「形」(かたち)が出てくる聖書の箇所
「形」(かたち)は口語訳の64か所(旧約50・新約14)に出てきます。「かたち」も含みます。日常訳第1版では58か所。
創世記(5か所)
創世記1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
創世記1:26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
創世記1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
創世記5:3 アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。
創世記9:6 人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。
出エジプト記(5か所)
出エジプト20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
出エジプト25:33 あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもって一つの枝にあり、また、あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもってほかの枝にあるようにし、燭台から出る六つの枝を、みなそのようにしなければならない。
出エジプト25:34 また、燭台の幹には、あめんどうの花の形をした四つの萼を付け、その萼にはそれぞれ節と花をもたせなさい。
出エジプト37:19 あめんどうの花の形をした三つの萼が、節と花とをもって、この枝にあり、また、あめんどうの花の形をした三つの萼が、節と花とをもって、かの枝にあり、燭台から出る六つの枝をみなそのようにした。
出エジプト37:20 また燭台の幹には、あめんどうの花の形をした四つの萼を、その節と花とをもたせて取りつけた。
民数記(1か所)
民数記12:8 彼とは、わたしは口ずから語り、明らかに言って、なぞを使わない。彼はまた主の形を見るのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐れず非難するのか」。
申命記(6か所)
申命記4:12 時に主は火の中から、あなたがたに語られたが、あなたがたは言葉の声を聞いたけれども、声ばかりで、なんの形も見なかった。
申命記4:15 それゆえ、あなたがたはみずから深く慎まなければならない。ホレブで主が火の中からあなたがたに語られた日に、あなたがたはなんの形も見なかった。
申命記4:16 それであなたがたは道を誤って、自分のために、どんな形の刻んだ像をも造ってはならない。男または女の像を造ってはならない。
申命記4:23 あなたがたは慎み、あなたがたの神、主があなたがたと結ばれた契約を忘れて、あなたの神、主が禁じられたどんな形の刻んだ像をも造ってはならない。
申命記4:25 あなたがたが子を生み、孫を得、長くその地におるうちに、道を誤って、すべて何かの形に刻んだ像を造り、あなたの神、主の目の前に悪をなして、その憤りを引き起すことがあれば、
申命記5:8 あなたは自分のために刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水の中にあるものの、どのような形をも造ってはならない。
列王紀上(7か所)
列王紀上6:18 宮の内側の香柏の板は、ひさごの形と、咲いた花を浮彫りにしたもので、みな香柏の板で、石は見えなかった。
列王紀上6:25 他のケルブも十キュビトであって、二つのケルビムは同じ寸法、同じ形であった。
列王紀上6:29 彼は宮の周囲の壁に、内外の室とも皆ケルビムと、しゅろの木と、咲いた花の形の彫り物を刻み、
列王紀上6:32 その二つのとびらもオリブの木であって、ソロモンはその上にケルビムと、しゅろの木と、咲いた花の形を刻み、金をもっておおった。すなわちケルビムと、しゅろの木の上に金を着せた。
列王紀上6:33 こうしてソロモンはまた拝殿の入口のためにオリブの木で四角の形に脇柱を造った。
列王紀上6:35 ソロモンはその上にケルビムと、しゅろの木と、咲いた花を刻み、金をもって彫り物の上を形どおりにおおった。
列王紀上7:37 このようにして十個の台を造った。それはみな同じ鋳方、同じ寸法、同じ形であった。
歴代志下(2か所)
歴代志下3:5 またその拝殿はいとすぎの板で張り、精金をもってこれをおおい、その上にしゅろと鎖の形を施した。
歴代志下4:3 海の下には三十キュビトの周囲をめぐるひさごの形があって、海の周囲を囲んでいた。そのひさごは二並びで、海を鋳る時に鋳たものである。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記4:16 そのものは立ちどまったが、わたしはその姿を見わけることができなかった。一つのかたちが、わたしの目の前にあった。わたしは静かな声を聞いた、
詩篇(2か所)
詩篇17:15 しかしわたしは義にあって、み顔を見、目ざめる時、みかたちを見て、満ち足りるでしょう。
詩篇49:14 彼らは陰府に定められた羊のように死が彼らを牧するであろう。彼らはまっすぐに墓に下り、そのかたちは消えうせ、陰府が彼らのすまいとなるであろう。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書44:13 木の細工人は線を引き、鉛筆でえがき、かんなで削り、コンパスでえがき、それを人の美しい姿にしたがって人の形に造り、家の中に安置する。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書4:23 わたしは地を見たが、それは形がなく、またむなしかった。天をあおいだが、そこには光がなかった。
エゼキエル書(15か所)
エゼキエル書1:5 またその中から四つの生きものの形が出てきた。その様子はこうである。彼らは人の姿をもっていた。
エゼキエル書1:10 顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。
エゼキエル書1:16 もろもろの輪の形と作りは、光る貴かんらん石のようである。四つのものは同じ形で、その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。
エゼキエル書1:22 生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。、
エゼキエル書1:26 彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の上に、人の姿のような形があった。
エゼキエル書1:27 そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見た。そして彼のまわりに輝きがあった。
エゼキエル書1:28 そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の形のさまは、このようであった。わたしはこれを見て、わたしの顔をふせたとき、語る者の声を聞いた。
エゼキエル書8:2 わたしは見ていると、見よ、人のような形があって、その腰とみられる所から下は火のように見え、腰から上は光る青銅のように輝いて見えた。
エゼキエル書8:10 そこでわたしがはいって見ると、もろもろの這うものと、憎むべき獣の形、およびイスラエルの家のもろもろの偶像が、まわりの壁に描いてあった。
エゼキエル書10:1 時にわたしは見ていたが、見よ、ケルビムの頭の上の大空に、サファイヤのようなものが王座の形をして、その上に現れた。
エゼキエル書10:8 ケルビムはその翼の下に人の手のような形のものを持っているように見えた。
エゼキエル書10:10 そのさまは四つとも同じ形で、あたかも輪の中に輪があるようであった。
エゼキエル書10:22 その顔の形は、ケバル川のほとりでわたしが見たそのままの顔である。おのおのその前の方にまっすぐに行った。
エゼキエル書16:7 野の木のように育て』と。すなわちあなたは成長して大きくなり、一人前の女になり、その乳ぶさは形が整い、髪は長くなったが、着物がなく、裸であった。
エゼキエル書40:3 神がわたしをそこに携えて行かれると、見よ、ひとりの人がいた。その姿は青銅の形のようで、手に麻のなわと、測りざおとを持って門に立っていた。
ダニエル書(3か所)
ダニエル書7:3 四つの大きな獣が海からあがってきた。その形は、おのおの異なり、
ダニエル書7:20 この獣の頭には、十の角があったが、そのほかに一つの角が出てきたので、この角のために、三つの角が抜け落ちた。この角には目があり、また大きな事を語る口があって、その形は、その同類のものよりも大きく見えた。
ダニエル書10:18 人の形をした者は、再びわたしにさわり、わたしを力づけて、
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:4 そのかたちは馬のかたちのようであり、その走ることは軍馬のようである。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ17:20 神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ2:19-20 さらに、知識と真理とが律法の中に形をとっているとして、自ら盲人の手引き、やみにおる者の光、愚かな者の導き手、幼な子の教師をもって任じているのなら、
ローマ8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一11:7 男は、神のかたちであり栄光であるから、かしらに物をかぶるべきではない。女は、また男の光栄である。
コリント第一15:49 すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二4:4 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ4:19 ああ、わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする。
ピリピ人への手紙(3か所)
ピリピ2:6 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、
ピリピ2:7 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、
ピリピ3:21 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。
コロサイ人への手紙(3か所)
コロサイ1:15 御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。
コロサイ2:9 キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、
コロサイ3:10 造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル10:1 いったい、律法はきたるべき良いことの影をやどすにすぎず、そのものの真のかたちをそなえているものではないから、年ごとに引きつづきささげられる同じようないけにえによっても、みまえに近づいて来る者たちを、全うすることはできないのである。