「非難」(ひなん)が出てくる聖書の箇所
「非難」(ひなん)は日常訳第1版の18か所(旧約5・新約13)に出てきます。口語訳では20か所。
申命記(2か所)
申命記22:14 そして、あらぬ非難を並べ立て、悪い評判を広め、「この女をめとって関係を持ったが、処女のしるしはなかった」と言い出したとする。
申命記22:17 あらぬ非難を並べ立てて、『あなたの娘に処女のしるしはなかった』と言っています。でも、これが娘の処女のしるしです。」こう言って、両親は長老たちの前にその布を広げる。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記1:22 すべてのことが起きても、ヨブは罪を犯さなかった。神を非難するような愚かなことも言わなかった。
ヨブ記20:3 わたしは自分を辱める非難を聞いた。でも、わたしの内にある悟りの霊が、答えるようにわたしをうながす。
詩篇(1か所)
詩篇71:13 わたしの魂を責める者たちが、恥を受けて滅びますように。わたしを傷つけようとする者たちが、非難と辱めに包まれますように。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ14:3 食べる人は食べない人を見下してはいけない。食べない人も食べる人を非難してはいけない。神はその人を受け入れてくださったのだから。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一1:8 その主は、最後まであなたがたをしっかり支えてくださる。そうすれば、わたしたちの主イエス・キリストの日に、あなたがたは非難されるところのない者でいられる。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二6:3 わたしたちは、この働きが非難されないように、どんなことでも人のつまずきになるようなことはしない。
コリント第二8:20 わたしたちは、この多額の献金を扱うにあたって、だれからも非難されないように気をつけている。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:22 しかし今、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたを和解させてくださった。それは、あなたがたを聖なる、傷のない、非難されるところのない者として、御前に立たせるためだ。
テモテへの第一の手紙(4か所)
テモテ第一3:2 だから、指導者はこういう人でなければならない。人から非難されるところがなく、一人の妻の夫であり、自分をわきまえ、慎み深く、礼儀正しく、人をよくもてなし、教えることができる人。
テモテ第一4:10 わたしたちが苦労し、非難されながらも働いているのは、このためだ。わたしたちは、生きておられる神に望みを置いている。この神は、すべての人の、とりわけ信じる人たちの救い主なのだ。
テモテ第一5:7 こうしたことも、しっかり伝えなさい。だれからも非難されることがないようにするためだ。
テモテ第一6:14 わたしたちの主イエス・キリストが現れるその時まで、この命令を、汚れなく、非難されるところなく守りなさい。
テトスへの手紙(3か所)
テトス1:6 長老になる人は、人から非難されるところがなく、一人の妻を大切にする夫で、子どもたちも信仰を持っていて、放蕩を責められたり、親に従わなかったりすることがない人でなければならない。
テトス1:7 教会を任される監督は、神の家を管理する者として、非難されるところがない人であるべきだ。わがままでなく、すぐに怒らず、酒におぼれず、乱暴でなく、お金を汚いやり方でもうけようとしない人。
テトス2:8 非難されることのない健全な言葉を語りなさい。そうすれば、反対する人も、わたしたちについて悪いことを何も言えず、恥じ入るだろう。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二3:14 だから、愛する人たち、こうしたことを待ち望んでいるのだから、神の前で汚れなく、非難されるところもなく、平和のうちにいるところを見てもらえるように努めてほしい。