「考え」(かんがえ)が出てくる聖書の箇所

「考え」(かんがえ)は日常訳第1版の73か所(旧約43・新約30)に出てきます。口語訳では23か所。

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民数記(2か所)

民数記16:28 モーセは言いった。「あなたたちは、これによって分わかるだろう。これらすべてのことをするために主しゅがわたしを送おくられたこと、そして、わたしが自分じぶんの考かんがえでしたのではないことを。

民数記27:21 彼かれは祭司さいしエルアザルの前まえに立たつ。エルアザルは主しゅの前まえで、ウリムを用もちいて主しゅのお考かんがえを求もとめ、彼かれのために伺うかがいを立たてる。その言葉ことばに従したがって、ヨシュアとイスラエルの人々ひとびと全体ぜんたい、つまりすべての人ひとが出でて行いき、また帰かえって来くる。」

士師記(1か所)

士師記20:7 さあ、あなたたちはみなイスラエルの人々ひとびとだ。ここで意見いけんと考かんがえを出だしてほしい。」

サムエル記上(1か所)

サムエル第一15:29 イスラエルの栄光えいこうであるお方かたは、偽いつわることも、心こころを変かえることもない。人ひとではないのだから、考かんがえを変かえることはないのだ。」

サムエル記下(2か所)

サムエル第二16:20 アブサロムはアヒトフェルに言いった。「これからどうすればいいか、みんなで考かんがえを出だしてくれ。」

サムエル第二17:6 フシャイが来くると、アブサロムは言いった。「アヒトフェルはこう言いっている。彼かれの言いうとおりにすべきだろうか。だめだと思おもうなら、君きみの考かんがえを聞きかせてくれ。」

エズラ記(1か所)

エズラ記5:17 そこで今いま、もし王おうがよいと思おもわれるなら、バビロンにある王おうの宝物ほうもつ庫こをお調しらべください。キュロス王おうがエルサレムのこの神かみの家いえを建たてるよう命令めいれいを出だしたのか、どうかを確たしかめるためです。そして、この件けんについて王おうのお考かんがえを、わたしたちに知しらせてください。」

エステル記(1か所)

エステル記5:14 すると妻つまゼレシュと友人ゆうじんたちがみな、こう言いった。「高たかさ五十ごじゅうキュビトの柱はしらを立たてさせなさい。そして朝あさになったら、王おうにモルデカイをそこへつるすよう頼たのめばいいのです。そのあとで、王おうといっしょに気分きぶんよく宴会えんかいへ行いけばいい。」ハマンはこの考かんがえが気きに入はいって、その柱はしらを立たてさせた。

ヨブ記(8か所)

ヨブ記5:2 確たしかに、怒いかりは愚おろかな者ものを殺ころし、ねたみは考かんがえの浅あさい者ものの命いのちを奪ううばう。

ヨブ記12:13 知恵ちえと力ちからは神かみのもとにあり、深ふかい考かんがえと物事ものごとを見抜みぬく力ちからも神かみのものである。

ヨブ記20:2 これによって、わたしは考かんがえを言い返そういいかえそうという気持きもちになる。心こころの中なかがざわめいて、じっとしていられないからだ。

ヨブ記21:16 見みよ、彼かれらの繁栄はんえいは自分じぶんの手ての力ちからによるものではないか。悪人あくにんの考かんがえなど、わたしからは遠とおくかけ離はなれている。

ヨブ記21:27 見みよ、わたしはあなたがたの考かんがえを知しっている。わたしを陥おとしいれようとするたくらみも、ちゃんとわかっている。

ヨブ記22:18 神かみは彼かれらの家いえを良よいもので満みたされた。でも、悪事あくじをたくらむ者ものの考かんがえは、わたしからは遠とおく離はなれている。

ヨブ記32:10 「だから、わたしは言ゆう。わたしの話はなしを聞きいてほしい。わたしも自分じぶんの考かんがえを述のべよう。」

ヨブ記32:17 わたしもまた、わたしの意見いけんを答こたえたい。自分じぶんの考かんがえを述のべよう。

詩篇(3か所)

詩篇10:4 悪あしき者ものは高慢こうまんな顔かおをして、神かみを求もとめない。「神かみなどいない」というのが、その考かんがえのすべてだ。

詩篇81:12 だから、わたしは彼かれらを頑かたくなな心こころのままに突つき放はなした。彼かれらは自分じぶん勝手かってな考かんがえのままに歩あゆんだ。

詩篇139:2 あなたはわたしが座すわるのも立たつのも知しっている。遠とおくからでも、わたしの考かんがえを見抜みぬいている。

箴言(14か所)

箴言3:5 心こころを尽つくして主しゅに信頼しんらいしなさい。自分じぶんの考かんがえだけに頼たよってはいけない。

箴言6:32 人妻ひとづまと関係かんけいを持もつ者ものは、考かんがえが足たりない。それをする者ものは、自分じぶんの魂たましいを滅ほろぼしているのだ。

箴言9:4 「世間せけん知しらずの人ひとは、だれでもこちらへおいで。」考かんがえの足たりない人ひとに、知恵ちえはこう言ゆう。

箴言10:13 分わかっている人ひとのくちびるには、知恵ちえがある。でも考かんがえの足たりない人ひとの背中せなかには、むちが待まっている。

箴言11:12 隣人りんじんを見下みくだす者ものは、考かんがえが足たりない。でも分別ぶんべつのある人ひとは、黙だまっている。

箴言14:15 考かんがえの浅あさい人ひとは、どんな言葉ことばも信しんじてしまう。でも、賢かしこい人ひとは、自分じぶんの一いち歩ほ一いち歩ほをよく考かんがえる。

箴言14:18 考かんがえの浅あさい人ひとが受うけ継つぐのは、愚おろかさだ。でも、賢かしこい人ひとは、知識ちしきを冠かんむりとして受うける。

箴言15:21 考かんがえの足たりない人ひとは、愚おろかなことを楽たのしむ。でも、分別ぶんべつのある人ひとは、まっすぐに歩あゆむ。

箴言18:2 愚おろかな者ものは、物事ものごとを理解りかいすることに関心かんしんがない。ただ自分じぶんの考かんがえをまくし立たてたいだけだ。

箴言19:25 あざける者ものを打うてば、考かんがえの浅あさい人ひとが賢かしこくなる。分わかっている人ひとを注意ちゅういすれば、その人ひとはさらに知識ちしきを身みにつける。

箴言20:5 人ひとの心こころにある考かんがえは、深ふかい水みずのようだ。でも、分わかっている人ひとは、それをくみ出だす。

箴言22:3 賢かしこい人ひとは危険きけんを見みて、身みを隠かくす。でも考かんがえの浅あさい人ひとはそのまま進すすみ、痛いいたい目めにあう。

箴言27:12 賢かしこい人ひとは危険きけんを見みて身みを隠かくす。でも、考かんがえの浅あさい人ひとはそのまま進すすんで、痛いいたい目めにあう。

箴言28:26 自分じぶんの考かんがえだけを頼たよりにする者ものは愚おろか者ものだ。でも、知恵ちえをもって歩あゆむ人ひとは救すくわれる。

イザヤ書(4か所)

イザヤ書44:19 誰だれも心こころに留とめず、考かんがえもしなければ、こう言いうだけの知恵ちえもない。「わたしはこの木きの半分はんぶんを火ひで燃もやし、その炭すみでパンを焼やき、肉にくを焼やいて食たべた。それなのに残のこりで、忌いまわしいものを造つくるのか。ただの木きの切きれはしにひれ伏ふすのか。」

イザヤ書55:7 悪わるい者ものは自分じぶんの道みちを捨すて、悪事あくじを企たくらむ者ものはその考かんがえを捨すてよ。そして主しゅのもとに帰かえりなさい。主しゅはその人ひとをあわれんでくださる。わたしたちの神かみのもとに帰かえりなさい。神かみは惜おしみなく赦ゆるしてくださるから。

イザヤ書55:8 「わたしの考かんがえは、あなたたちの考かんがえとは違ちがう。あなたたちの道みちは、わたしの道みちとは違ちがう」と主しゅは言いわれる。

イザヤ書55:9 「天てんが地ちよりも高たかいように、わたしの道みちはあなたたちの道みちより、わたしの考かんがえはあなたたちの考かんがえより、はるかに高たかい。」

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書7:24 それなのに彼かれらは聞きかず、耳みみを傾かたむけようともしなかった。かたくなな悪わるい心こころのままに、自分じぶん勝手かってな考かんがえで進すすみ、前まえに進すすむどころか後うしろへ下さがってしまった。

エレミヤ書34:11 ところがそのあと、彼かれらは考かんがえを変かえた。自由じゆうにしたはずの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいを連つれ戻もどし、再ふたたび奴隷どれいとして働はたらかせたのだ。

エレミヤ書34:15 ところが最近さいきんになって、あなたたちは考かんがえを改あらため、わたしの目めに正ただしいことを行おこなった。それぞれが隣人りんじんに自由じゆうを宣言せんげんし、わたしの名なで呼よばれるこの神殿しんでんで、わたしの前まえで契約けいやくを結むすんだ。

エレミヤ書34:16 しかしそのあと、あなたたちはまた考かんがえを変かえ、わたしの名なを汚よごした。自由じゆうの身みにしてやったはずの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいを、それぞれ連つれ戻もどし、再ふたたび自分じぶんたちの奴隷どれいとして服従ふくじゅうさせたのだ。

エレミヤ書50:45 だから、主しゅがバビロンに対たいして立たてた計画けいかくを、カルデアの地ちに対たいして思おもい巡めぐらした考かんがえを聞きけ。必かならず、群むれの中なかの小ちいさな者ものたちさえ彼かれらを引ひきずり出だす。必かならず、主しゅは彼かれらの牧場ぼくじょうを荒あれ果はてさせる。

ホセア書(1か所)

ホセア書2:9 だから、わたしは考かんがえを変かえる。時じが来きたら、わたしの穀物こくもつを取とり返かえし、季節きせつが来きたら、わたしの新あたらしいぶどう酒しゅも取とり返かえす。彼女かのじょの裸はだかを覆おおうために与あたえた羊毛ようもうも麻あさも、わたしは取とり上あげる。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ9:4 イエスは彼かれらの考かんがえを見抜みぬいて、こう言いった。「どうして、あなたたちは心こころの中なかで悪わるいことを考かんがえているのか。

マタイ15:19 悪わるい考かんがえは心こころの中なかから出でてくる。人殺ひとごろし、不倫ふりん、みだらな行おこない、盗ぬすみ、うその証言しょうげん、人ひとを傷きずつける悪口わるぐちも。

マタイ21:32 ヨハネがあなたたちのところに来きて、正ただしい生いき方かたの道みちを示ししめした。それなのに、あなたたちは彼かれを信しんじなかった。でも、取とり税ぜい人にんや娼婦しょうふたちは彼かれを信しんじた。あなたたちはそれを見みても、あとになってさえ考かんがえを改あらためず、彼かれを信しんじようとしなかった。

マタイ26:66 あなたたちの考かんがえはどうか。」すると彼かれらは答こたえた。「この男おとこは死刑しけいに当あたる。」

マルコによる福音書(1か所)

マルコ7:21 内側うちがわから、つまり人ひとの心こころから、悪わるい考かんがえが出でてくるからだ。淫みだらな行おこない、盗ぬすみ、殺人さつじん、

ルカによる福音書(4か所)

ルカ6:8 でもイエスは、彼かれらの考かんがえを見抜みぬいていた。そして、手てのなえた人ひとに言いった。「立たって、真まん中なかに出でてきなさい。」その人ひとは立たち上あがって、そこに立たった。

ルカ9:47 イエスは、彼かれらの心こころの中なかの考かんがえを知しっていた。それで、一人ひとりの子こどもの手てを取とり、自分じぶんのそばに立たたたせて、

ルカ11:17 イエスは彼かれらの考かんがえを見抜みぬいて、こう言いった。「どんな国くにでも、内輪うちわで争あらそえば荒あれ果はててしまう。一ひとつの家いえも、内輪うちわで争あらそえば倒たおれてしまう。

ルカ11:40 考かんがえの足たりない人ひとたちだ。外側そとがわを造つくった方かたは、内側うちがわも造つくったのではないか。

ヨハネによる福音書(5か所)

ヨハネ7:18 自分じぶんの考かんがえで語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめている。でも、自分じぶんを送おくった方かたの栄光えいこうを求もとめる者ものは本物ほんものであり、その人ひとの中なかに偽いつわりはない。

ヨハネ7:28 イエスは神殿しんでんで教おしえながら、大声おおごえでこう言いった。「あなたたちは、わたしのことも、わたしがどこから来きたのかも知しっている。でも、わたしは自分じぶんの考かんがえで来きたのではない。わたしを送おくった方かたは本物ほんものだ。あなたたちは、その方かたを知しらない。

ヨハネ8:42 神かみはあなたたちにこう言いわれた。いや、イエスは彼かれらにこう言いわれた。「もし神かみがあなたたちの父ちちであるなら、あなたたちはわたしを愛あいするはずだ。わたしは神かみのもとから出でて、ここに来きているのだから。わたしは自分じぶんの考かんがえで来きたのではない。神かみがわたしを送おくられたのだ。」

ヨハネ11:51 これは彼かれが自分じぶんの考かんがえで言いったのではない。彼かれはその年としの大だい祭司さいしだったので、イエスがこの国民こくみんのために死しぬことになると預言よげんしたのだ。

ヨハネ18:34 イエスは答こたえた。「あなたがそう言いうのは、自分じぶんの考かんがえからなのか。それとも、ほかの人ひとたちがわたしのことをそう言いったのか。」

使徒行伝(4か所)

使徒2:23 このイエスは、神かみがあらかじめ定さだめた計画けいかくと、すべてをご存ぞんじの神かみのお考かんがえによって、あなたがたに引ひき渡わたされました。あなたがたは、律法りっぽうを知しらない者ものたちの手てを借かりて、このイエスを十字じゅうじ架かにつけ、殺ころしたのです。

使徒17:29 わたしたちが神かみの子孫しそんであるなら、神かみを、金かねや銀ぎんや石いし、つまり人ひとの技わざと考かんがえでかたどったものと同おなじだ、と考かんがえてはいけません。

使徒19:26 ところが、あのパウロという男おとこは、『人ひとの手てで造つくったものは神かみではない』と言いって、大勢おおぜいの人ひとを丸まるめ込こみ、考かんがえを変かえさせている。しかもそれは、このエフェソだけでなく、アジア州しゅうのほとんど全体ぜんたいに広ひろがっている。あなたがたも、それを見みたり聞きいたりしているはずだ。

使徒28:6 人々ひとびとは、彼かれの体からだが腫はれ上あがるか、急きゅうに倒たおれて死しぬだろうと思おもっていた。ところが、いくら待まっても彼かれに何なんも変かわったことが起おこらないのを見みて、考かんがえを変かえ、「この人ひとは神かみさまだ」と言いいい出だした。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ1:21 彼かれらは神かみを知しっていた。それなのに、神かみとして栄光えいこうをたたえることも、感謝かんしゃすることもしなかった。むしろその考かんがえはむなしくなり、鈍にぶくなった心こころは暗くくらくなってしまった。

ローマ2:15 彼かれらは律法りっぽうの要求ようきゅうが心こころに記しるされていることを、行おこないによって示ししめしている。彼かれらの良心りょうしんもそれを一緒いっしょに証ししょうしし、心こころの中なかの考かんがえは、あるいは互たがいを責せめ、あるいは弁明べんめいする。

コリント人への第一の手紙(4か所)

コリント第一1:10 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、わたしたちの主しゅイエス・キリストの名なによってお願ねがいする。みんなが同おなじことを語かたり、あなたがたの間あいだに分裂ぶんれつがないようにしてほしい。同おなじ思おもい、同おなじ考かんがえで、一ひとつに結むすび合あわされていてほしい。

コリント第一3:20 また、こうも書かいてある。「主しゅは、賢かしこい者ものたちの考かんがえが、むなしいものだと知しっておられる。」

コリント第一7:25 さて、結婚けっこんしていない人ひとたちについて。これについては、主しゅからの命令めいれいを受うけているわけではない。でも、主しゅのあわれみを受うけて信頼しんらいできる者ものとされたわたしとして、自分じぶんの考かんがえを伝つたえておきたい。

コリント第一7:40 だが、わたしの考かんがえでは、そのまま独ひとりでいるほうが幸しあわせだ。わたしも神かみの霊れいをいただいていると思おもう。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二8:10 この件けんについて、わたしの考かんがえを言いおう。それがあなたがたのためになるからだ。あなたがたは一いち年ねん前まえから、実行じっこうすることだけでなく、それを願ねがうことも、いち早はやく始はじめていた。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ5:10 あなたたちが違ちがう考かんがえを持もつことは決けっしてないと、わたしは主しゅにあって確信かくしんしている。でも、あなたたちをかき乱みだしている者ものは、それがだれであろうと、そのさばきを負おうことになる。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ4:7 そうすれば、人ひとの思おもいをはるかに超こえた神かみの平安へいあんが、キリスト・イエスにあって、あなたたちの心こころと考かんがえを守まもってくれる。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル4:12 神かみの言葉ことばは生いきていて、力ちからがある。どんな両刃りょうばの剣けんよりも鋭するどく、心こころと魂たましいの境目さかいめまで、関節かんせつと骨ほねの髄ずいまでも刺さし通とおす。そして、心こころの中なかの思おもいや考かんがえを見分みわける。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ2:4 それなら、あなたたちは自分じぶんたちの間あいだで人ひとを差別さべつし、悪わるい考かんがえで人ひとを裁さばく者ものになっているのではないか。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録17:9 ここに、知恵ちえのある考かんがえが求もとめられる。七ななつの頭あたまとは、この女おんなが座すわっている七ななつの丘おかのことだ。それはまた、七しち人にんの王おうでもある。

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