「さわる」が出てくる聖書の箇所
「さわる」は口語訳の46か所(旧約17・新約29)に出てきます。「さわれる」「触る」も含みます。日常訳第1版では23か所。
創世記(5か所)
創世記27:12 おそらく父はわたしにさわってみるでしょう。そうすればわたしは父を欺く者と思われ、祝福を受けず、かえってのろいを受けるでしょう」。
創世記27:21 イサクはヤコブに言った、「子よ、近寄りなさい。わたしは、さわってみて、あなたが確かにわが子エサウであるかどうかをみよう」。
創世記27:22 ヤコブが、父イサクに近寄ったので、イサクは彼にさわってみて言った、「声はヤコブの声だが、手はエサウの手だ」。
創世記32:25 ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。
創世記32:32 そのため、イスラエルの子らは今日まで、もものつがいの上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブのもものつがい、すなわち腰の筋にさわったからである。
出エジプト記(1か所)
出エジプト10:21 主はまたモーセに言われた、「天にむかってあなたの手をさし伸べ、エジプトの国に、くらやみをこさせなさい。そのくらやみは、さわれるほどである」。
列王紀上(2か所)
列王紀上19:5 彼はれだまの木の下に伏して眠ったが、天の使が彼にさわり、「起きて食べなさい」と言ったので、
列王紀上19:7 主の使は再びきて、彼にさわって言った、「起きて食べなさい。道が遠くて耐えられないでしょうから」。
歴代志上(1か所)
歴代志上16:22 言われた、「わが油そそがれた者たちにさわってはならない。わが預言者たちに害を加えてはならない」と。
エステル記(1か所)
エステル記5:2 王妃エステルが庭に立っているのを見て彼女に恵みを示し、その手にある金の笏をエステルの方に伸ばしたので、エステルは進みよってその笏の頭にさわった。
詩篇(1か所)
詩篇105:15 言われた、「わが油そそがれた者たちにさわってはならない、わが預言者たちに害を加えてはならない」と。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書52:11 去れよ、去れよ、そこを出て、汚れた物にさわるな。その中を出よ、主の器をになう者よ、おのれを清く保て。
哀歌(1か所)
哀歌4:15 人々は彼らにむかって、「去れよ、けがらわしい」、「去れよ、去れよ、さわるな」と叫んだので、彼らは逃げ去って放浪者となったが、異邦人の中でも人々は「もうわれわれのうちに宿ってはならない」と言った。
ダニエル書(2か所)
ダニエル書10:16 見よ、人の子のような者が、わたしのくちびるにさわったので、わたしは口を開き、わが前に立っている者に語って言った、「わが主よ、この幻によって、苦しみがわたしに臨み、全く力を失いました。
ダニエル書10:18 人の形をした者は、再びわたしにさわり、わたしを力づけて、
ハガイ書(2か所)
ハガイ書2:12 『人がその衣服のすそで聖なる肉を運んで行き、そのすそがもし、パンまたはあつもの、または酒、または油、またはどんな食物にでもさわったなら、それらは聖なるものとなるか』と」。祭司たちは「ならない」と答えた。
ハガイ書2:13 ハガイはまた言った、「もし、死体によって汚れた人が、これらの一つにさわったなら、それは汚れるか」。祭司たちは「汚れる」と答えた。
マタイによる福音書(7か所)
マタイ8:3 イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病は直ちにきよめられた。
マタイ8:15 そこで、その手にさわられると、熱が引いた。そして女は起きあがってイエスをもてなした。
マタイ9:20 するとそのとき、十二年間も長血をわずらっている女が近寄ってきて、イエスのうしろからみ衣のふさにさわった。
マタイ9:21 み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていたからである。
マタイ9:29 そこで、イエスは彼らの目にさわって言われた、「あなたがたの信仰どおり、あなたがたの身になるように」。
マタイ14:36 そして彼らにイエスの上着のふさにでも、さわらせてやっていただきたいとお願いした。そしてさわった者は皆いやされた。
マタイ20:34 イエスは深くあわれんで、彼らの目にさわられた。すると彼らは、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った。
マルコによる福音書(10か所)
マルコ1:41 イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。
マルコ3:10 それは、多くの人をいやされたので、病苦に悩む者は皆イエスにさわろうとして、押し寄せてきたからである。
マルコ5:27 この女がイエスのことを聞いて、群衆の中にまぎれ込み、うしろから、み衣にさわった。
マルコ5:28 それは、せめて、み衣にでもさわれば、なおしていただけるだろうと、思っていたからである。
マルコ5:30 イエスはすぐ、自分の内から力が出て行ったことに気づかれて、群衆の中で振り向き、「わたしの着物にさわったのはだれか」と言われた。
マルコ5:31 そこで弟子たちが言った、「ごらんのとおり、群衆があなたに押し迫っていますのに、だれがさわったかと、おっしゃるのですか」。
マルコ5:32 しかし、イエスはさわった者を見つけようとして、見まわしておられた。
マルコ6:56 そして、村でも町でも部落でも、イエスがはいって行かれる所では、病人たちをその広場におき、せめてその上着のふさにでも、さわらせてやっていただきたいと、お願いした。そしてさわった者は皆いやされた。
マルコ8:22 そのうちに、彼らはベツサイダに着いた。すると人々が、ひとりの盲人を連れてきて、さわってやっていただきたいとお願いした。
マルコ10:13 イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。
ルカによる福音書(9か所)
ルカ5:13 イエスは手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病がただちに去ってしまった。
ルカ6:19 また群衆はイエスにさわろうと努めた。それは力がイエスの内から出て、みんなの者を次々にいやしたからである。
ルカ7:39 イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中で言った、「もしこの人が預言者であるなら、自分にさわっている女がだれだか、どんな女かわかるはずだ。それは罪の女なのだから」。
ルカ8:44 この女がうしろから近寄ってみ衣のふさにさわったところ、その長血がたちまち止まってしまった。
ルカ8:45 イエスは言われた、「わたしにさわったのは、だれか」。人々はみな自分ではないと言ったので、ペテロが「先生、群衆があなたを取り囲んで、ひしめき合っているのです」と答えた。
ルカ8:46 しかしイエスは言われた、「だれかがわたしにさわった。力がわたしから出て行ったのを感じたのだ」。
ルカ8:47 女は隠しきれないのを知って、震えながら進み出て、みまえにひれ伏し、イエスにさわった訳と、さわるとたちまちなおったこととを、みんなの前で話した。
ルカ18:15 イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちはそれを見て、彼らをたしなめた。
ルカ24:39 わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。〔
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ20:17 イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ2:21 「さわるな、味わうな、触れるな」などという規定に縛られているのか。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一1:1 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言について――