「母」(はは)が出てくる聖書の箇所

「母」(はは)は口語訳の263か所(旧約187・新約76)に出てきます。日常訳第1版では284か所。

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263か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

マタイによる福音書(24か所)

マタイ13:55 この人ひとは大工だいくの子こではないか。母はははマリヤといい、兄弟きょうだいたちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

マタイ14:8 すると彼女かのじょは母ははにそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首くびを盆ぼんに載のせて、ここに持もってきていただきとうございます」と言いった。

マタイ14:11 その首くびは盆ぼんに載のせて運はこばれ、少女しょうじょにわたされ、少女しょうじょはそれを母ははのところに持もって行いった。

マタイ15:4 神かみは言いわれた、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マタイ15:5 それだのに、あなたがたは『だれでも父ちちまたは母ははにむかって、あなたにさしあげるはずのこのものは供そなえ物ものです、と言いえば、

マタイ15:6 父ちちまたは母ははを敬うやまわなくてもよろしい』と言いっている。こうしてあなたがたは自分じぶんたちの言伝いいつたえによって、神かみの言げんを無むにしている。

マタイ19:12 というのは、母ははの胎内たいないから独身どくしん者しゃに生うまれついているものがあり、また他ほかから独身どくしん者しゃにされたものもあり、また天国てんごくのために、みずから進すすんで独身どくしん者しゃとなったものもある。この言葉ことばを受うけられる者ものは、受うけいれるがよい」。

マタイ19:19 父ちちと母ははとを敬うやまえ』。また『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』」。

マタイ19:29 おおよそ、わたしの名なのために、家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、父ちち、母はは、子こ、もしくは畑はたけを捨すてた者ものは、その幾いく倍ばいもを受うけ、また永遠えいえんの生命せいめいを受うけつぐであろう。

マタイ20:20 そのとき、ゼベダイの子こらの母ははが、その子こらと一緒いっしょにイエスのもとにきてひざまずき、何事なにごとかをお願ねがいした。

マタイ27:56 その中なかには、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母ははマリヤ、またゼベダイの子こたちの母ははがいた。

マルコによる福音書(15か所)

マルコ3:31 さて、イエスの母ははと兄弟きょうだいたちとがきて、外そとに立たち、人ひとをやってイエスを呼よばせた。

マルコ3:32 ときに、群衆ぐんしゅうはイエスを囲かこんですわっていたが、「ごらんなさい。あなたの母はは上うえと兄弟きょうだい、姉妹しまいたちが、外そとであなたを尋たずねておられます」と言いった。

マルコ3:33 すると、イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「わたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいとは、だれのことか」。

マルコ3:34 そして、自分じぶんをとりかこんで、すわっている人々ひとびとを見みまわして、言いわれた、「ごらんなさい、ここにわたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいがいる。

マルコ3:35 神かみのみこころを行おこなう者ものはだれでも、わたしの兄弟きょうだい、また姉妹しまい、また母ははなのである」。

マルコ6:24 そこで少女しょうじょは座ざをはずして、母ははに「何なんをお願ねがいしましょうか」と尋たずねると、母ははは「バプテスマのヨハネの首くびを」と答こたえた。

マルコ6:28 盆ぼんにのせて持もってきて少女しょうじょに与あたえ、少女しょうじょはそれを母ははにわたした。

マルコ7:10 モーセは言いったではないか、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マルコ7:11 それだのに、あなたがたは、もし人ひとが父ちちまたは母ははにむかって、あなたに差上さしあげるはずのこのものはコルバン、すなわち、供そなえ物ものですと言いえば、それでよいとして、

マルコ10:19 いましめはあなたの知しっているとおりである。『殺ころすな、姦淫かんいんするな、盗ぬすむな、偽証ぎしょうを立たてるな。欺あざむき取とるな。父ちちと母ははとを敬うやまえ』」。

マルコ10:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでもわたしのために、また福音ふくいんのために、家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、母はは、父ちち、子こ、もしくは畑はたけを捨すてた者ものは、

マルコ10:30 必かならずその百ひゃく倍ばいを受うける。すなわち、今いまこの時代じだいでは家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、母はは、子こおよび畑はたけを迫害はくがいと共ともに受うけ、また、きたるべき世よでは永遠えいえんの生命せいめいを受うける。

マルコ15:40 また、遠とおくの方ほうから見みている女おんなたちもいた。その中なかには、マグダラのマリヤ、小しょうヤコブとヨセとの母ははマリヤ、またサロメがいた。

マルコ15:47 マグダラのマリヤとヨセの母ははマリヤとは、イエスが納おさめられた場所ばしょを見みとどけた。

マルコ16:1 さて、安息あんそく日ひが終おわったので、マグダラのマリヤとヤコブの母ははマリヤとサロメとが、行いってイエスに塗ぬるために、香料こうりょうを買かい求もとめた。

ルカによる福音書(16か所)

ルカ1:15 彼かれは主しゅのみまえに大おおいなる者ものとなり、ぶどう酒しゅや強つよい酒さけをいっさい飲のまず、母ははの胎内たいないにいる時ときからすでに聖霊せいれいに満みたされており、

ルカ1:43 主しゅの母はは上うえがわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄こうえいでしょう。

ルカ2:23 それは主しゅの律法りっぽうに「母ははの胎はらを初はじめて開ひらく男おとこの子こはみな、主しゅに聖別せいべつされた者ものと、となえられねばならない」と書かいてあるとおり、幼おさな子ごを主しゅにささげるためであり、

ルカ2:33 父ちちと母ははとは幼おさな子ごについてこのように語かたられたことを、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:34 するとシメオンは彼かれらを祝ししゅくし、そして母ははマリヤに言いった、「ごらんなさい、この幼おさな子ごは、イスラエルの多おおくの人ひとを倒たおれさせたり立たちあがらせたりするために、また反対はんたいを受うけるしるしとして、定さだめられています。――

ルカ2:48 両親りょうしんはこれを見みて驚おどろき、そして母ははが彼かれに言いった、「どうしてこんな事ことをしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様さまもわたしも心配しんぱいして、あなたを捜さがしていたのです」。

ルカ2:51 それからイエスは両親りょうしんと一緒いっしょにナザレに下くだって行いき、彼かれらにお仕つかえになった。母はははこれらの事ことをみな心こころに留とめていた。

ルカ7:12 町まちの門もんに近ちかづかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者ものが死しんだので、葬ほうむりに出だすところであった。大おおぜいの町まちの人ひとたちが、その母ははにつきそっていた。

ルカ7:15 すると、死人しにんが起おき上あがって物ものを言いいい出だした。イエスは彼かれをその母ははにお渡わたしになった。

ルカ8:19 さて、イエスの母ははと兄弟きょうだいたちとがイエスのところにきたが、群衆ぐんしゅうのためそば近ちかくに行いくことができなかった。

ルカ8:20 それで、だれかが「あなたの母はは上うえと兄弟きょうだいがたが、お目めにかかろうと思おもって、外そとに立たっておられます」と取次とりついだ。

ルカ8:21 するとイエスは人々ひとびとにむかって言いわれた、「神かみの御言みことを聞きいて行おこなう者ものこそ、わたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいなのである」。

ルカ12:53 また父ちちは子こに、子こは父ちちに、母ははは娘むすめに、娘むすめは母ははに、しゅうとめは嫁よめに、嫁よめはしゅうとめに、対立たいりつするであろう」。

ルカ14:26 「だれでも、父ちち、母はは、妻つま、子こ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、さらに自分じぶんの命いのちまでも捨すてて、わたしのもとに来くるのでなければ、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ18:20 いましめはあなたの知しっているとおりである、『姦淫かんいんするな、殺ころすな、盗ぬすむな、偽証ぎしょうを立たてるな、父ちちと母ははとを敬うやまえ』」。

ルカ24:10 この女おんなたちというのは、マグダラのマリヤ、ヨハンナ、およびヤコブの母ははマリヤであった。彼女かのじょたちと一緒いっしょにいたほかの女おんなたちも、このことを使徒しとたちに話はなした。

ヨハネによる福音書(9か所)

ヨハネ2:1 三みっ日か目めにガリラヤのカナに婚礼こんれいがあって、イエスの母ははがそこにいた。

ヨハネ2:3 ぶどう酒しゅがなくなったので、母はははイエスに言いった、「ぶどう酒しゅがなくなってしまいました」。

ヨハネ2:4 イエスは母ははに言いわれた、「婦人ふじんよ、あなたは、わたしと、なんの係かかりわりがありますか。わたしの時ときは、まだきていません」。

ヨハネ2:5 母ははは僕ぼくたちに言いった、「このかたが、あなたがたに言いいつけることは、なんでもして下ください」。

ヨハネ2:12 そののち、イエスは、その母はは、兄弟きょうだいたち、弟子でしたちと一緒いっしょに、カペナウムに下くだって、幾いく日かかそこにとどまられた。

ヨハネ3:4 ニコデモは言いった、「人ひとは年としをとってから生うまれることが、どうしてできますか。もう一いち度ど、母ははの胎はらにはいって生うまれることができましょうか」。

ヨハネ19:25 さて、イエスの十字じゅうじ架かのそばには、イエスの母ははと、母ははの姉妹しまいと、クロパの妻つまマリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。

ヨハネ19:26 イエスは、その母ははと愛あい弟子でしとがそばに立たっているのをごらんになって、母ははにいわれた、「婦人ふじんよ、ごらんなさい。これはあなたの子こです」。

ヨハネ19:27 それからこの弟子でしに言いわれた、「ごらんなさい。これはあなたの母ははです」。そのとき以来いらい、この弟子でしはイエスの母ははを自分じぶんの家いえに引ひきとった。

使徒行伝(3か所)

使徒1:14 彼かれらはみな、婦人ふじんたち、特とくにイエスの母ははマリヤ、およびイエスの兄弟きょうだいたちと共ともに、心こころを合あわせて、ひたすら祈いのりをしていた。

使徒12:12 ペテロはこうとわかってから、マルコと呼よばれているヨハネの母ははマリヤの家いえに行いった。その家いえには大おおぜいの人ひとが集あつまって祈いのっていた。

使徒16:1 それから、彼かれはデルベに行いき、次つぎにルステラに行いった。そこにテモテという名なの弟子でしがいた。信者しんじゃのユダヤ婦人ふじんを母ははとし、ギリシヤ人にんを父ちちとしており、

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ16:13 主しゅにあって選えらばれたルポスと、彼かれの母ははとに、よろしく。彼かれの母ははは、わたしの母ははでもある。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ1:15 ところが、母ははの胎内たいないにある時ときからわたしを聖別せいべつし、み恵めぐみをもってわたしをお召めしになったかたが、

ガラテヤ4:26 しかし、上うえなるエルサレムは、自由じゆうの女おんなであって、わたしたちの母ははをさす。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ6:2 「あなたの父ちちと母ははとを敬うやまえ」。これが第だい一いちの戒いましめであって、次つぎの約束やくそくがそれについている、

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一2:7 むしろ、あなたがたの間あいだで、ちょうど母ははがその子供こどもを育そだてるように、やさしくふるまった。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一1:9 すなわち、律法りっぽうは正ただしい人ひとのために定さだめられたのではなく、不法ふほうな者ものと法ほうに服ふくさない者もの、不ふ信心しんじんな者ものと罪つみある者もの、神聖しんせいを汚けがす者ものと俗悪ぞくあくな者もの、父ちちを殺ころす者ものと母ははを殺ころす者もの、人ひとを殺ころす者もの、

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:5 また、あなたがいだいている偽いつわりのない信仰しんこうを思おもい起おこしている。この信仰しんこうは、まずあなたの祖母そぼロイスとあなたの母ははユニケとに宿やどったものであったが、今いまあなたにも宿やどっていると、わたしは確信かくしんしている。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル7:3 彼かれには父ちちがなく、母ははがなく、系図けいずがなく、生涯しょうがいの初はじめもなく、生命せいめいの終おわりもなく、神かみの子このようであって、いつまでも祭司さいしなのである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録17:5 その額がくには、一ひとつの名ながしるされていた。それは奥義おうぎであって、「大おおいなるバビロン、淫婦いんぷどもと地ちの憎にくむべきものらとの母はは」というのであった。

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