「考え」(かんがえ)が出てくる聖書の箇所

「考え」(かんがえ)は口語訳の23か所(旧約11・新約12)に出てきます。日常訳第1版では73か所。

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出エジプト記(1か所)

出エジプト14:5 民みんの逃にげ去さったことが、エジプトの王おうに伝つたえられたので、パロとその家来けらいたちとは、民みんに対たいする考かんがえを変かえて言いった、「われわれはなぜこのようにイスラエルを去さらせて、われわれに仕つかえさせないようにしたのであろう」。

士師記(1か所)

士師記20:7 イスラエルの人々ひとびとよ、あなたがたは皆かい自分じぶんの意見いけんと考かんがえをここに述のべてください」。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二13:32 しかしダビデの兄弟きょうだいシメアの子こヨナダブは言いった、「わが主しゅよ、王おうの子こたちである若者わかものたちがみな殺ころされたと、お考かんがえになってはなりません。アムノンだけが死しんだのです。これは彼かれがアブサロムの妹いもうとタマルをはずかしめた日ひから、アブサロムの命いのちによって定さだめられていたことなのです。

列王紀上(1か所)

列王紀上18:27 昼ひるになってエリヤは彼かれらをあざけって言いった、「彼かれは神かみだから、大声おおごえをあげて呼よびなさい。彼かれは考かんがえにふけっているのか、よそへ行いったのか、旅たびに出でたのか、または眠ねむっていて起おこされなければならないのか」。

エズラ記(1か所)

エズラ記5:17 それで今いま、もし王おうがよしと見みられるならば、バビロンにある王おうの宝庫ほうこを調しらべて、エルサレムの神かみのこの宮みやを建たてることの命令めいれいが、はたしてクロス王おうから出でているかどうかを確たしかめ、この事ことについての王おうのお考かんがえをわれわれに伝つたえてください」。

箴言(2か所)

箴言12:5 正ただしい人ひとの考かんがえは公正こうせいである、悪あしき者ものの計はかることは偽いつわりである。

箴言18:1 人ひとと交まじわりをしない者ものは口実こうじつを捜さがし、すべてのよい考かんがえに激はげしく反対はんたいする。

伝道の書(1か所)

伝道の書7:14 順境じゅんきょうの日ひには楽たのしめ、逆境ぎゃっきょうの日ひには考かんがえよ。神かみは人ひとに将来しょうらいどういう事ことがあるかを、知しらせないために、彼かれとこれとを等ひとしく造つくられたのである。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書46:8 あなたがたはこの事ことをおぼえ、よく考かんがえよ。そむける者ものよ、この事ことを心こころにとめよ、

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書32:35 またベンヒンノムの谷たににバアルの高たかき所ところを築きずいて、むすこ娘むすめをモレクにささげた。わたしは彼かれらにこのようなことを命めいじたことはなく、また彼かれらがこの憎にくむべきことを行おこなって、ユダに罪つみを犯おかさせようとは考かんがえもしなかった。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書20:32 あなたがたの心こころにあること、すなわち『われわれは異邦いほう人にんのようになり、国々くにぐにのもろもろのやからのようになって、木きや石いしを拝おがもう』との考かんがえは決けっして成就じょうじゅしない。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ9:4 イエスは彼かれらの考かんがえを見抜みぬいて、「なぜ、あなたがたは心こころの中なかで悪わるいことを考かんがえているのか。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ3:23 イエスが宣教せんきょうをはじめられたのは、年としおよそ三十さんじゅう歳さいの時ときであって、人々ひとびとの考かんがえによれば、ヨセフの子こであった。ヨセフはヘリの子こ、

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ5:30 わたしは、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。ただ聞きくままにさばくのである。そして、わたしのこのさばきは正ただしい。それは、わたし自身じしんの考かんがえでするのではなく、わたしをつかわされたかたの、み旨むねを求もとめているからである。

ヨハネ18:34 イエスは答こたえられた、「あなたがそう言いうのは、自分じぶんの考かんがえからか。それともほかの人々ひとびとが、わたしのことをあなたにそう言いったのか」。

使徒行伝(2か所)

使徒25:3 彼かれをエルサレムに呼よび出だすよう取とり計はからっていただきたいと、しきりに願ねがった。彼かれらは途中とちゅうで待まち伏ぶせして、彼かれを殺ころす考かんがえであった。

使徒28:6 彼かれらは、彼かれが間まもなくはれ上あがるか、あるいは、たちまち倒たおれて死しぬだろうと、様子ようすをうかがっていた。しかし、長ながい間あいだうかがっていても、彼かれの身みになんの変かわったことも起おこらないのを見みて、彼かれらは考かんがえを変かえて、「この人ひとは神かみ様さまだ」と言いいい出だした。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一9:8 わたしは、人間にんげんの考かんがえでこう言いうのではない。律法りっぽうもまた、そのように言いっているではないか。

コリント第一15:32 もし、わたしが人間にんげんの考かんがえによってエペソで獣けものと戦たたかったとすれば、それはなんの役やくに立たつのか。もし死人しにんがよみがえらないのなら、「わたしたちは飲のみ食くいしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二9:6 わたしの考かんがえはこうである。少すこししかまかない者しゃは、少すこししか刈かり取とらず、豊ゆたかにまく者しゃは、豊ゆたかに刈かり取とることになる。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:15 だから、わたしたちの中なかで全ぜんき人にんたちは、そのように考かんがえるべきである。しかし、あなたがたが違ちがった考かんがえを持もっているなら、神かみはそのことも示ししめして下くださるであろう。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル12:10 肉親にくしんの父ちちは、しばらくの間あいだ、自分じぶんの考かんがえに従したがって訓練くんれんを与あたえるが、たましいの父ちちは、わたしたちの益えきのため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ2:4 あなたがたは、自分じぶんたちの間あいだで差別さべつ立たてをし、よからぬ考かんがえで人ひとをさばく者ものになったわけではないか。

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