「通りかかる」(とおりかかる)が出てくる聖書の箇所
「通りかかる」(とおりかかる)は日常訳第1版の18か所(旧約12・新約6)に出てきます。「通り掛かる」も含みます。口語訳では6か所。
創世記(1か所)
創世記37:28 ミデアン人の商人たちが通りかかった。それで兄弟たちはヨセフを穴から引き上げ、銀貨二十枚でイシマエル人に売った。イシマエル人はヨセフをエジプトへ連れて行った。
士師記(1か所)
士師記9:25 シェケムの人たちは、山の頂に彼を待ち伏せする者を置き、その道を通りかかる者すべてから奪い取った。これがアビメレクに伝えられた。
ルツ記(1か所)
ルツ記4:1 さて、ボアズは町の門のところに上っていって、そこに座った。すると、彼が話していた例の親戚が通りかかった。ボアズは声をかけた。「そこの人、ちょっとこっちに来て、座ってくれ。」その人は寄ってきて座った。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二20:12 アマサは血にまみれて、道の真ん中に転がっていた。その若者は、通りかかる人がみな立ち止まってしまうのを見た。それで彼は、アマサを道から畑のほうへ移し、その上に一枚の布をかけた。近づいて来る者がみな立ち止まるのを見たからだ。
列王紀上(2か所)
列王紀上13:25 そこへ、人々が通りかかった。彼らは道に投げ出された遺体と、そのそばに立っているライオンを見た。それで町に来て、このことを話した。その町には、あの老預言者が住んでいた。
列王紀上20:39 王が通りかかると、彼は王に叫んで言った。「あなたのしもべは戦いの真っただ中に出て行きました。すると、一人の兵士が退いて来て、わたしのところに一人の男を連れて来て言いました。『この男を見張っておけ。もし逃がしたら、お前の命が彼の命の代わりになる。さもなければ、銀一タラントを払うことになる。』
列王紀下(1か所)
列王紀下14:9 イスラエルの王エホアシュは、ユダの王アマツヤにこう答えて送った。「レバノンのあざみが、レバノンの杉にこう言って使いを送った。『あなたの娘を、わたしの息子の嫁にくれ。』ところが、レバノンの野の獣が通りかかり、そのあざみを踏みつけてしまった。
歴代志下(1か所)
歴代志下25:18 イスラエルの王ヨアシュは、ユダの王アマツヤにこう答えた。「レバノンのあざみが、レバノンの杉に使いを送ってこう言った。『あなたの娘をわたしの息子の妻にください。』ところが、レバノンの野の獣が通りかかり、そのあざみを踏みつけてしまった。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記11:10 もし神が通りかかって人を捕らえ、裁きの場に呼び集めたら、だれがそれを止められるだろう。
詩篇(1か所)
詩篇37:36 わたしが通りかかると、彼はもういなかった。探してみたが、どこにも見つからなかった。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書16:6 わたしはあなたのそばを通りかかり、血にまみれてもがいているあなたを見た。そして血の中にいるあなたに言った。『生きなさい。』もう一度、血の中にいるあなたに言った。『生きなさい。』
エゼキエル書16:8 わたしは再びあなたのそばを通りかかり、あなたを見た。あなたはもう、愛される年ごろになっていた。わたしは自分の衣のすそを広げてあなたにかけ、その裸をおおった。そして、あなたに誓いを立て、契約を結んだ。こうしてあなたはわたしのものになった、と主なる神は言われる。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ9:9 イエスはそこを通りかかったとき、マタイという人が収税所に座っているのを見かけた。イエスが「わたしについて来なさい」と声をかけると、マタイは立ち上がってイエスについて行った。
マタイ27:39 道を通りかかった人たちは、頭を振りながらイエスをののしった。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ11:20 朝、通りかかると、あのいちじくの木が根元から枯れているのが見えた。
マルコ15:21 ちょうどそのとき、畑から帰る途中のキレネ人シモンという人が通りかかった。アレクサンドロとルフォスの父だ。兵士たちは彼を無理やりつかまえ、イエスの十字架を運ばせた。
マルコ15:29 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしった。「おい、神殿を壊して三日で建て直す人よ、
使徒行伝(1か所)
使徒5:15 そのため、人々は病人を大通りまで運び出し、寝台や敷物の上に寝かせた。ペテロが通りかかるとき、せめてその影だけでも、だれかにかかるようにと願ったのだ。