「覆い」(おおい)が出てくる聖書の箇所
「覆い」(おおい)は口語訳の32か所(旧約25・新約7)に出てきます。「おおい」も含みます。日常訳第1版では36か所。
創世記(1か所)
創世記8:13 六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。
出エジプト記(8か所)
出エジプト21:33 もし人が穴をあけたままに置き、あるいは穴を掘ってこれにおおいをしないために、牛または、ろばがこれに落ち込むことがあれば、
出エジプト26:14 また、あかね染めの雄羊の皮で天幕のおおいと、じゅごんの皮でその上にかけるおおいとを造らなければならない。
出エジプト34:33 モーセは彼らと語り終えた時、顔おおいを顔に当てた。
出エジプト34:34 しかしモーセは主の前に行って主と語る時は、出るまで顔おおいを取り除いていた。そして出て来ると、その命じられた事をイスラエルの人人に告げた。
出エジプト34:35 イスラエルの人々はモーセの顔を見ると、モーセの顔の皮が光を放っていた。モーセは行って主と語るまで、また顔おおいを顔に当てた。
出エジプト36:19 また、あかね染めの雄羊の皮で、天幕のおおいと、じゅごんの皮で、その上にかけるおおいとを作った。
出エジプト38:17 柱の座は青銅、柱の鉤と桁とは銀、柱の頭のおおいも銀である。庭の柱はみな銀の桁で連ねた。
出エジプト40:19 幕屋の上に天幕をひろげ、その上に天幕のおおいをかけた。主がモーセに命じられたとおりである。
民数記(7か所)
民数記4:6 その上に、じゅごんの皮のおおいを施し、またその上に総青色の布をうちかけ、環にさおをさし入れる。
民数記4:8 緋色の布をその上にうちかけ、じゅごんの皮のおおいをもって、これをおおい、さおをさし入れる。
民数記4:10 じゅごんの皮のおおいのうちに、燭台とそのもろもろの器をいれて、担架に載せる。
民数記4:11 また、金の祭壇の上に青色の布をうちかけ、じゅごんの皮のおおいで、これをおおい、そのさおをさし入れる。
民数記4:12 また聖所の務に用いる務の器をみな取り、青色の布に包み、じゅごんの皮のおおいで、これをおおって、担架に載せる。
民数記4:14 その上に、務をするのに用いるもろもろの器、すなわち、火ざら、肉さし、十能、鉢、および祭壇のすべての器を載せ、またその上に、じゅごんの皮のおおいをうちかけ、そしてさおをさし入れる。
民数記7:3 彼らはその供え物を、主の前に携えてきたが、おおいのある車六両と雄牛十二頭であった。つかさふたりに車一両、ひとりに雄牛一頭である。彼らはこれを幕屋の前に引いてきた。
列王紀下(1か所)
列王紀下16:18 また宮のうちに造られていた安息日用のおおいのある道、および王の用いる外の入口をアッスリヤの王のために主の宮から除いた。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記3:15 泉の門はミヅパの区域の知事コロホゼの子シャルンがこれを修理し、これを建て直して、おおいを施し、そのとびらと横木と貫の木とを設けた。彼はまた王の園のほとりのシラの池に沿った石がきを修理して、ダビデの町から下る階段にまで及んだ。
雅歌(3か所)
雅歌4:1 わが愛する者よ、見よ、あなたは美しい、見よ、あなたは美しい。あなたの目は、顔おおいのうしろにあって、はとのようだ。あなたの髪はギレアデの山を下るやぎの群れのようだ。
雅歌4:3 あなたのくちびるは紅の糸のようで、その口は愛らしい。あなたのほおは顔おおいのうしろにあって、ざくろの片われのようだ。
雅歌6:7 あなたのほおは顔おおいのうしろにあって、ざくろの片われのようだ。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書22:8 ユダを守るおおいは取り除かれた。その日あなたは林の家の武具を仰ぎ望んだ。
イザヤ書47:2 石うすをとって粉をひけ、顔おおいを取り去り、うちぎを脱ぎ、すねをあらわして川を渡れ。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書27:7 あなたの帆はエジプトから来るあや布であって、あなたの旗に用いられ、あなたのおおいはエリシャの海岸から来る青と紫の布である。
エゼキエル書41:16 これらの三つのものの周囲には、すべて引込み枠の窓があり、宮の敷居に面して、宮の周囲は、床から窓まで、羽目板であって、窓には、おおいがあった。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ11:44 すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一11:5 祈をしたり預言をしたりする時、かしらにおおいをかけない女は、そのかしらをはずかしめる者である。それは、髪をそったのとまったく同じだからである。
コリント第一11:6 もし女がおおいをかけないなら、髪を切ってしまうがよい。髪を切ったりそったりするのが、女にとって恥ずべきことであるなら、おおいをかけるべきである。
コリント人への第二の手紙(4か所)
コリント第二3:13 そしてモーセが、消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔におおいをかけたようなことはしない。
コリント第二3:14 実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。
コリント第二3:15 今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。
コリント第二3:16 しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる。