「他人」(たにん)が出てくる聖書の箇所
「他人」(たにん)は口語訳の40か所(旧約28・新約12)に出てきます。日常訳第1版では28か所。
創世記(2か所)
創世記29:19 ラバンは言った、「彼女を他人にやるよりもあなたにやる方がよい。わたしと一緒にいなさい」。
創世記31:15 わたしたちは父に他人のように思われているではありませんか。彼はわたしたちを売ったばかりでなく、わたしたちのその金をさえ使い果たしたのです。
出エジプト記(2か所)
出エジプト21:35 ある人の牛が、もし他人の牛を突いて殺すならば、彼らはその生きている牛を売って、その価を分け、またその死んだものをも分けなければならない。
出エジプト22:5 もし人が畑またはぶどう畑のものを食わせ、その家畜を放って他人の畑のものを食わせた時は、自分の畑の最も良い物と、ぶどう畑の最も良い物をもって、これを償わなければならない。
申命記(1か所)
申命記25:5 兄弟が一緒に住んでいて、そのうちのひとりが死んで子のない時は、その死んだ者の妻は出て、他人にとついではならない。その夫の兄弟が彼女の所にはいり、めとって妻とし、夫の兄弟としての道を彼女につくさなければならない。
列王紀上(2か所)
列王紀上14:5 しかし主はアヒヤに言われた、「ヤラベアムの妻が子供の事をあなたに尋ねるために来る。子供は病気だ。あなたは彼女にこうこう言わなければならない」。彼女は来るとき、他人を装っていた。
列王紀上14:6 しかし彼女が戸口にはいってきたとき、アヒヤはその足音を聞いて言った、「ヤラベアムの妻よ、はいりなさい。なぜ、他人を装うのですか。わたしはあなたにきびしい事を告げるよう、命じられています。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記5:5 現にわれわれの肉はわれわれの兄弟の肉に等しく、われわれの子供も彼らの子供に等しいのに、見よ、われわれはむすこ娘を人の奴隷とするようにしいられています。われわれの娘のうちには、すでに人の奴隷になった者もありますが、われわれの田畑も、ぶどう畑も他人のものになっているので、われわれにはどうする力もありません」。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記19:15 わたしの家に宿る者はわたしを忘れ、わたしのはしためらはわたしを他人のように思い、わたしは彼らの目に他国人となった。
詩篇(1か所)
詩篇49:10 まことに賢い人も死に、愚かな者も、獣のような者も、ひとしく滅んで、その富を他人に残すことは人の見るところである。
箴言(10か所)
箴言5:9 おそらくはあなたの誉を他人にわたし、あなたの年を無慈悲な者にわたすに至る。
箴言5:10 おそらくは他人があなたの資産によって満たされ、あなたの労苦は他人の家に行く。
箴言5:17 それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。
箴言6:1 わが子よ、あなたがもし隣り人のために保証人となり、他人のために手をうって誓ったならば、
箴言11:15 他人のために保証をする者は苦しみをうけ、保証をきらう者は安全である。
箴言14:10 心の苦しみは心みずからが知る、その喜びには他人はあずからない。
箴言20:16 人のために保証する者からは、まずその着物を取れ、他人のために保証する者をば抵当に取れ。 人のために保証する者からは、まずその着物を取れ、他人のために保証する者をば抵当に取れ。
箴言25:9 隣り人と争うことがあるならば、ただその人と争え、他人の秘密をもらしてはならない。
箴言27:2 自分の口をもって自らをほめることなく、他人にほめさせよ。自分のくちびるをもってせず、ほかの人にあなたをほめさせよ。
箴言27:13 人のために保証する者からは、まずその着物をとれ、他人のために保証をする者をば抵当に取れ。
伝道の書(2か所)
伝道の書6:2 すなわち神は富と、財産と、誉とを人に与えて、その心に慕うものを、一つも欠けることのないようにされる。しかし神は、その人にこれを持つことを許されないで、他人がこれを持つようになる。これは空である。悪しき病である。
伝道の書7:22 あなたもまた、しばしば他人をのろったのを自分の心に知っているからである。
エレミヤ書(4か所)
エレミヤ書3:1 もし人がその妻を離婚し、女が彼のもとを去って、他人の妻となるなら、その人はふたたび彼女に帰るであろうか。その地は大いに汚れないであろうか。あなたは多くの恋人と姦淫を行った。しかもわたしに帰ろうというのか」と主は言われる。
エレミヤ書6:12 彼らの家と畑と妻とは共に他人に渡る。わたしが手を伸ばして、この地に住む者を撃つからである」と主は言われる。
エレミヤ書8:10 それゆえ、わたしは彼らの妻を他人に与え、その畑を征服者に与える。それは彼らが小さい者から大きい者にいたるまで、みな不正な利をむさぼり、預言者から祭司にいたるまで、みな偽りを行っているからである。
エレミヤ書49:5 主なる万軍の神は言われる、見よ、わたしはあなたの上に恐れを臨ませる、それはあなたの周囲の者から来る。あなたは追われて、おのおの直ちに他人に続き、逃げる者を集める人もない。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書16:32 自分の夫に替えて他人と通じる姦婦よ。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書5:17 ダニエルは王の前に答えて言った、「あなたの賜物は、あなたご自身にとっておき、あなたの贈り物は、他人にお与えください。それでも、わたしは王のためにその文字を読み、その解き明かしをお知らせいたしましょう。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ27:42 「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ15:31 祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ18:9 自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話しになった。
ルカ23:35 民衆は立って見ていた。役人たちもあざ笑って言った、「彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい」。
ローマ人への手紙(3か所)
ローマ2:1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。
ローマ14:4 他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのである。しかし、彼は立つようになる。主は彼を立たせることができるからである。
ローマ15:20 その際、わたしの切に望んだところは、他人の土台の上に建てることをしないで、キリストの御名がまだ唱えられていない所に福音を宣べ伝えることであった。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一10:29 良心と言ったのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことである。なぜなら、わたしの自由が、どうして他人の良心によって左右されることがあろうか。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二10:15 わたしたちは限度をこえて、他人の働きを誇るようなことはしない。ただ、あなたがたの信仰が成長するにつれて、わたしたちの働きの範囲があなたがたの中でますます大きくなることを望んでいる。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ2:4 おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一3:11 女たちも、同様に謹厳で、他人をそしらず、自らを制し、すべてのことに忠実でなければならない。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一4:15 あなたがたのうち、だれも、人殺し、盗人、悪を行う者、あるいは、他人に干渉する者として苦しみに会うことのないようにしなさい。