「鳴る」(なる)が出てくる聖書の箇所

「鳴る」(なる)は日常訳第1版の16か所(旧約13・新約3)に出てきます。口語訳では20か所。

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サムエル記上(2か所)

サムエル第一3:11 主しゅはサムエルに言いわれた。「見みよ、わたしはイスラエルで一ひとつのことをしようとしている。それを聞きく者ものはみな、両方りょうほうの耳みみが鳴なるほど驚おどろくだろう。

サムエル第一7:10 サムエルがいけにえをささげているとき、ペリシテ人びとはイスラエルと戦たたかおうと近ちかづいてきた。しかしその日ひ、主しゅはペリシテ人びとの上うえに大おおきな雷かみなりを鳴なりとどろかせ、彼かれらを混乱こんらんさせた。彼かれらはイスラエルの前まえで打うち破やぶられた。

歴代志下(1か所)

歴代志下29:27 そしてヒゼキヤは、焼やき尽つくすいけにえを祭壇さいだんにささげるよう命めいじた。いけにえがささげられ始はじめると、それに合あわせて主しゅへの歌うたが始はじまり、ラッパが鳴なり、イスラエルの王おうダビデの楽器がっきも奏かなでられた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記39:25 ラッパが鳴なるたびに、いななきをあげる。遠とおくから戦たたかいのにおいをかぎつけ、指揮しき官かんたちの号令ごうれいと、ときの声こえを聞き取るききとるのだ。

詩篇(2か所)

詩篇46:3 たとえその水みずが鳴なりとどろき、泡立あわだっても、そのうねりで山々やまやまが揺ゆれ動うごいても。セラ

詩篇150:5 鳴なりひびくシンバルで神かみをほめたたえよう。高たかく鳴なりわたるシンバルで神かみをほめたたえよう。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書5:22 あなたたちはわたしを恐おそれないのか、と主しゅは言いわれる。わたしの前まえで震ふるえないのか。わたしは砂すなを海うみの境さかいとして置おき、永遠えいえんの定さだめとした。海うみはそれを越こえることができない。波なみがどれほど逆巻さかまいても、勝かつことはできず、どんなに鳴なりとどろいても、それを越こえることはできない。

エレミヤ書46:22 エジプトの声こえは、這はって逃にげる蛇へびのようにシューッと鳴なる。敵てきは軍勢ぐんぜいを組くんで進すすみ、木きこりのように斧おのを手てにして攻せめて来くるからだ。

エレミヤ書48:36 だから、わたしの心こころはモアブのために、笛ふえの音おとのように嘆なげき鳴なる。キル・ヘレスの人々ひとびとのためにも、わたしの心こころは笛ふえのように嘆なげく。彼かれらが蓄たくわえた富とみが、すべて消きえ去さったからだ。

ホセア書(1か所)

ホセア書5:8 ギベアで角笛つのぶえを吹ふき鳴ならせ。ラマでラッパを鳴ならせ。ベテ・アベンで大声おおごえで叫さけべ。ベニヤミンよ、敵てきはおまえのすぐ後うしろにいる。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:1 シオンで角笛つのぶえを吹ふき鳴ならせ。わたしの聖せいなる山やまで警報けいほうを鳴ならせ。この地ちに住すむ人々ひとびとよ、みんな震ふるえおののけ。主しゅの日ひが来くる。もうすぐそこまで来きている。

アモス書(1か所)

アモス書3:6 町まちで警報けいほうの角笛つのぶえが鳴なれば、人々ひとびとはおびえないだろうか。町まちに災わざわいが起おこれば、それは主しゅがなさったことではないだろうか。

ナホム書(1か所)

ナホム書3:2 むちが鳴なり、車輪しゃりんがとどろく。馬うまは駆かけ、戦車せんしゃは跳はねる。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ12:29 すると、そばに立たっていた群衆ぐんしゅうがこれを聞きいて、「雷かみなりが鳴なったんだ」と言いった。でも、ほかの人ひとたちは「天使てんしが彼かれに話はなしかけたんだ」と言いった。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一13:1 たとえわたしが人ひとの言葉ことば、さらには天使てんしの言葉ことばを話はなせたとしても、愛あいがなければ、わたしはただうるさく鳴なる銅鑼どらや、やかましく響ひびくシンバルにすぎない。

コリント第一15:52 それは一瞬いっしゅんのうち、まばたきする間あいだに起おこる。最後さいごのラッパが鳴なるときのことだ。ラッパが鳴なり響ひびくと、死しんだ人ひとたちは朽くちない者ものとしてよみがえり、わたしたちも変かえられる。

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