「不当」(ふとう)が出てくる聖書の箇所
「不当」(ふとう)は日常訳第1版の13か所(旧約7・新約6)に出てきます。口語訳では1か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト23:6 貧しい人が訴えを起こしたとき、その裁判を不当に曲げてはいけない。
申命記(1か所)
申命記24:14 貧しくて困っている雇い人を、不当に扱ってはならない。それがあなたの同胞であっても、あなたの町に住む外国人であっても、同じだ。
箴言(1か所)
箴言1:19 不当な利益をむさぼる者の行き着く先は、みなこうだ。その利益は、持ち主の魂を奪ってしまう。
哀歌(2か所)
哀歌3:36 人を裁判で不当に扱うこと。主は、それを良しとされない。
哀歌3:59 主よ、あなたはわたしが受けた不当な扱いを見てくださった。どうか、わたしのために正しく裁いてください。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書22:29 この地の民は、暴力で人をしいたげ、物を奪い取った。貧しい人や困っている人を苦しめ、寄留者を不当にしいたげた。
マラキ書(1か所)
マラキ書3:5 「わたしはさばきのために、あなたがたに近づく。そしてすぐさま証人となって、告発する。魔術を使う者、姦通する者、偽って誓う者、雇い人の賃金をだまし取る者、やもめや孤児を虐げる者、よその国から来た人を不当に扱う者、そしてわたしを恐れない者たちを」と、万軍の主は言われる。
使徒行伝(1か所)
使徒7:24 そして、そのうちのひとりが不当な扱いを受けているのを見て、その人をかばい、痛めつけられているその人のために仕返しをして、エジプト人を打ち倒した。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一6:7 そもそも、あなたがたが互いに訴え合っていること自体、すでに完全な負けなのだ。どうして、むしろ不当な扱いを受けたままでいないのか。どうして、むしろだまし取られたままでいないのか。
コリント第一6:8 それどころか、あなたがた自身が不当なことをし、人からだまし取っている。しかも、それを仲間に対してしているのだ。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二7:2 どうか、わたしたちに心を開いてほしい。わたしたちは、だれにも不当なことをしていない。だれも傷つけていないし、だれからもだまし取っていない。
コリント第二7:12 だから、わたしがあなたがたに手紙を書いたのは、不当なことをした人のためでも、それをされた人のためでもない。あなたがたがわたしたちのことをどれほど真剣に思っているか、それが神の前ではっきりと示されるためだった。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一2:19 不当な扱いを受けて苦しんでも、神を思ってじっと耐えるなら、それは価値のあることだ。