「さわる」が出てくる聖書の箇所
「さわる」は日常訳第1版の23か所(旧約5・新約18)に出てきます。「さわれる」「触る」も含みます。口語訳では46か所。
創世記(3か所)
創世記27:12 おそらく父はわたしにさわってみるだろう。そうすれば、わたしは父をだます者だと思われてしまう。祝福どころか、のろいを受けることになる」
創世記27:21 イサクはヤコブに言った。「近くに来ておくれ、わが子よ。さわって確かめたいんだ。お前が本当にわたしの子エサウなのか、そうでないのか」
創世記27:22 ヤコブが父イサクに近づくと、イサクは彼にさわってみて言った。「声はヤコブの声だが、手はエサウの手だ。」
出エジプト記(1か所)
出エジプト10:21 主はモーセに言われた。「天に向かって手を差し伸べなさい。そうすれば、エジプトの地は闇に包まれる。手でさわれそうなほど濃い闇だ。」
士師記(1か所)
士師記16:26 サムソンは、自分の手を引いていた少年に言った。「この建物を支えている柱にさわらせてくれ。そこに寄りかかりたいんだ。」
マタイによる福音書(4か所)
マタイ8:3 イエスは手を伸ばして彼にさわり、「そうしよう。きれいになれ」と言われた。すると、その人の重い皮膚病はすぐにきよめられ、治った。
マタイ8:15 そこでイエスが彼女の手にさわると、熱が引いた。彼女は起き上がって、イエスをもてなした。
マタイ9:21 わたしは、あの人の服にさわりさえすれば治る、と心の中で思っていたからだ。
マタイ9:29 そこでイエスは彼らの目にさわって言った。「あなたがたの信じたとおりになるように」
マルコによる福音書(7か所)
マルコ1:41 イエスは深くあわれに思い、手を伸ばしてその人にさわった。そして言った。「そうしよう。きれいになれ。」
マルコ5:27 この女の人は、イエスのことを聞いていた。それで群衆にまぎれて後ろから近づき、イエスの服にさわった。
マルコ5:28 「あの方の服にさわりさえすれば、きっと治る」と思っていたからだ。
マルコ5:30 イエスもすぐに、自分の中から力が出ていったことに気づいた。そして群衆の中で振り返り、「わたしの服にさわったのはだれか」と言った。
マルコ5:31 弟子たちは言った。「群衆がこんなに押し合っているのが見えるでしょう。それなのに、『だれがさわったのか』とおっしゃるのですか。」
マルコ7:33 イエスはその人を群衆から離れて、ふたりだけのところへ連れて行った。そして両耳に指を入れ、唾をつけてその舌にさわった。
マルコ8:22 それから、彼らはベツサイダに着いた。人々が一人の目の見えない人をイエスのところに連れて来て、この人にさわってほしいと願った。
ルカによる福音書(5か所)
ルカ5:13 イエスは手を伸ばして彼にさわり、こう言った。「そうしよう。きよくなりなさい。」すると、その重い皮膚病はすぐに消えた。
ルカ6:19 群衆はみんな、イエスにさわろうとした。イエスから力が出て、みんなを治していたからだ。
ルカ7:39 イエスを招いたファリサイ派の人はこれを見て、心の中で思った。「この人がもし預言者なら、自分にさわっているのがどんな女か、分かるはずだ。この女は罪深い者なのに。」
ルカ22:51 でもイエスは言った。「やめなさい。もういい。」そして、その耳にさわって、彼を治した。
ルカ24:39 わたしの手と足を見なさい。まさにわたし自身だ。触ってみなさい。よく見なさい。霊には肉も骨もないが、見てのとおり、わたしにはそれがある」
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ20:17 イエスは彼女に言われた。「わたしにさわってはいけない。わたしはまだ、父のもとに上っていないのだから。それより、わたしの兄弟たちのところへ行って、こう伝えなさい。『わたしは、わたしの父であり、あなたがたの父でもある方、わたしの神であり、あなたがたの神でもある方のところへ上っていく』と。」
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ2:21 「触れるな、味わうな、さわるな」というような規則にだ。