「非難」(ひなん)が出てくる聖書の箇所

「非難」(ひなん)は口語訳の20か所(旧約12・新約8)に出てきます。日常訳第1版では18か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

民数記(2か所)

民数記12:1 モーセはクシの女おんなをめとっていたが、そのクシの女おんなをめとったゆえをもって、ミリアムとアロンはモーセを非難ひなんした。

民数記12:8 彼かれとは、わたしは口くちずから語かたり、明あきらかに言いって、なぞを使つかわない。彼かれはまた主しゅの形かたちを見みるのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐おそれず非難ひなんするのか」。

申命記(3か所)

申命記22:14 『わたしはこの女おんなをめとって近ちかづいた時とき、彼女かのじょに処女しょじょの証拠しょうこを見みなかった』と言いって虚偽きょぎの非難ひなんをもって、その女おんなに悪名あくめいを負おわせるならば、

申命記22:17 虚偽きょぎの非難ひなんをもって、「わたしはあなたの娘むすめに処女しょじょの証拠しょうこを見みなかった」と言いいいます。しかし、これがわたしの娘むすめの処女しょじょの証拠しょうこです』と言いって、その父母ふぼはかの布ぬのを町まちの長老ちょうろうたちの前まえにひろげなければならない。

申命記22:20 しかし、この非難ひなんが真実しんじつであって、その女おんなに処女しょじょの証拠しょうこが見みられない時ときは、

ヨブ記(4か所)

ヨブ記20:3 わたしはわたしをはずかしめる非難ひなんを聞きく、しかし、わたしの悟さとりの霊れいがわたしに答こたえさせる。

ヨブ記34:17 公義きみよしを憎にくむ者ものは世よを治おさめることができようか。正まさしく力ちからある者ものを、あなたは非難ひなんするであろうか。

ヨブ記34:29 彼かれが黙だまっておられるとき、だれが非難ひなんすることができようか。彼かれが顔かおを隠かくされるとき、だれが彼かれを見みることができようか。一いち国こくの上うえにも、一人ひとりの上うえにも同様どうようだ。

ヨブ記40:2 「非難ひなんする者ものが全能ぜんのう者しゃと争あらそおうとするのか、神かみと論ろんずる者ものはこれに答こたえよ」。

詩篇(3か所)

詩篇109:4 彼かれらはわが愛あいにむくいて、わたしを非難ひなんします。しかしわたしは彼かれらのために祈いのります。

詩篇109:20 これがわたしを非難ひなんする者ものと、わたしに逆さからって悪わるいことを言いう者ものの主しゅからうける報むくいとしてください。

詩篇109:29 わたしを非難ひなんする者ものにはずかしめを着きせ、おのが恥はじを上着うわぎのようにまとわせてください。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ3:19 ところが領主りょうしゅヘロデは、兄弟きょうだいの妻つまヘロデヤのことで、また自分じぶんがしたあらゆる悪事あくじについて、ヨハネから非難ひなんされていたので、

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:11 ところが、ケパがアンテオケにきたとき、彼かれに非難ひなんすべきことがあったので、わたしは面めんとむかって彼かれをなじった。

テモテへの第一の手紙(4か所)

テモテ第一3:2 さて、監督かんとくは、非難ひなんのない人ひとで、ひとりの妻つまの夫おっとであり、自みずからを制せいし、慎つつしみ深ぶかく、礼儀れいぎ正ただしく、旅人たびびとをもてなし、よく教おしえることができ、

テモテ第一5:7 これらのことを命めいじて、彼女かのじょたちを非難ひなんのない者ものとしなさい。

テモテ第一5:12 初はじめの誓ちかいを無視むししたという非難ひなんを受うけねばならないからである。

テモテ第一6:14 わたしたちの主しゅイエス・キリストの出現しゅつげんまで、その戒いましめを汚けがすことがなく、また、それを非難ひなんのないように守まもりなさい。

テトスへの手紙(2か所)

テトス1:13 この非難ひなんはあたっている。だから、彼かれらをきびしく責せめて、その信仰しんこうを健全けんぜんなものにし、

テトス2:8 非難ひなんのない健全けんぜんな言葉ことばを用もちいなさい。そうすれば、反対はんたい者しゃも、わたしたちについてなんの悪口わるぐちも言いえなくなり、自みずから恥はじいるであろう。

語句索引に戻る