「他人」(たにん)が出てくる聖書の箇所

「他人」(たにん)は日常訳第1版の28か所(旧約19・新約9)に出てきます。口語訳では40か所。

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創世記(1か所)

創世記31:15 わたしたちは、父ちちにとって他人たにんも同然どうぜんだと思おもわれているんじゃない?だって父ちちはわたしたちを売うり払はらって、その代金だいきんまでしっかり使つかい果はたしてしまったんだから。

出エジプト記(1か所)

出エジプト22:5 人ひとが畑はたけやぶどう畑はたけの作物さくもつを食たべさせてしまい、自分じぶんの家畜かちくを放はなして他人たにんの畑はたけで食たべさせた場合ばあいは、自分じぶんの畑はたけの一番いちばん良よいものと、自分じぶんのぶどう畑はたけの一番いちばん良よいもので償つぐなわなければならない。

レビ記(1か所)

レビ記20:10 他人たにんの妻つまと姦通かんつうする者もの、つまり隣人りんじんの妻つまと姦通かんつうする者ものは、その男おとこも女おんなも、必かならず死しななければならない。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記5:5 わたしたちの体からだも同胞どうほうの体からだと同おなじだし、子こどもたちも彼かれらの子こどもと変かわらない。それなのに、わたしたちは息子むすこや娘むすめを奴隷どれいに売うらなければならない。娘むすめの中なかには、もう奴隷どれいにされた者ものもいる。でも、どうすることもできない。畑はたけもぶどう畑はたけも、すでに他人たにんのものになっているからだ。」

詩篇(1か所)

詩篇109:11 彼かれが持もっているすべての物ものを貸かし主ぬしに取とり上あげられ、働はたらいて得えたものを他人たにんに奪うばわれますように。

箴言(9か所)

箴言5:9 さもないと、あなたは自分じぶんの誉ほまれを他人たにんに渡わたし、自分じぶんの年月としつきを無む慈悲じひな者ものに明あけ渡わたすことになる。

箴言5:17 それはあなただけのものとしなさい。他人たにんに分わけ合あってはいけない。

箴言5:20 わが子こよ、どうして他人たにんの妻つまに心こころを奪うばわれるのか。どうしてよその女おんなの胸むねを抱いだくのか。

箴言6:24 それはあなたを悪わるい女おんなから、なめらかな言葉ことばで誘さそう他人たにんの妻つまから守まもってくれる。

箴言12:24 勤勉きんべんな人ひとの手ては、人ひとを治おさめるようになる。でも、怠なまけ者ものは、他人たにんにこき使つかわれる。

箴言14:10 心こころは、自分じぶんだけの苦くるしみを知しっている。その喜よろこびに、他人たにんが入はいり込こむことはできない。

箴言20:16 他人たにんの保証ほしょう人にんになった者ものからは、その着物きものを取とり上あげよ。見知みしらぬ女おんなのために保証ほしょうしたのなら、それを担保たんぽに取とれ。

箴言27:2 自分じぶんをほめるのは自分じぶんの口くちではなく、他人たにんにほめてもらいなさい。あなたの唇くちびるではなく、よその人ひとの口くちに。

箴言27:13 他人たにんの保証ほしょう人にんになった者ものからは、その着物きものを取とり上あげよ。見知みしらぬ女おんなのために保証ほしょうしたのなら、それを担保たんぽに取とれ。

伝道の書(1か所)

伝道の書6:2 神かみが富とみや財産ざいさんや名誉めいよを与あたえ、望のぞむものは何なん一ひとつ欠かけていない人ひとがいる。それなのに、神かみはそれを楽たのしむことを許ゆるさず、見知みしらぬ他人たにんがそれを食くいつくしてしまう。これはむなしい。ひどい苦くるしみだ。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書65:22 自分じぶんが建たてた家いえに他人たにんが住すむことはなく、自分じぶんが植うえたものを他人たにんが食たべることもない。わたしの民たみの一生いっしょうは木きのように長ながく、わたしが選えらんだ者ものたちは、自分じぶんの手てで作つくり上あげたものを存分ぞんぶんに楽たのしむ。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書6:12 彼かれらの家いえは他人たにんのものとなり、畑はたけも妻つまも、いっしょに奪うばわれる。わたしがこの地ちに住すむ者ものたちに手てを伸のばすからだ」と主しゅは言いわれる。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書16:32 夫おっとがありながら、その夫おっとの代かわりに他人たにんの男おとこを迎むかえ入いれる、不倫ふりんの妻つまよ。

ミカ書(1か所)

ミカ書2:4 その日ひ、人々ひとびとはあなたたちのことで嘲あざけりの歌うたを歌うたい、こう嘆なげく。『わたしたちは何なんもかも奪うばわれた。主しゅはわたしの民たみの分わけ前まえを、他人たにんのものにしてしまう。ああ、主しゅはそれをわたしから取とり上あげ、わたしたちの畑はたけを裏切うらぎり者ものに分わけ与あたえる。』

マタイによる福音書(1か所)

マタイ27:42 「他人たにんは救すくったのに、自分じぶんは救すくえない。あれがイスラエルの王おうなのか。今いますぐ十字じゅうじ架かから降おりてみろ。そうしたら信しんじてやろう。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ15:31 同おなじように、祭司さいし長ちょうたちも律法りっぽう学がく者しゃたちといっしょにイエスをからかって、こう言い合っいいあった。「他人たにんは救すくったのに、自分じぶんは救すくえないのか。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ16:12 他人たにんのものに誠実せいじつでなかったら、だれがあなたたち自身じしんのものをあなたたちに与あたえるだろう。

ルカ23:35 民衆みんしゅうは立たって見みていた。議員ぎいんたちもあざ笑わらって言いった。「あいつは他人たにんを救すくった。もし神かみが選えらんだキリストなら、自分じぶんを救すくってみろ。」

使徒行伝(1か所)

使徒7:6 神かみはこうも語かたられました。『あなたの子孫しそんは、よその国くにで他人たにんとして暮くらすことになる。人々ひとびとは彼かれらを奴隷どれいにし、四百よんひゃく年ねんのあいだ苦くるしめるだろう。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ2:1 だから、人ひとをさばくあなたには、言い逃れいいのがれができない。あなたは他人たにんをさばくことで、自分じぶん自身じしんに罪つみを宣告せんこくしている。さばくあなたも、同おなじことをしているのだから。

ローマ14:4 あなたは、他人たにんの使用しよう人にんを裁さばくいったい何者なにものなのか。その人ひとが仕事しごとを続つづけられるかどうかは、主人しゅじんが決きめることだ。そして、その人ひとはちゃんと立たっていられる。主人しゅじんにはその人ひとを立たたたせる力ちからがあるからだ。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:13 そのうえ、暇ひまを持もて余あまして、家いえから家いえへと渡わたり歩あるくことを覚おぼえてしまう。ただ怠なまけるだけでなく、うわさ話ばなしをしたり、他人たにんのことに口くちを出だしたり、言ゆうべきでないことまで口くちにするようになる。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一4:15 あなたたちの中なかのだれも、人殺ひとごろしや泥棒どろぼうや悪事あくじを働はたらく者ものとして、あるいは他人たにんのことに口出くちだしする者ものとして、苦くるしみを受うけることのないように。

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