「盲人」(もうじん)が出てくる聖書の箇所

「盲人」(もうじん)は口語訳の45か所(旧約8・新約37)に出てきます。日常訳第1版では3か所。

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申命記(2か所)

申命記27:18 『盲人もうじんを道みちに迷まよわす者ものはのろわれる』。民たみはみなアァメンと言いわなければならない。

申命記28:29 あなたは盲人もうじんが暗くらやみに手探てさぐりするように、真昼まひるにも手探てさぐりするであろう。あなたは行いく道みちで栄さかえることがなく、ただ常つねにしえたげられ、かすめられるだけで、あなたを救すくう者ものはないであろう。

詩篇(1か所)

詩篇146:8 主しゅは盲人もうじんの目めを開ひらかれる。主しゅはかがむ者ものを立たたたせられる。主しゅは正ただしい者ものを愛あいされる。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書42:7 盲人もうじんの目めを開ひらき、囚人しゅうじんを地下ちかの獄屋ごくやから出だし、暗くらきに座ざする者ものを獄屋ごくやから出ださせる。

イザヤ書59:10 われわれは盲人もうじんのように、かきを手てさぐりゆき、目めのない者もののように手てさぐりゆき、真昼まひるでも、たそがれのようにつまずき、強壮きょうそうな者ものの中なかにあっても死人しにんのようだ。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書31:8 見みよ、わたしは彼かれらを北きたの国くにから連つれ帰かえり、彼かれらを地ちの果はてから集あつめる。彼かれらのうちには、盲人もうじんやあしなえ、妊婦にんぷ、産婦さんぷも共ともにいる。彼かれらは大おおきな群むれとなって、ここに帰かえってくる。

哀歌(1か所)

哀歌4:14 彼かれらは盲人もうじんのように、ちまたにさまよい、血ちで汚よごれている。だれもその衣ころもにさわることができない。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書1:17 わたしは人々ひとびとになやみを下くだして、盲人もうじんのように歩あるかせる。彼かれらが主しゅに対たいして罪つみを犯おかしたからである。彼かれらの血ちはちりのように流ながされ、彼かれらの肉にくは糞土ふんどのように捨すてられる。

マタイによる福音書(9か所)

マタイ9:27 そこから進すすんで行いかれると、ふたりの盲人もうじんが、「ダビデの子こよ、わたしたちをあわれんで下ください」と叫さけびながら、イエスについてきた。

マタイ9:28 そしてイエスが家いえにはいられると、盲人もうじんたちがみもとにきたので、彼かれらに「わたしにそれができると信しんじるか」と言いわれた。彼かれらは言いった、「主しゅよ、信しんじます」。

マタイ11:5 盲人もうじんは見みえ、足あしなえは歩あるき、らい病びょう人にんはきよまり、耳じしいは聞きこえ、死人しにんは生いきかえり、貧まずしい人々ひとびとは福音ふくいんを聞きかされている。

マタイ12:22 そのとき、人々ひとびとが悪霊あくりょうにつかれた盲人もうじんのおしを連つれてきたので、イエスは彼かれをいやして、物ものを言いいい、また目めが見みえるようにされた。

マタイ15:14 彼かれらをそのままにしておけ。彼かれらは盲人もうじんを手引てびきする盲人もうじんである。もし盲人もうじんが盲人もうじんを手引てびきするなら、ふたりとも穴あなに落おち込こむであろう」。

マタイ15:30 すると大おおぜいの群衆ぐんしゅうが、足あしなえ、不具ふぐ者しゃ、盲人もうじん、おし、そのほか多おおくの人々ひとびとを連つれてきて、イエスの足あしもとに置おいたので、彼かれらをおいやしになった。

マタイ15:31 群衆ぐんしゅうは、おしが物ものを言いいい、不具ふぐ者しゃが直なおり、足あしなえが歩あるき、盲人もうじんが見みえるようになったのを見みて驚おどろき、そしてイスラエルの神かみをほめたたえた。

マタイ20:30 すると、ふたりの盲人もうじんが道みちばたにすわっていたが、イエスがとおって行いかれると聞きいて、叫さけんで言いった、「主しゅよ、ダビデの子こよ、わたしたちをあわれんで下ください」。

マタイ21:14 そのとき宮みやの庭にわで、盲人もうじんや足あしなえがみもとにきたので、彼かれらをおいやしになった。

マルコによる福音書(6か所)

マルコ8:22 そのうちに、彼かれらはベツサイダに着ついた。すると人々ひとびとが、ひとりの盲人もうじんを連つれてきて、さわってやっていただきたいとお願ねがいした。

マルコ8:23 イエスはこの盲人もうじんの手てをとって、村むらの外そとに連つれ出だし、その両方りょうほうの目めにつばきをつけ、両手りょうてを彼かれに当あてて、「何なんか見みえるか」と尋たずねられた。

マルコ8:25 それから、イエスが再ふたたび目めの上うえに両手りょうてを当あてられると、盲人もうじんは見みつめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見みえだした。

マルコ10:46 それから、彼かれらはエリコにきた。そして、イエスが弟子でしたちや大おおぜいの群衆ぐんしゅうと共ともにエリコから出でかけられたとき、テマイの子こ、バルテマイという盲人もうじんのこじきが、道みちばたにすわっていた。

マルコ10:49 イエスは立たちどまって「彼かれを呼よべ」と命めいじられた。そこで、人々ひとびとはその盲人もうじんを呼よんで言いった、「喜よろこべ、立たて、おまえを呼よんでおられる」。

マルコ10:51 イエスは彼かれにむかって言いわれた、「わたしに何なんをしてほしいのか」。その盲人もうじんは言いった、「先生せんせい、見みえるようになることです」。

ルカによる福音書(7か所)

ルカ4:18 「主しゅの御ご霊れいがわたしに宿やどっている。貧まずしい人々ひとびとに福音ふくいんを宣のべ伝つたえさせるために、わたしを聖別せいべつしてくださったからである。主しゅはわたしをつかわして、囚人しゅうじんが解放かいほうされ、盲人もうじんの目めが開ひらかれることを告つげ知しらせ、打うちひしがれている者ものに自由じゆうを得えさせ、

ルカ6:39 イエスはまた一ひとつの譬たとえを語かたられた、「盲人もうじんは盲人もうじんの手引てびきができようか。ふたりとも穴あなに落おち込こまないだろうか。

ルカ7:21 そのとき、イエスはさまざまの病苦びょうくと悪霊あくりょうとに悩なやむ人々ひとびとをいやし、また多おおくの盲人もうじんを見みえるようにしておられたが、

ルカ7:22 答こたえて言いわれた、「行いって、あなたがたが見聞みきしたことを、ヨハネに報告ほうこくしなさい。盲人もうじんは見みえ、足あしなえは歩あるき、らい病びょう人にんはきよまり、耳じしいは聞きこえ、死人しにんは生いきかえり、貧まずしい人々ひとびとは福音ふくいんを聞きかされている。

ルカ14:13 むしろ、宴会えんかいを催もよおす場合ばあいには、貧乏びんぼう人にん、不具ふぐ者しゃ、足あしなえ、盲人もうじんなどを招まねくがよい。

ルカ14:21 僕ぼくは帰かえってきて、以上いじょうの事ことを主人しゅじんに報告ほうこくした。すると家いえの主人しゅじんはおこって僕ぼくに言いった、『いますぐに、町まちの大通おおどおりや小道こみちへ行いって、貧乏びんぼう人にん、不具ふぐ者しゃ、盲人もうじん、足あしなえなどを、ここへ連つれてきなさい』。

ルカ18:35 イエスがエリコに近ちかづかれたとき、ある盲人もうじんが道みちばたにすわって、物ものごいをしていた。

ヨハネによる福音書(13か所)

ヨハネ5:3 その廊ろうの中なかには、病人びょうにん、盲人もうじん、足あしなえ、やせ衰おとろえた者ものなどが、大おおぜいからだを横よこたえていた。〔彼かれらは水みずの動うごくのを待まっていたのである。

ヨハネ9:1 イエスが道みちをとおっておられるとき、生うまれつきの盲人もうじんを見みられた。

ヨハネ9:2 弟子でしたちはイエスに尋たずねて言いった、「先生せんせい、この人ひとが生うまれつき盲人もうじんなのは、だれが罪つみを犯おかしたためですか。本人ほんにんですか、それともその両親りょうしんですか」。

ヨハネ9:6 イエスはそう言いって、地ちにつばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人もうじんの目めに塗ぬって言いわれた、

ヨハネ9:13 人々ひとびとは、もと盲人もうじんであったこの人ひとを、パリサイ人にんたちのところにつれて行いった。

ヨハネ9:17 そこで彼かれらは、もう一いち度どこの盲人もうじんに聞きいた、「おまえの目めをあけてくれたその人ひとを、どう思おもうか」。「預言よげん者しゃだと思おもいます」と彼かれは言いった。

ヨハネ9:18 ユダヤ人にんたちは、彼かれがもと盲人もうじんであったが見みえるようになったことを、まだ信しんじなかった。ついに彼かれらは、目めが見みえるようになったこの人ひとの両親りょうしんを呼よんで、

ヨハネ9:19 尋たずねて言いった、「これが、生うまれつき盲人もうじんであったと、おまえたちの言いっているむすこか。それではどうして、いま目めが見みえるのか」。

ヨハネ9:20 両親りょうしんは答こたえて言いった、「これがわたしどものむすこであること、また生うまれつき盲人もうじんであったことは存ぞんじています。

ヨハネ9:24 そこで彼かれらは、盲人もうじんであった人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった、「神かみに栄光えいこうを帰きするがよい。あの人ひとが罪人ざいにんであることは、わたしたちにはわかっている」。

ヨハネ9:41 イエスは彼かれらに言いわれた、「もしあなたがたが盲人もうじんであったなら、罪つみはなかったであろう。しかし、今いまあなたがたが『見みえる』と言い張るいいはるところに、あなたがたの罪つみがある。

ヨハネ10:21 他ほかの人々ひとびとは言いった、「それは悪霊あくりょうに取とりつかれた者ものの言葉ことばではない。悪霊あくりょうは盲人もうじんの目めをあけることができようか」。

ヨハネ11:37 しかし、彼かれらのある人ひとたちは言いった、「あの盲人もうじんの目めをあけたこの人ひとでも、ラザロを死しなせないようには、できなかったのか」。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ2:19-20 さらに、知識ちしきと真理しんりとが律法りっぽうの中なかに形かたちをとっているとして、自みずから盲人もうじんの手引てびき、やみにおる者ものの光ひかり、愚おろかな者ものの導みちびき手て、幼おさな子ごの教師きょうしをもって任にんじているのなら、

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二1:9 これらのものを備そなえていない者ものは、盲人もうじんであり、近視きんしの者ものであり、自分じぶんの以前いぜんの罪つみがきよめられたことを忘わすれている者ものである。

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