「かもしか」が出てくる聖書の箇所
「かもしか」は日常訳第1版の17か所(旧約16・新約1)に出てきます。「羚羊」も含みます。口語訳では17か所。
申命記(4か所)
申命記12:15 ただし、あなたの神、主が与えてくださった祝福に応じて、あなたの町ではどこでも、思う存分、家畜をほふって肉を食べてよい。かもしかや鹿を食べるときと同じように、汚れた人も清い人も食べることができる。
申命記12:22 かもしかや鹿を食べるのと同じように、それを食べてよい。汚れた人も清い人も、いっしょに食べることができる。
申命記14:5 鹿、ガゼル、のろ鹿、野やぎ、アイベックス、レイヨウ、野羊。
申命記15:22 それは、あなたの町の中で食べなさい。汚れている人も清い人も、いっしょに食べてよい。かもしかや鹿の肉を食べるのと同じだ。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二2:18 そこにはツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルがいた。アサエルは、野のかもしかのように足が速かった。
列王紀上(1か所)
列王紀上4:23 肥えた牛十頭、放牧の牛二十頭、羊百頭。そのほかに、雄鹿、かもしか、のろじか、よく肥えた鳥もあった。
歴代志上(1か所)
歴代志上12:8 ガド族からも、荒れ野の砦にいるダビデのもとへ移ってきた者たちがいた。みな勇敢な戦士で、戦いのために鍛えられた兵士だった。盾と槍を手に、その顔はライオンのようで、山を駆けるカモシカのように素早かった。
箴言(1か所)
箴言5:19 彼女は愛らしい雌鹿、優雅なかもしか。その胸がいつもあなたを満たし、その愛にいつも酔いしれていなさい。
雅歌(6か所)
雅歌2:7 エルサレムの娘たちよ、野のかもしかや雌鹿にかけて誓ってほしい。愛がそうしたいと思うそのときまで、揺り起こしたり、目覚めさせたりしないで。
雅歌2:9 あの人はかもしか、若い雄鹿のよう。ほら、わたしたちの壁の向こうに立って、窓からのぞき、格子ごしに見つめている。
雅歌2:17 日が涼しくなって、影が逃げ去るまで。あの人よ、戻ってきて。険しい山々の上を行くかもしかのように、若い雄鹿のように。
雅歌4:5 きみの二つの胸は、二頭の子鹿のよう。ユリの花の中で草をはむ、双子のかもしかのようだ。
雅歌7:3 あなたの二つの胸は、二頭の小鹿のよう。かもしかの双子の子のようだ。
雅歌8:14 愛する人よ、急いで。かもしかのように、若い雄鹿のように、香りに満ちた山々の上を駆けめぐって。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書13:14 人々は、追われるかもしかのように、集める者のいない羊のようになる。それぞれ自分の民のもとへ向かい、それぞれ自分の国へと逃げていく。
イザヤ書51:20 あなたの息子たちは気を失い、網にかかった羚羊のように、どの通りの角にも倒れている。彼らは主の怒りに、あなたの神の叱責に満たされている。
使徒行伝(1か所)
使徒9:36 ヤッファに、タビタという女性の弟子がいた。名前はギリシア語でドルカス、つまり「かもしか」という意味だ。彼女はいつも良い行いをし、困っている人に施しをしていた。