「羊飼い」(ひつじかい)が出てくる聖書の箇所

「羊飼い」(ひつじかい)は口語訳の26か所(旧約14・新約12)に出てきます。「羊飼」も含みます。日常訳第1版では102か所。

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創世記(2か所)

創世記26:20 ゲラルの羊飼ひつじかいたちは、「この水みずはわれわれのものだ」と言いって、イサクの羊飼ひつじかいたちと争あらそったので、イサクはその井戸いどの名なをエセクと名なづけた。彼かれらが彼かれと争あらそったからである。

創世記46:34 『しもべらは幼おさない時ときから、ずっと家畜かちくの牧者ぼくしゃです。われわれも、われわれの先祖せんぞもそうです』と言いいいなさい。そうすればあなたがたはゴセンの地ちに住すむことができましょう。羊飼ひつじかいはすべて、エジプトびとの忌いむ者ものだからです」。

出エジプト記(2か所)

出エジプト2:17 羊飼ひつじかいたちがきて彼女かのじょらを追おい払はらったので、モーセは立たち上あがって彼女かのじょたちを助たすけ、その羊ひつじの群むれに水みずを飲のませた。

出エジプト2:19 彼女かのじょたちは言いった、「ひとりのエジプトびとが、わたしたちを羊飼ひつじかいたちの手てから助たすけ出だし、そのうえ、水みずをたくさんくんで、羊ひつじの群むれに飲のませてくれたのです」。

民数記(1か所)

民数記14:33 あなたがたの子こたちは、あなたがたの死体したいが荒野あらのに朽くち果はてるまで四十よんじゅう年ねんのあいだ、荒野こうやで羊飼ひつじかいとなり、あなたがたの不信ふしんの罪つみを負おうであろう。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一17:40 ダビデはそれらを脱ぬぎすて、手てにつえをとり、谷間たにまからなめらかな石いし五ご個こを選えらびとって自分じぶんの持もっている羊飼ひつじかいの袋ふくろに入いれ、手てに石投いしなげを執とって、あのペリシテびとに近ちかづいた。

サムエル第一25:7 わたしはあなたが羊ひつじの毛けを切きっておられることを聞きききました。あなたの羊飼ひつじかいたちはわれわれと一緒いっしょにいたのですが、われわれは彼かれらを少すこしも害がいしませんでした。また彼かれらはカルメルにいる間あいだに、何なんひとつ失うしなったことはありません。

雅歌(1か所)

雅歌1:8 女おんなのうちの最ももっとも美うつくしい者ものよ、あなたが知しらないなら、群むれの足跡あしあとに従したがっていって、羊飼ひつじかいたちの天幕てんまくのかたわらで、あなたの子こやぎを飼かいなさい。

イザヤ書(3か所)

イザヤ書13:20 ここにはながく住すむ者ものが絶たえ、世々せいせいにいたるまで住すみつく者ものがなく、アラビヤびともそこに天幕てんまくを張はらず、羊飼ひつじかいもそこに群むれを伏ふさせることがない。

イザヤ書31:4 主しゅはわたしにこう言いわれた、「ししまたは若わかいししが獲物えものをつかんで、ほえたけるとき、あまたの羊飼ひつじかいが呼よび出だされて、これにむかっても、その声こえによって驚おどろかず、その叫さけびによって恐おそれないように、万まん軍ぐんの主しゅは下くだってきて、シオンの山やまおよびその丘おかで戦たたかわれる。

イザヤ書38:12 わがすまいは抜ぬき去さられて羊飼ひつじかいの天幕てんまくのようにわたしを離はなれる。わたしは、わが命いのちを機織はたおりのように巻まいた。彼かれはわたしを機きから切きり離はなす。あなたは朝あさから夕ゆうまでの間あいだに、わたしを滅ほろぼされる。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書51:23 わたしはおまえをもって、羊飼ひつじかいと、その群むれとを砕くだき、おまえをもって農夫のうふと、くびきを負おう家畜かちくとを砕くだき、おまえをもっておさたちと、つかさたちとを砕くくだく。

アモス書(1か所)

アモス書3:12 主しゅはこう言いわれる、「羊飼ひつじかいがししの口くちから、羊ひつじの両足りょうあし、あるいは片耳かたみみを取とり返かえすように、サマリヤに住すむイスラエルの人々ひとびとも、長ながいすのすみや、寝台しんだいの一部いちぶを携たずさえて救すくわれるであろう」。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:6 海うみべよ、あなたは牧場ぼくじょうとなり、羊飼ひつじかいの牧草ぼくそう地ちとなり、また羊ひつじのおりとなる。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ25:32 そして、すべての国民こくみんをその前まえに集あつめて、羊飼ひつじかいが羊ひつじとやぎとを分わけるように、彼かれらをより分わけ、

マタイ26:31 そのとき、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「今夜こんや、あなたがたは皆みなわたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼ひつじかいを打うつ。そして、羊ひつじの群むれは散ちらされるであろう』と、書かいてあるからである。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:27 そのとき、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「あなたがたは皆みな、わたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼ひつじかいを打うつ。そして、羊ひつじは散ちらされるであろう』と書かいてあるからである。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ2:8 さて、この地方ちほうで羊飼ひつじかいたちが夜よる、野宿のじゅくしながら羊ひつじの群むれの番ばんをしていた。

ルカ2:15 御ご使したちが彼かれらを離はなれて天てんに帰かえったとき、羊飼ひつじかいたちは「さあ、ベツレヘムへ行いって、主しゅがお知しらせ下くださったその出来事できごとを見みてこようではないか」と、互たがいに語かたり合あった。

ルカ2:18 人々ひとびとはみな、羊飼ひつじかいたちが話はなしてくれたことを聞きいて、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:20 羊飼ひつじかいたちは、見聞みきしたことが何なんもかも自分じぶんたちに語かたられたとおりであったので、神かみをあがめ、またさんびしながら帰かえって行いった。

ヨハネによる福音書(5か所)

ヨハネ10:2 門もんからはいる者ものは、羊ひつじの羊飼ひつじかいである。

ヨハネ10:11 わたしはよい羊飼ひつじかいである。よい羊飼ひつじかいは、羊ひつじのために命いのちを捨すてる。

ヨハネ10:12 羊飼ひつじかいではなく、羊ひつじが自分じぶんのものでもない雇人やといにんは、おおかみが来くるのを見みると、羊ひつじをすてて逃にげ去さる。そして、おおかみは羊ひつじを奪うばい、また追おい散ちらす。

ヨハネ10:14 わたしはよい羊飼ひつじかいであって、わたしの羊ひつじを知しり、わたしの羊ひつじはまた、わたしを知しっている。

ヨハネ10:16 わたしにはまた、この囲かこいにいない他ほかの羊ひつじがある。わたしは彼かれらをも導みちびかねばならない。彼かれらも、わたしの声こえに聞き従うききしたがうであろう。そして、ついに一ひとつの群むれ、ひとりの羊飼ひつじかいとなるであろう。

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