「帰る」(かえる)が出てくる聖書の箇所

「帰る」(かえる)は口語訳の642か所(旧約515・新約127)に出てきます。「帰れる」「返る」も含みます。日常訳第1版では480か所。

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642か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。

ヨハネによる福音書(13か所)

ヨハネ7:53 そして、人々ひとびとはおのおの家いえに帰かえって行いった。

ヨハネ8:11 女おんなは言いった、「主しゅよ、だれもございません」。イエスは言いわれた、「わたしもあなたを罰ばっしない。お帰かえりなさい。今後こんごはもう罪つみを犯おかさないように」。〕

ヨハネ9:7 「シロアム(つかわされた者もの、の意い)の池いけに行いって洗あらいなさい」。そこで彼かれは行いって洗あらった。そして見みえるようになって、帰かえって行いった。

ヨハネ11:28 マルタはこう言いってから、帰かえって姉妹しまいのマリヤを呼よび、「先生せんせいがおいでになって、あなたを呼よんでおられます」と小声こごえで言いった。

ヨハネ11:44 すると、死人しにんは手足てあしを布ぬのでまかれ、顔かおも顔かおおおいで包つつまれたまま、出でてきた。イエスは人々ひとびとに言いわれた、「彼かれをほどいてやって、帰かえらせなさい」。

ヨハネ14:18 わたしはあなたがたを捨すてて孤児こじとはしない。あなたがたのところに帰かえって来くる。

ヨハネ14:28 『わたしは去さって行いくが、またあなたがたのところに帰かえって来くる』と、わたしが言いったのを、あなたがたは聞きいている。もしわたしを愛あいしているなら、わたしが父ちちのもとに行いくのを喜よろこんでくれるであろう。父ちちがわたしより大おおきいかたであるからである。

ヨハネ16:32 見みよ、あなたがたは散ちらされて、それぞれ自分じぶんの家いえに帰かえり、わたしをひとりだけ残のこす時ときが来くるであろう。いや、すでにきている。しかし、わたしはひとりでいるのではない。父ちちがわたしと一緒いっしょにおられるのである。

ヨハネ20:10 それから、ふたりの弟子でしたちは自分じぶんの家いえに帰かえって行いった。

ヨハネ21:8 しかし、ほかの弟子でしたちは舟ふねに乗のったまま、魚さかなのはいっている網あみを引ひきながら帰かえって行いった。陸りくからはあまり遠とおくない五十ごじゅう間けんほどの所ところにいたからである。

使徒行伝(23か所)

使徒1:12 それから彼かれらは、オリブという山やまを下くだってエルサレムに帰かえった。この山やまはエルサレムに近ちかく、安息あんそく日ひに許ゆるされている距離きょりのところにある。

使徒4:23 ふたりはゆるされてから、仲間なかまの者ものたちのところに帰かえって、祭司さいし長ちょうたちや長老ちょうろうたちが言いったいっさいのことを報告ほうこくした。

使徒8:25 使徒しとたちは力強ちからづよくあかしをなし、また主しゅの言げんを語かたった後あと、サマリヤ人にんの多おおくの村々むらむらに福音ふくいんを宣のべ伝つたえて、エルサレムに帰かえった。

使徒11:26 彼かれを見みつけたうえ、アンテオケに連つれて帰かえった。ふたりは、まる一いち年ねん、ともどもに教会きょうかいで集あつまりをし、大おおぜいの人々ひとびとを教おしえた。このアンテオケで初はじめて、弟子でしたちがクリスチャンと呼よばれるようになった。

使徒12:25 バルナバとサウロとは、その任務にんむを果はたしたのち、マルコと呼よばれていたヨハネを連つれて、エルサレムから帰かえってきた。

使徒13:13 パウロとその一行いっこうは、パポスから船出ふなでして、パンフリヤのペルガに渡わたった。ここでヨハネは一行いっこうから身みを引ひいて、エルサレムに帰かえってしまった。

使徒14:21 その町まちで福音ふくいんを伝つたえて、大おおぜいの人ひとを弟子でしとした後あと、ルステラ、イコニオム、アンテオケの町々まちまちに帰かえって行いき、

使徒14:26 そこから舟ふねでアンテオケに帰かえった。彼かれらが今いまなし終おわった働はたらきのために、神かみの祝福しゅくふくを受うけて送おくり出だされたのは、このアンテオケからであった。

使徒15:16 『その後ご、わたしは帰かえってきて、倒たおれたダビデの幕屋まくやを建たてかえ、くずれた箇所かしょを修理しゅうりし、それを立たて直なおそう。

使徒15:33 ふたりは、しばらくの時ときを、そこで過すごした後あと、兄弟きょうだいたちから、旅たびの平安へいあんを祈いのられて、見送みおくりを受うけ、自分じぶんらを派遣はけんした人々ひとびとのところに帰かえって行いった。〔

使徒16:36 そこで、獄吏ごくりはこの言葉ことばをパウロに伝つたえて言いった、「長官ちょうかんたちが、あなたがたを釈放しゃくほうさせるようにと、使つかいをよこしました。さあ、出でてきて、無事ぶじにお帰かえりなさい」。

使徒17:15 パウロを案内あんないした人ひとたちは、彼かれをアテネまで連つれて行いき、テモテとシラスとになるべく早はやく来くるようにとのパウロの伝言でんごんを受うけて、帰かえった。

使徒18:21 「神かみのみこころなら、またあなたがたのところに帰かえってこよう」と言いって、別わかれを告つげ、エペソから船出ふなでした。

使徒20:3 彼かれはそこで三さんか月げつを過すごした。それからシリヤへ向むかって、船出ふなでしようとしていた矢先やさき、彼かれに対たいするユダヤ人にんの陰謀いんぼうが起おこったので、マケドニヤを経由けいゆして帰かえることに決けっした。

使徒21:6 互たがいに別わかれを告つげた。それから、わたしたちは舟ふねに乗のり込こみ、彼かれらはそれぞれ自分じぶんの家いえに帰かえった。

使徒22:17 それからわたしは、エルサレムに帰かえって宮みやで祈いのっているうちに、夢ゆめうつつになり、

使徒23:32 翌日よくじつは、騎兵きへいたちにパウロを護送ごそうさせることにして、兵営へいえいに帰かえって行いった。

使徒24:17 さてわたしは、幾いく年ねんぶりかに帰かえってきて、同胞どうほうに施ほどこしをし、また、供そなえ物ものをしていました。

使徒24:25 そこで、パウロが、正義まさよし、節制せっせい、未来みらいの審判しんぱんなどについて論ろんじていると、ペリクスは不安ふあんを感かんじてきて、言いった、「きょうはこれで帰かえるがよい。また、よい機会きかいを得えたら、呼よび出だすことにする」。

使徒25:4 ところがフェストは、パウロがカイザリヤに監禁かんきんしてあり、自分じぶんもすぐそこへ帰かえることになっていると答こたえ、

使徒26:18 それは、彼かれらの目めを開ひらき、彼かれらをやみから光ひかりへ、悪魔あくまの支配しはいから神かみのみもとへ帰かえらせ、また、彼かれらが罪つみのゆるしを得え、わたしを信しんじる信仰しんこうによって、聖別せいべつされた人々ひとびとに加くわわるためである』。

使徒28:25 互たがいに意見いけんが合あわなくて、みんなの者ものが帰かえろうとしていた時とき、パウロはひとこと述のべて言いった、「聖霊せいれいはよくも預言よげん者しゃイザヤによって、あなたがたの先祖せんぞに語かたったものである。

使徒28:29 パウロがこれらのことを述のべ終おわると、ユダヤ人にんらは、互たがいに論ろんじ合あいながら帰かえって行いった。〕

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二1:16 それからそちらを通とおってマケドニヤにおもむき、そして再ふたたびマケドニヤからあなたがたの所ところに帰かえり、あなたがたの見送みおくりを受うけてユダヤに行いく計画けいかくを立たてたのである。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ1:17 また先輩せんぱいの使徒しとたちに会あうためにエルサレムにも上のぼらず、アラビヤに出でて行いった。それから再ふたたびダマスコに帰かえった。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一3:6 ところが今いまテモテが、あなたがたの所ところからわたしたちのもとに帰かえってきて、あなたがたの信仰しんこうと愛あいとについて知しらせ、また、あなたがたがいつもわたしたちのことを覚おぼえ、わたしたちがあなたがたに会あいたく思おもっていると同おなじように、わたしたちにしきりに会あいたがっているという吉報きっぽうをもたらした。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル6:6 そののち堕落だらくした場合ばあいには、またもや神かみの御子みこを、自みずから十字じゅうじ架かにつけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび悔改くいあらためにたち帰かえることは不ふ可能かのうである。

ヘブル7:1 このメルキゼデクはサレムの王おうであり、いと高たかき神かみの祭司さいしであったが、王おうたちを撃破げきはして帰かえるアブラハムを迎むかえて祝福しゅくふくし、

ヘブル11:15 もしその出でてきた所ところのことを考かんがえていたなら、帰かえる機会きかいはあったであろう。

ヘブル13:19 わたしがあなたがたの所ところに早はやく帰かえれるため、祈いのってくれるように、特とくにお願ねがいする。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:25 あなたがたは、羊ひつじのようにさ迷まよっていたが、今いまは、たましいの牧者ぼくしゃであり監督かんとくであるかたのもとに、たち帰かえったのである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:22 ことわざに、「犬いぬは自分じぶんの吐はいた物ものに帰かえり、豚ぶたは洗あらわれても、また、どろの中なかにころがって行いく」とあるが、彼かれらの身みに起おこったことは、そのとおりである。

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