「あかす」が出てくる聖書の箇所

「あかす」は口語訳の39か所(旧約6・新約33)に出てきます。「明かす」「明かせる」も含みます。日常訳第1版では12か所。

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創世記(1か所)

創世記45:1 そこでヨセフはそばに立たっているすべての人ひとの前まえで、自分じぶんを制せいしきれなくなったので、「人ひとは皆みなここから出でてください」と呼よばわった。それゆえヨセフが兄弟きょうだいたちに自分じぶんのことを明あかした時とき、ひとりも彼かれのそばに立たっている者ものはなかった。

申命記(1か所)

申命記31:28 あなたがたの部族ぶぞくのすべての長老ちょうろうたちと、つかさたちをわたしのもとに集あつめなさい。わたしはこれらの言葉ことばを彼かれらに語かたり聞きかせ、天てんと地ちとを呼よんで彼かれらにむかってあかしさせよう。

士師記(2か所)

士師記14:15 四よん日か目めになって、彼かれらはサムソンの妻つまに言いった、「あなたの夫おっとを説ときすすめて、なぞをわたしたちに明あかすようにしてください。そうしなければ、わたしたちは火ひをつけてあなたとあなたの父ちちの家いえを焼やいてしまいます。あなたはわたしたちの物ものを取とるために、わたしたちを招まねいたのですか」。

士師記14:17 彼女かのじょは七なな日かのふるまいの間あいだ、彼かれの前まえに泣ないていたが、七なな日か目めになって、サムソンはついに彼女かのじょに解とき明あかした。ひどく彼かれに迫せまったからである。そこで彼女かのじょはなぞを自分じぶんの国くにの人々ひとびとにあかした。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一12:5 サムエルは彼かれらに言いった、「あなたがたが、わたしの手てのうちに、なんの不正ふせいをも見みいださないことを、主しゅはあなたがたにあかしされる。その油あぶらそそがれた者ものも、きょうそれをあかしする」。彼かれらは言いった、「あかしされます」。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記29:11 耳みみに聞きいた者ものはわたしを祝福しゅくふくされた者ものとなし、目めに見みた者ものはこれをあかしした。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ24:32 彼かれらは互たがいに言いった、「道々みちみちお話はなしになったとき、また聖書せいしょを説とき明あかしてくださったとき、お互たがいの心こころが内うちに燃もえたではないか」。

ヨハネによる福音書(11か所)

ヨハネ2:25 また人ひとについてあかしする者ものを、必要ひつようとされなかったからである。それは、ご自身じしん人にんの心こころの中なかにあることを知しっておられたからである。

ヨハネ3:11 よくよく言いっておく。わたしたちは自分じぶんの知しっていることを語かたり、また自分じぶんの見みたことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受うけいれない。

ヨハネ3:28 『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先さきにつかわされた者ものである』と言いったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身じしんである。

ヨハネ3:32 彼かれはその見みたところ、聞きいたところをあかししているが、だれもそのあかしを受うけいれない。

ヨハネ4:39 さて、この町まちからきた多おおくのサマリヤ人にんは、「この人ひとは、わたしのしたことを何なんもかも言いいあてた」とあかしした女おんなの言葉ことばによって、イエスを信しんじた。

ヨハネ5:36 しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力ちからあるあかしがある。父ちちがわたしに成就じょうじゅさせようとしてお与あたえになったわざ、すなわち、今いまわたしがしているこのわざが、父ちちのわたしをつかわされたことをあかししている。

ヨハネ7:7 世よはあなたがたを憎にくみ得えないが、わたしを憎にくんでいる。わたしが世よのおこないの悪わるいことを、あかししているからである。

ヨハネ8:13 するとパリサイ人にんたちがイエスに言いった、「あなたは、自分じぶんのことをあかししている。あなたのあかしは真実しんじつではない」。

ヨハネ8:14 イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「たとい、わたしが自分じぶんのことをあかししても、わたしのあかしは真実しんじつである。それは、わたしがどこからきたのか、また、どこへ行いくのかを知しっているからである。しかし、あなたがたは、わたしがどこからきて、どこへ行いくのかを知しらない。

ヨハネ8:18 わたし自身じしんのことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた父ちちも、わたしのことをあかしして下くださるのである」。

ヨハネ10:25 イエスは彼かれらに答こたえられた、「わたしは話はなしたのだが、あなたがたは信しんじようとしない。わたしの父ちちの名なによってしているすべてのわざが、わたしのことをあかししている。

使徒行伝(8か所)

使徒14:3 それにもかかわらず、ふたりは長ながい期間きかんをそこで過すごして、大胆だいたんに主しゅのことを語かたった。主しゅは、彼かれらの手てによってしるしと奇跡きせきとを行おこなわせ、そのめぐみの言葉ことばをあかしされた。

使徒14:17 それでも、ご自分じぶんのことをあかししないでおられたわけではない。すなわち、あなたがたのために天てんから雨あめを降ふらせ、実みのりの季節きせつを与あたえ、食物しょくもつと喜よろこびとで、あなたがたの心こころを満みたすなど、いろいろのめぐみをお与あたえになっているのである」。

使徒18:5 シラスとテモテが、マケドニヤから下くだってきてからは、パウロは御言みことを伝つたえることに専念せんねんし、イエスがキリストであることを、ユダヤ人にんたちに力強ちからづよくあかしした。

使徒20:24 しかし、わたしは自分じぶんの行程こうていを走はしり終おえ、主しゅイエスから賜たまわった、神かみのめぐみの福音ふくいんをあかしする任務にんむを果はたし得とくさえしたら、このいのちは自分じぶんにとって、少すこしも惜おしいとは思おもわない。

使徒23:11 その夜よる、主しゅがパウロに臨のぞんで言いわれた、「しっかりせよ。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなくてはならない」。

使徒26:16 さあ、起おきあがって、自分じぶんの足あしで立たちなさい。わたしがあなたに現あらわれたのは、あなたがわたしに会あった事ことと、あなたに現あらわれて示しめそうとしている事こととをあかしし、これを伝つたえる務つとむに、あなたを任にんじるためである。

使徒26:23 すなわち、キリストが苦難くなんを受うけること、また、死人しにんの中なかから最初さいしょによみがえって、この国民こくみんと異邦いほう人にんとに、光ひかりを宣のべ伝つたえるに至いたることを、あかししたのです」。

使徒28:23 そこで、日ひを定さだめて、大おおぜいの人ひとが、パウロの宿やどにつめかけてきたので、朝あさから晩ばんまで、パウロは語かたり続つづけ、神かみの国くにのことをあかしし、またモーセの律法りっぽうや預言よげん者しゃの書しょを引ひいて、イエスについて彼かれらの説得せっとくにつとめた。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ8:16 御ご霊れいみずから、わたしたちの霊れいと共ともに、わたしたちが神かみの子こであることをあかしして下くださる。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二8:24 だから、あなたがたの愛あいと、また、あなたがたについてわたしたちがいだいている誇ほこりとが、真実しんじつであることを、諸教しょきょう会かいの前まえで彼かれらにあかししていただきたい。

テサロニケ人への第一の手紙(2か所)

テサロニケ第一2:5 わたしたちは、あなたがたが知しっているように、決けっしてへつらいの言葉ことばを用もちいたこともなく、口実こうじつを設もうけて、むさぼったこともない。それは、神かみがあかしして下くださる。

テサロニケ第一2:10 あなたがたもあかしし、神かみもあかしして下くださるように、わたしたちはあなたがた信者しんじゃの前まえで、信心しんじん深ふかく、正ただしく、責せめられるところがないように、生活せいかつをしたのである。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル2:6 聖書せいしょはある箇所かしょで、こうあかししている、「人間にんげんが何者なにものだから、これを御お心こころに留とめられるのだろうか。人ひとの子こが何者なにものだから、これをかえりみられるのだろうか。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:11 彼かれらは、自分じぶんたちのうちにいますキリストの霊れいが、キリストの苦難くなんとそれに続つづく栄光えいこうとを、あらかじめあかしした時とき、それは、いつの時とき、どんな場合ばあいをさしたのかを、調しらべたのである。

ペテロ第一5:12 わたしは、忠実ちゅうじつな兄弟きょうだいとして信頼しんらいしているシルワノの手てによって、この短みじかい手紙てがみをあなたがたにおくり、勧すすめをし、また、これが神かみのまことの恵めぐみであることをあかしした。この恵めぐみのうちに、かたく立たっていなさい。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一5:10 神かみの子こを信しんじる者ものは、自分じぶんのうちにこのあかしを持もっている。神かみを信しんじない者ものは、神かみを偽いつわり者ものとする。神かみが御子みこについてあかしせられたそのあかしを、信しんじていないからである。

ヨハネの第三の手紙(1か所)

ヨハネ第三1:3 兄弟きょうだいたちがきて、あなたが真理しんりに生いきていることを、あかししてくれたので、ひじょうに喜よろこんでいる。事実じじつ、あなたは真理しんりのうちを歩あるいているのである。

ヨハネの黙示録(4か所)

黙示録1:2 ヨハネは、神かみの言げんとイエス・キリストのあかしと、すなわち、自分じぶんが見みたすべてのことをあかしした。

黙示録19:10 そこで、わたしは彼かれの足あしもとにひれ伏ふして、彼かれを拝はいそうとした。すると、彼かれは言いった、「そのようなことをしてはいけない。わたしは、あなたと同おなじ僕ぼく仲間なかまであり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟きょうだいたちと同おなじ僕ぼく仲間なかまである。ただ神かみだけを拝はいしなさい。イエスのあかしは、すなわち預言よげんの霊れいである」。

黙示録22:16 わたしイエスは、使つかいをつかわして、諸教しょきょう会かいのために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝わかえだまた子孫しそんであり、輝かがやく明あけの明星みょうじょうである」。

黙示録22:20 これらのことをあかしするかたが仰おおせになる、「しかり、わたしはすぐに来くる」。アァメン、主しゅイエスよ、きたりませ。

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