黙示録(10か所)

黙示録2:13 わたしはあなたの住すんでいる所ところを知しっている。そこにはサタンの座ざがある。あなたは、わたしの名なを堅かたく持もちつづけ、わたしの忠実ちゅうじつな証人しょうにんアンテパスがサタンの住すんでいるあなたがたの所ところで殺ころされた時ときでさえ、わたしに対たいする信仰しんこうを捨すてなかった。

黙示録3:21 勝利しょうりを得える者ものには、わたしと共ともにわたしの座ざにつかせよう。それはちょうど、わたしが勝利しょうりを得えてわたしの父ちちと共ともにその御座ぎょざについたのと同様どうようである。

黙示録4:3 その座ざにいますかたは、碧玉へきぎょくや赤あかめのうのように見みえ、また、御座ぎょざのまわりには、緑玉りょくぎょくのように見みえるにじが現あらわれていた。

黙示録4:4 また、御座ぎょざのまわりには二十にじゅう四よんの座ざがあって、二十にじゅう四よん人にんの長老ちょうろうが白しろい衣ころもを身みにまとい、頭あたまに金かねの冠かんむりをかぶって、それらの座ざについていた。

黙示録11:16 そして、神かみのみまえで座ざについている二十にじゅう四よん人にんの長老ちょうろうは、ひれ伏ふし、神かみを拝はいして言いった、

黙示録14:14 また見みていると、見みよ、白しろい雲くもがあって、その雲くもの上うえに人ひとの子このような者ものが座ざしており、頭あたまには金かねの冠かんむりをいただき、手てには鋭するどいかまを持もっていた。

黙示録14:15 すると、もうひとりの御ご使しが聖せい所しょから出でてきて、雲くもの上うえに座ざしている者ものにむかって大声おおごえで叫さけんだ、「かまを入いれて刈かり取とりなさい。地ちの穀物こくもつは全まったく実みのり、刈かり取とるべき時ときがきた」。

黙示録14:16 雲くもの上うえに座ざしている者ものは、そのかまを地ちに投なげ入いれた。すると、地ちのものが刈かり取とられた。

黙示録16:10 第だい五ごの者ものが、その鉢ばちを獣けものの座ざに傾かたむけた。すると、獣けものの国くには暗くくらくなり、人々ひとびとは苦痛くつうのあまり舌したをかみ、

黙示録20:4 また見みていると、かず多おおくの座ざがあり、その上うえに人々ひとびとがすわっていた。そして、彼かれらにさばきの権けんが与あたえられていた。また、イエスのあかしをし神かみの言げんを伝つたえたために首くびを切きられた人々ひとびとの霊れいがそこにおり、また、獣けものをもその像ぞうをも拝おがまず、その刻印こくいんを額がくや手てに受うけることをしなかった人々ひとびとがいた。彼かれらは生いきかえって、キリストと共ともに千せん年ねんの間あいだ、支配しはいした。

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