「迫る」(せまる)が出てくる聖書の箇所

「迫る」(せまる)は口語訳の27か所(旧約20・新約7)に出てきます。「せまる」も含みます。日常訳第1版では32か所。

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創世記(3か所)

創世記19:9 彼かれらは言いった、「退のけ」。また言いった、「この男おとこは渡わたってきたよそ者ものであるのに、いつも、さばきびとになろうとする。それで、われわれは彼かれらに加くわえるよりも、おまえに多おおくの害がいを加くわえよう」。彼かれらはロトの身みに激はげしく迫せまり、進すすみ寄よって戸とを破やぶろうとした。

創世記43:30 ヨセフは弟おとうとなつかしさに心こころがせまり、急いいそいで泣なく場所ばしょをたずね、へやにはいって泣ないた。

創世記49:19 ガドには略奪りゃくだつ者しゃが迫せまる。しかし彼かれはかえって敵てきのかかとに迫せまるであろう。

出エジプト記(1か所)

出エジプト3:19 しかし、エジプトの王おうは強つよい手てをもって迫せまらなければ、あなたがたを行いかせないのをわたしは知しっている。

民数記(1か所)

民数記20:2 そのころ会衆かいしゅうは水みずが得えられなかったため、相あい集あつまってモーセとアロンに迫せまった。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記8:20 それでアイの人々ひとびとが、うしろをふり返かえって見みると、町まちの焼やける煙けむりが天てんに立たちのぼっていたので、こちらへもあちらへも逃にげるすべがなかった。荒野こうやへ逃にげていった民たみも身みをかえして、追おってきた者ものに迫せまった。

士師記(8か所)

士師記14:17 彼女かのじょは七なな日かのふるまいの間あいだ、彼かれの前まえに泣ないていたが、七なな日か目めになって、サムソンはついに彼女かのじょに解とき明あかした。ひどく彼かれに迫せまったからである。そこで彼女かのじょはなぞを自分じぶんの国くにの人々ひとびとにあかした。

士師記16:9 女おんなはかねて奥おくのへやに人ひとを忍しのばせておいて、サムソンに言いった、「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」。しかしサムソンはその弓弦ゆづるを、あたかも亜麻あま糸いとが火ひにあって断たたたれるように断たち切きった。こうして彼かれの力ちからの秘密ひみつは知しれなかった。

士師記16:12 そこでデリラは新あたらしい綱つなをとり、それをもって彼かれを縛しばり、そして彼かれに言いった、「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」。時じに人々ひとびとは奥おくのへやに忍しのんでいたが、サムソンはその綱つなを糸いとのように腕うでから断たち落おとした。

士師記16:14 くぎでそれを留とめておいて、彼かれに言いった、「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」。しかしサムソンは目めをさまして、くぎと機きと縦糸たていととを引ひき抜ぬいた。

士師記16:16 女おんなは毎日まいにちその言葉ことばをもって彼かれに迫せまり促うながしたので、彼かれの魂たましいは死しぬばかりに苦くるしんだ。

士師記16:20 そして女おんなが「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」と言いったので、彼かれは目めをさまして言いった、「わたしはいつものように出でて行いって、からだをゆすろう」。彼かれは主しゅが自分じぶんを去さられたことを知しらなかった。

士師記20:34 すなわちイスラエルの全軍ぜんぐんのうちから精兵せいへい一いち万まん人にんがきて、ギベアを襲おそい、その戦たたかいは激はげしかった。しかしベニヤミンの人々ひとびとは災わざわいの自分じぶんたちに迫せまっているのを知しらなかった。

士師記20:41 その時ときイスラエルの人々ひとびとが向むきを変かえたので、ベニヤミンの人々ひとびとは災わざわいが自分じぶんたちに迫せまったのを見みて、うろたえ、

サムエル記上(1か所)

サムエル第一31:3 戦たたかいは激はげしくサウルに迫せまり、弓ゆみを射いる者ものどもがサウルを見みつけて、彼かれを射いたので、サウルは射いる者ものたちにひどい傷きずを負おわされた。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二10:9 ヨアブは戦たたかいが前後ぜんごから自分じぶんに迫せまってくるのを見みて、イスラエルのえり抜ぬきの兵士へいしのうちから選えらんで、これをスリヤびとに対たいして備そなえ、

歴代志下(1か所)

歴代志下12:4 シシャクはユダの要害ようがいの町々まちまちを取とり、エルサレムに迫せまって来きた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記32:18 わたしには言葉ことばが満みち、わたしのうちの霊れいがわたしに迫せまるからだ。

箴言(1か所)

箴言16:26 ほねおる者ものは飲食いんしょくのためにほねおる、その口くちが自分じぶんに迫せまるからである。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書50:43 バビロンの王おうはそのうわさを聞きいて、その手ては弱よわり、子こを産うむ女おんなに臨のぞむような痛いたみと苦くるしみに迫せまられた。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ3:7 ヨハネは、パリサイ人にんやサドカイ人にんが大おおぜいバプテスマを受うけようとしてきたのを見みて、彼かれらに言いった、「まむしの子こらよ、迫せまってきている神かみの怒いかりから、おまえたちはのがれられると、だれが教おしえたのか。

マタイ26:45 それから弟子でしたちの所ところに帰かえってきて、言いわれた、「まだ眠ねむっているのか、休やすんでいるのか。見みよ、時ときが迫せまった。人ひとの子こは罪人ざいにんらの手てに渡わたされるのだ。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ3:7 さて、ヨハネは、彼かれからバプテスマを受うけようとして出でてきた群衆ぐんしゅうにむかって言いった、「まむしの子こらよ、迫せまってきている神かみの怒いかりから、のがれられると、おまえたちにだれが教おしえたのか。

使徒行伝(1か所)

使徒20:22 今いまや、わたしは御ご霊れいに迫せまられてエルサレムへ行いく。あの都とで、どんな事ことがわたしの身みにふりかかって来くるか、わたしにはわからない。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一7:26 わたしはこう考かんがえる。現在げんざい迫せまっている危機ききのゆえに、人ひとは現状げんじょうにとどまっているがよい。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二5:14 なぜなら、キリストの愛あいがわたしたちに強つよく迫せまっているからである。わたしたちはこう考かんがえている。ひとりの人ひとがすべての人ひとのために死しんだ以上いじょう、すべての人ひとが死しんだのである。

コリント第二11:28 なおいろいろの事ことがあった外そとに、日々ひびわたしに迫せまって来くる諸教しょきょう会かいの心配しんぱいごとがある。

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