「赦し」(ゆるし)が出てくる聖書の箇所

「赦し」(ゆるし)は口語訳の41か所(旧約13・新約28)に出てきます。「ゆるし」「許し」も含みます。日常訳第1版では14か所。

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創世記(2か所)

創世記31:7 しかし、あなたがたの父ちちはわたしを欺あざむいて、十じゅう度どもわたしの報酬ほうしゅうを変かえた。けれども神かみは彼かれがわたしに害がいを加くわえることをお許ゆるしにならなかった。

創世記41:44 ついでパロはヨセフに言いった、「わたしはパロである。あなたの許ゆるしがなければエジプト全国ぜんこくで、だれも手足てあしを上あげることはできない」。

民数記(1か所)

民数記22:13 明あくる朝あさ起おきて、バラムはバラクのつかさたちに言いった、「あなたがたは国くににお帰かえりなさい。主しゅはわたしがあなたがたと一緒いっしょに行いくことを、お許ゆるしになりません」。

申命記(4か所)

申命記15:1 あなたは七なな年ねんの終おわりごとに、ゆるしを行おこなわなければならない。

申命記15:2 そのゆるしのしかたは次つぎのとおりである。すべてその隣人りんじんに貸かした貸主かしぬしはそれをゆるさなければならない。その隣人りんじんまたは兄弟きょうだいにそれを督促とくそくしてはならない。主しゅのゆるしが、ふれ示しめされたからである。

申命記15:9 あなたは心こころに邪念じゃねんを起おこし、『第だい七なな年ねんのゆるしの年としが近ちかづいた』と言いって、貧まずしい兄弟きょうだいに対たいし、物ものを惜おしんで、何なんも与あたえないことのないように慎つつしまなければならない。その人ひとがあなたを主しゅに訴うったえるならば、あなたは罪つみを得うるであろう。

申命記31:10 そしてモーセは彼かれらに命めいじて言いった、「七なな年ねんの終おわりごとに、すなわち、ゆるしの年としの定さだめの時ときになり、かりいおの祭まつりに、

詩篇(2か所)

詩篇99:8 われらの神かみ、主しゅよ、あなたは彼かれらに答こたえられた。あなたは彼かれらにゆるしを与あたえられた神かみであったが、悪あくを行おこなう者ものには報復ほうふくされた。

詩篇130:4 しかしあなたには、ゆるしがあるので、人ひとに恐おそれかしこまれるでしょう。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書2:9 こうして人ひとはかがめられ、人々ひとびとは低ひくされる。どうか彼かれらをおゆるしにならぬように。

イザヤ書55:7 悪あしき者ものはその道みちを捨すて、正ただしらぬ人ひとはその思おもいを捨すてて、主しゅに帰かえれ。そうすれば、主しゅは彼かれにあわれみを施ほどこされる。われわれの神かみに帰かえれ、主しゅは豊ゆたかにゆるしを与あたえられる。

哀歌(1か所)

哀歌3:42 「わたしたちは罪つみを犯おかし、そむきました、あなたはおゆるしになりませんでした。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書9:9 あわれみと、ゆるしはわれわれの神かみ、主しゅのものです。これはわれわれが彼かれにそむいたからです。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ10:29 二ふた羽わのすずめは一いちアサリオンで売うられているではないか。しかもあなたがたの父ちちの許ゆるしがなければ、その一ひと羽わも地ちに落おちることはない。

マタイ26:28 これは、罪つみのゆるしを得えさせるようにと、多おおくの人ひとのために流ながすわたしの契約けいやくの血ちである。

マルコによる福音書(6か所)

マルコ1:4 バプテスマのヨハネが荒野あらのに現あらわれて、罪つみのゆるしを得えさせる悔改くいあらためのバプテスマを宣のべ伝つたえていた。

マルコ1:34 イエスは、さまざまの病やまいをわずらっている多おおくの人々ひとびとをいやし、また多おおくの悪霊あくりょうを追おい出だされた。また、悪霊あくりょうどもに、物もの言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスを知しっていたからである。

マルコ5:13 イエスがお許ゆるしになったので、けがれた霊れいどもは出でて行いって、豚ぶたの中なかへはいり込こんだ。すると、その群むれは二千にせん匹ひきばかりであったが、がけから海うみへなだれを打うって駆かけ下くだり、海うみの中なかでおぼれ死しんでしまった。

マルコ5:19 しかし、イエスはお許ゆるしにならないで、彼かれに言いわれた、「あなたの家族かぞくのもとに帰かえって、主しゅがどんなに大おおきなことをしてくださったか、またどんなにあわれんでくださったか、それを知しらせなさい」。

マルコ5:37 そしてペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟きょうだいヨハネのほかは、ついて来くることを、だれにもお許ゆるしにならなかった。

マルコ11:16 また器うつわものを持もって宮みやの庭にわを通とおり抜ぬけるのをお許ゆるしにならなかった。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ1:77 罪つみのゆるしによる救すくいをその民たみに知しらせるのであるから。

ルカ3:3 彼かれはヨルダンのほとりの全ぜん地方ちほうに行いって、罪つみのゆるしを得えさせる悔改くいあらためのバプテスマを宣のべ伝つたえた。

ルカ4:41 悪霊あくりょうも「あなたこそ神かみの子こです」と叫さけびながら多おおくの人々ひとびとから出でていった。しかし、イエスは彼かれらを戒いましめて、物ものを言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスはキリストだと知しっていたからである。

ルカ8:32 ところが、そこの山やまべにおびただしい豚ぶたの群むれが飼かってあったので、その豚ぶたの中なかへはいることを許ゆるしていただきたいと、悪霊あくりょうどもが願ねがい出でた。イエスはそれをお許ゆるしになった。

ルカ8:51 それから家いえにはいられるとき、ペテロ、ヨハネ、ヤコブおよびその子この父母ふぼのほかは、だれも一緒いっしょにはいって来くることをお許ゆるしにならなかった。

ルカ24:47 そして、その名なによって罪つみのゆるしを得えさせる悔改くいあらためが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民こくみんに宣のべ伝つたえられる。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ5:26 それは、父ちちがご自分じぶんのうちに生命せいめいをお持もちになっていると同様どうように、子こにもまた、自分じぶんのうちに生命せいめいを持もつことをお許ゆるしになったからである。

使徒行伝(7か所)

使徒2:27 あなたは、わたしの魂たましいを黄泉よみに捨すておくことをせず、あなたの聖者せいじゃが朽くち果はてるのを、お許ゆるしにならないであろう。

使徒2:38 すると、ペテロが答こたえた、「悔くい改あらためなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪つみのゆるしを得えるために、イエス・キリストの名なによって、バプテスマを受うけなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊せいれいの賜物たまものを受うけるであろう。

使徒5:31 そして、イスラエルを悔くい改あらためさせてこれに罪つみのゆるしを与あたえるために、このイエスを導みちびき手てとし救主すくいぬしとして、ご自身じしんの右みぎに上あげられたのである。

使徒10:43 預言よげん者しゃたちもみな、イエスを信しんじる者ものはことごとく、その名なによって罪つみのゆるしが受うけられると、あかしをしています」。

使徒13:35 だから、ほかの箇所かしょでもこう言いっておられる、『あなたの聖者せいじゃが朽くち果はてるようなことは、お許ゆるしにならないであろう』。

使徒13:38 だから、兄弟きょうだいたちよ、この事ことを承知しょうちしておくがよい。すなわち、このイエスによる罪つみのゆるしの福音ふくいんが、今いまやあなたがたに宣のべ伝つたえられている。そして、モーセの律法りっぽうでは義ぎとされることができなかったすべての事ことについても、

使徒26:18 それは、彼かれらの目めを開ひらき、彼かれらをやみから光ひかりへ、悪魔あくまの支配しはいから神かみのみもとへ帰かえらせ、また、彼かれらが罪つみのゆるしを得え、わたしを信しんじる信仰しんこうによって、聖別せいべつされた人々ひとびとに加くわわるためである』。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一16:7 わたしは今いま、あなたがたに旅たびのついでに会あうことは好このまない。もし主しゅのお許ゆるしがあれば、しばらくあなたがたの所ところに滞在たいざいしたいと望のぞんでいる。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ1:7 わたしたちは、御子みこにあって、神かみの豊ゆたかな恵めぐみのゆえに、その血ちによるあがない、すなわち、罪過ざいかのゆるしを受うけたのである。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ1:14 わたしたちは、この御子みこによってあがない、すなわち、罪つみのゆるしを受うけているのである。

ヘブル人への手紙(3か所)

ヘブル6:3 神かみの許ゆるしを得えて、そうすることにしよう。

ヘブル9:22 こうして、ほとんどすべての物ものが、律法りっぽうに従したがい、血ちによってきよめられたのである。血ちを流ながすことなしには、罪つみのゆるしはあり得えない。

ヘブル10:18 これらのことに対たいするゆるしがある以上いじょう、罪つみのためのささげ物ものは、もはやあり得えない。

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