「過ぎ去る」(すぎさる)が出てくる聖書の箇所

「過ぎ去る」(すぎさる)は日常訳第1版の31か所(旧約23・新約8)に出てきます。口語訳では25か所。

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サムエル記上(1か所)

サムエル第一15:32 サムエルは言いった。「アマレクの王おうアガグを、わたしのところに連つれて来きなさい。」アガグは晴はれやかな様子ようすで彼かれのところへ来きて、こう言いった。「きっと、死しの苦くるしみはもう過すぎ去さった。」

ヨブ記(6か所)

ヨブ記9:11 見みよ、彼かれがわたしのそばを通とおり過すぎても、わたしには見みえない。過すぎ去さって行いかれても、わたしはそれに気きづかない。

ヨブ記9:25 わたしの日々ひびは、走はしる使者ししゃよりも速はやく過すぎ去さっていく。幸しあわせを見みることもなく、飛とぶように去さっていく。

ヨブ記9:26 わしは獲物えものめがけて飛とびかかる。わたしの一生いっしょうはそんなふうに、葦あしの小舟こぶねのように速はやく過すぎ去さっていく。

ヨブ記14:2 花はなのように咲さいては枯かれ、影かげのように過すぎ去さって、とどまることがない。

ヨブ記17:11 わたしの日々ひびは過すぎ去さった。計画けいかくも、心こころが望のぞんでいたことも、すべて断たち切きられてしまった。

ヨブ記29:2 過すぎ去さった月日つきひのようであったなら。神かみがわたしを守まもってくださったあの日々ひびのようであったなら。

詩篇(5か所)

詩篇57:1 神かみよ、わたしをあわれんでください。どうか、あわれんでください。わたしの魂たましいはあなたに身みを寄よせています。あなたの翼つばさの陰かげに、わたしは逃にげ込こみます。この災わざわいが過すぎ去さるまで。

詩篇78:39 神かみは、彼かれらがただの人間にんげんにすぎないことを思おもい出だした。過すぎ去さってもう二に度どと戻もどらない風かぜのような存在そんざいなのだと。

詩篇90:4 あなたの目めには、千せん年ねんもきのう過すぎ去さった一日いちにちのよう。夜よるのひとときのようだ。

詩篇90:10 わたしたちの一生いっしょうは七十ななじゅう年ねんほど。元気げんきであっても八十はちじゅう年ねんほどだろう。でも、その日々ひびの多おおくは苦労くろうと痛いたみで、あっという間まに過すぎ去さり、わたしたちは飛とび去さっていく。

詩篇144:4 人ひとは、はかない息いきのようなもの。その日々ひびは、過すぎ去さっていく影かげのようだ。

箴言(1か所)

箴言10:25 嵐あらしが過すぎ去さると、悪わるい者ものは消きえていなくなる。でも正ただしい人ひとは、いつまでも変かわらない土台どだいだ。

伝道の書(1か所)

伝道の書3:15 今いまあることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったことだ。神かみは、過すぎ去さったものを、もう一いち度ど呼よび戻もどされる。

雅歌(1か所)

雅歌2:11 見みて。冬ふゆは過すぎ去さり、雨あめの季節きせつも終おわって、行いってしまった。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書26:20 わたしの民たみよ、行いきなさい。自分じぶんの部屋へやに入はいり、戸とを閉とじなさい。ほんのしばらくの間あいだ、身みを隠かくしていなさい。怒いかりが過すぎ去さるまで。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書8:13 「わたしは彼かれらを刈かり取とってしまう」と主しゅは言いわれる。「ぶどうの木きにぶどうはなく、いちじくの木きにいちじくもない。葉はさえも枯かれてしまった。わたしが彼かれらに与あたえたものも、過すぎ去さっていく。」

ダニエル書(4か所)

ダニエル書4:16 『その心こころは人間にんげんのものから変かえられ、代かわりに獣けものの心こころが与あたえられる。そして七ななつの時ときが、その者ものの上うえを過すぎ去さる。

ダニエル書4:23 そして王おうさまは、天てんから下おりて来きた見張みはり役やくの聖せいなる者ものをご覧らんになりました。その者ものはこう言いいいました。『この木きを切きり倒たおして滅ほろぼせ。ただし、切きり株かぶと根ねは地面じめんに残のこし、鉄てつと青銅せいどうの輪わでしばって、野のの若草わかくさの中なかに置おけ。天てんからの露ろに濡ぬれさせ、野のの獣けものたちと一緒いっしょに暮くらさせよ。七ななつの時ときが、その者ものの上うえを過すぎ去さるまで。』

ダニエル書4:25 あなたは人々ひとびとの中なかから追おい出だされ、野のの獣けものたちと一緒いっしょに暮くらすことになります。牛うしのように草くさを食たべさせられ、天てんからの露ろに濡ぬらされます。そして七ななつの時ときが、あなたの上うえを過すぎ去さります。それは、いと高たかき方かたこそが人間にんげんの国くにを支配しはいし、思おもいのままに誰だれにでもそれをお与あたえになることを、あなたが知しるためです。

ダニエル書4:32 あなたは人々ひとびとの中なかから追おい出だされ、野のの獣けものたちと一緒いっしょに暮くらすことになる。牛うしのように草くさを食たべさせられ、七ななつの時ときが、あなたの上うえを過すぎ去さる。それは、いと高たかき方かたこそが人間にんげんの国くにを支配しはいし、思おもいのままに誰だれにでもそれをお与あたえになることを、あなたが知しるためだ。」

ハバクク書(1か所)

ハバクク書1:11 そして風かぜのように吹ふき抜ぬけて過すぎ去さり、罪つみを重かさねる。自分じぶんの力ちからを、自分じぶんの神かみとしているのだ。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:2 定さだめが実現じつげんする前まえに——その日ひはもみ殻がらのように吹ふき飛とんで過すぎ去さる——主しゅの燃もえる怒いかりがあなたたちに臨のぞむ前まえに、主しゅの怒いかりの日ひがあなたたちに来くる前まえに。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:35 イエスは少すこし進すすんで地面じめんにひれ伏ふし、できることなら、この時ときが自分じぶんから過すぎ去さるようにと祈いのった。

使徒行伝(1か所)

使徒14:16 この方かたは、過すぎ去さった時代じだいには、すべての民族みんぞくがそれぞれの道みちを歩あゆむままにしておかれました。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一7:31 この世よと関かかわっている人ひとも、それにのめり込こまないように。今いまあるこの世界せかいのかたちは、過すぎ去さっていくのだから。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二5:17 だから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人ひとは新あたらしく造つくられた者ものだ。古ふるいものは過すぎ去さり、見みよ、すべてが新あたらしくなったのだ。

ヨハネの第一の手紙(2か所)

ヨハネ第一2:8 それでいて、わたしはあなたたちに新あたらしい命令めいれいを書かいている。それは、キリストにおいても、あなたたちにおいても、本当ほんとうのことだ。なぜなら、闇やみは過すぎ去さりつつあり、本物ほんものの光ひかりがすでに輝かがやいているからだ。

ヨハネ第一2:17 世よも、その欲よくも、過すぎ去さっていく。でも、神かみが望のぞむことを行おこなう人ひとは、いつまでもとどまる。

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録9:12 第だい一いちのわざわいは過すぎ去さった。見みよ、このあとにまだ二ふたつのわざわいがやって来くる。

黙示録11:14 二ふたつ目めの災わざわいは過すぎ去さった。見みよ、三みっつ目めの災わざわいがすぐにやって来くる。

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