「義人」(ぎじん)が出てくる聖書の箇所
「義人」(ぎじん)は口語訳の46か所(旧約19・新約27)に出てきます。日常訳第1版では1か所。
民数記(1か所)
民数記23:10 だれがヤコブの群衆を数え、イスラエルの無数の民を数え得よう。わたしは義人のように死に、わたしの終りは彼らの終りのようでありたい」。
列王紀上(1か所)
列王紀上8:32 あなたは天で聞いて行い、あなたのしもべらをさばき、悪人を罰して、そのおこないの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがって、その人に報いてください。
歴代志下(1か所)
歴代志下6:23 あなたは天から聞いて、行い、あなたのしもべらをさばき、悪人に報いをなして、その行いの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがってその人に報いてください。
詩篇(1か所)
詩篇69:28 彼らをいのちの書から消し去って、義人のうちに記録されることのないようにしてください。
伝道の書(2か所)
伝道の書7:15 わたしはこのむなしい人生において、もろもろの事を見た。そこには義人がその義によって滅びることがあり、悪人がその悪によって長生きすることがある。
伝道の書8:14 地の上に空な事が行われている。すなわち、義人であって、悪人に臨むべき事が、その身に臨む者がある。また、悪人であって、義人に臨むべき事が、その身に臨む者がある。わたしは言った、これもまた空であると。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書5:23 彼らはまいないによって悪しき者を義とし、義人からその義を奪う。
哀歌(1か所)
哀歌4:13 これはその預言者たちの罪のため、その祭司たちの不義のためであった。彼らは義人の血をその町の中に流した者である。
エゼキエル書(8か所)
エゼキエル書3:20 また義人がその義にそむき、不義を行うなら、わたしは彼の前に、つまずきを置き、彼は死ぬ。あなたが彼を戒めなかったゆえ、彼はその罪のために死に、その行った義は覚えられない。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。
エゼキエル書3:21 けれども、もしあなたが義人を戒めて、罪を犯さないように語り、そして彼が罪を犯さないなら、彼は戒めを受けいれたゆえに、その命を保ち、あなたは自分の命を救う」。
エゼキエル書18:20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。
エゼキエル書18:24 しかし義人がもしその義を離れて悪を行い、悪人のなすもろもろの憎むべき事を行うならば、生きるであろうか。彼が行ったもろもろの正しい事は覚えられない。彼はその犯したとがと、その犯した罪とのために死ぬ。
エゼキエル書18:26 義人がその義を離れて悪を行い、そのために死ぬならば、彼は自分の行った悪のために死ぬのである。
エゼキエル書33:12 人の子よ、あなたの民の人々に言え、義人の義は、彼が罪を犯す時には、彼を救わない。悪人の悪は、彼がその悪を離れる時、その悪のために倒れることはない。義人は彼が罪を犯す時、その義のために生きることはできない。
エゼキエル書33:13 わたしが義人に、彼は必ず生きると言っても、もし彼が自分の義をたのんで、罪を犯すなら、彼のすべての義は覚えられない。彼はみずから犯した罪のために死ぬ。
エゼキエル書33:18 義人がその義を離れて、罪を犯すならば、彼はこれがために死ぬ。
ハバクク書(2か所)
ハバクク書1:4 それゆえ、律法はゆるみ、公義は行われず、悪人は義人を囲み、公義は曲げて行われている。
ハバクク書2:4 見よ、その魂の正しくない者は衰える。しかし義人はその信仰によって生きる。
マラキ書(1か所)
マラキ書3:18 その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。
マタイによる福音書(8か所)
マタイ9:13 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。
マタイ10:41 預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう。
マタイ13:17 あなたがたによく言っておく。多くの預言者や義人は、あなたがたの見ていることを見ようと熱心に願ったが、見ることができず、またあなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである。
マタイ13:43 そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。
マタイ13:49 世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、
マタイ23:29 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは預言者の墓を建て、義人の碑を飾り立てて、こう言っている、
マタイ23:35 こうして義人アベルの血から、聖所と祭壇との間であなたがたが殺したバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくあなたがたに及ぶであろう。
マタイ27:19 また、ピラトが裁判の席についていたとき、その妻が人を彼のもとにつかわして、「あの義人には関係しないでください。わたしはきょう夢で、あの人のためにさんざん苦しみましたから」と言わせた。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ2:17 イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。
ルカによる福音書(4か所)
ルカ1:17 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。
ルカ5:32 わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」。
ルカ18:9 自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話しになった。
ルカ20:20 そこで、彼らは機会をうかがい、義人を装うまわし者どもを送って、イエスを総督の支配と権威とに引き渡すため、その言葉じりを捕えさせようとした。
使徒行伝(1か所)
使徒22:14 彼は言った、『わたしたちの先祖の神が、あなたを選んでみ旨を知らせ、かの義人を見させ、その口から声をお聞かせになった。
ローマ人への手紙(3か所)
ローマ1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。
ローマ3:10 次のように書いてある、「義人はいない、ひとりもいない。
ローマ5:19 すなわち、ひとりの人の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように、ひとりの従順によって、多くの人が義人とされるのである。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ3:11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル10:38 わが義人は、信仰によって生きる。もし信仰を捨てるなら、わたしのたましいはこれを喜ばない」。
ヘブル12:23 天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者なる神、全うされた義人の霊、
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ5:6 そして、義人を罪に定め、これを殺した。しかも彼は、あなたがたに抵抗しない。
ヤコブ5:16 だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。
ペテロの第一の手紙(2か所)
ペテロ第一3:12 主の目は義人たちに注がれ、主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。
ペテロ第一4:18 また義人でさえ、かろうじて救われるのだとすれば、不信なる者や罪人は、どうなるであろうか。
ペテロの第二の手紙(2か所)
ペテロ第二2:7 ただ、非道の者どもの放縦な行いによってなやまされていた義人ロトだけを救い出された。
ペテロ第二2:8 (この義人は、彼らの間に住み、彼らの不法の行いを日々見聞きして、その正しい心を痛めていたのである。)
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一3:7 子たちよ。だれにも惑わされてはならない。彼が義人であると同様に、義を行う者は義人である。