「神の国」(かみのくに)が出てくる聖書の箇所

「神の国」(かみのくに)は口語訳の69か所(旧約0・新約69)に出てきます。日常訳第1版では43か所。

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マタイによる福音書(5か所)

マタイ6:33 まず神かみの国くにと神かみの義ぎとを求もとめなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添そえて与あたえられるであろう。

マタイ12:28 しかし、わたしが神かみの霊れいによって悪霊あくりょうを追おい出だしているのなら、神かみの国くにはすでにあなたがたのところにきたのである。

マタイ19:24 また、あなたがたに言ゆうが、富とんでいる者ものが神かみの国くににはいるよりは、らくだが針はりの穴あなを通とおる方ほうが、もっとやさしい」。

マタイ21:31 このふたりのうち、どちらが父ちちの望のぞみどおりにしたのか」。彼かれらは言いった、「あとの者ものです」。イエスは言いわれた、「よく聞きききなさい。取とり税ぜい人にんや遊女ゆうじょは、あなたがたより先さきに神かみの国くににはいる。

マタイ21:43 それだから、あなたがたに言ゆうが、神かみの国くにはあなたがたから取とり上あげられて、御お国くににふさわしい実じつを結むすぶような異邦いほう人にんに与あたえられるであろう。

マルコによる福音書(14か所)

マルコ1:15 「時じは満みちた、神かみの国くには近ちかづいた。悔くい改あらためて福音ふくいんを信しんぜよ」。

マルコ4:11 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたには神かみの国くにの奥義おうぎが授さずけられているが、ほかの者ものたちには、すべてが譬たとえで語かたられる。

マルコ4:26 また言いわれた、「神かみの国くには、ある人ひとが地ちに種しゅをまくようなものである。

マルコ4:30 また言いわれた、「神かみの国くにを何なんに比くらべようか。また、どんな譬たとえで言いいあらわそうか。

マルコ9:1 また、彼かれらに言いわれた、「よく聞きいておくがよい。神かみの国くにが力ちからをもって来くるのを見みるまでは、決けっして死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

マルコ9:47 もし、あなたの片目かためが罪つみを犯おかさせるなら、それを抜ぬき出だしなさい。両眼りょうめがそろったままで地獄じごくに投なげ入いれられるよりは、片目かためになって神かみの国くにに入はいる方ほうがよい。

マルコ10:14 それを見みてイエスは憤いきどおり、彼かれらに言いわれた、「幼おさな子ごらをわたしの所ところに来くるままにしておきなさい。止とめてはならない。神かみの国くにはこのような者ものの国くにである。

マルコ10:15 よく聞きいておくがよい。だれでも幼おさな子ごのように神かみの国くにを受うけいれる者ものでなければ、そこにはいることは決けっしてできない」。

マルコ10:23 それから、イエスは見みまわして、弟子でしたちに言いわれた、「財産ざいさんのある者ものが神かみの国くににはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。

マルコ10:24 弟子でしたちはこの言葉ことばに驚おどろき怪あやしんだ。イエスは更さらに言いわれた、「子こたちよ、神かみの国くににはいるのは、なんとむずかしいことであろう。

マルコ10:25 富とんでいる者ものが神かみの国くににはいるよりは、らくだが針はりの穴あなを通とおる方ほうが、もっとやさしい」。

マルコ12:34 イエスは、彼かれが適切てきせつな答こたえをしたのを見みて言いわれた、「あなたは神かみの国くにから遠とおくない」。それから後あとは、イエスにあえて問とう者ものはなかった。

マルコ14:25 あなたがたによく言いっておく。神かみの国くにで新あたらしく飲のむその日ひまでは、わたしは決けっして二に度どと、ぶどうの実じつから造つくったものを飲のむことをしない」。

マルコ15:43 アリマタヤのヨセフが大胆だいたんにもピラトの所ところへ行いき、イエスのからだの引取ひきとりかたを願ねがった。彼かれは地位ちいの高たかい議員ぎいんであって、彼かれ自身じしん、神かみの国くにを待まち望のぞんでいる人ひとであった。

ルカによる福音書(31か所)

ルカ4:43 しかしイエスは、「わたしは、ほかの町々まちまちにも神かみの国くにの福音ふくいんを宣のべ伝つたえねばならない。自分じぶんはそのためにつかわされたのである」と言いわれた。

ルカ6:20 そのとき、イエスは目めをあげ、弟子でしたちを見みて言いわれた、「あなたがた貧まずしい人ひとたちは、さいわいだ。神かみの国くにはあなたがたのものである。

ルカ7:28 あなたがたに言いっておく。女おんなの産うんだ者ものの中なかで、ヨハネより大おおきい人物じんぶつはいない。しかし、神かみの国くにで最ももっとも小ちいさい者ものも、彼かれよりは大おおきい。

ルカ8:1 そののちイエスは、神かみの国くにの福音ふくいんを説ときまた伝つたえながら、町々まちまち村々むらむらを巡回じゅんかいし続つづけられたが、十じゅう二に弟子でしもお供ともをした。

ルカ8:10 そこで言いわれた、「あなたがたには、神かみの国くにの奥義おうぎを知しることが許ゆるされているが、ほかの人ひとたちには、見みても見みえず、聞きいても悟さとられないために、譬たとえで話はなすのである。

ルカ9:2 また神かみの国くにを宣のべ伝つたえ、かつ病気びょうきをなおすためにつかわして

ルカ9:11 ところが群衆ぐんしゅうがそれと知しって、ついてきたので、これを迎むかえて神かみの国くにのことを語かたり聞きかせ、また治療ちりょうを要ようする人ひとたちをいやされた。

ルカ9:27 よく聞きいておくがよい、神かみの国くにを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

ルカ9:60 彼かれに言いわれた、「その死人しにんを葬ほうむることは、死人しにんに任まかせておくがよい。あなたは、出でて行いって神かみの国くにを告つげひろめなさい」。

ルカ9:62 イエスは言いわれた、「手てをすきにかけてから、うしろを見みる者ものは、神かみの国くににふさわしくないものである」。

ルカ10:9 そして、その町まちにいる病人びょうにんをいやしてやり、『神かみの国くにはあなたがたに近ちかづいた』と言いいいなさい。

ルカ10:11 『わたしたちの足あしについているこの町まちのちりも、ぬぐい捨すてて行いく。しかし、神かみの国くにが近ちかづいたことは、承知しょうちしているがよい』。

ルカ11:20 しかし、わたしが神かみの指ゆびによって悪霊あくりょうを追おい出だしているのなら、神かみの国くにはすでにあなたがたのところにきたのである。

ルカ13:18 そこで言いわれた、「神かみの国くには何なんに似にているか。またそれを何なんにたとえようか。

ルカ13:20 また言いわれた、「神かみの国くにを何なんにたとえようか。

ルカ13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言よげん者しゃたちが、神かみの国くににはいっているのに、自分じぶんたちは外そとに投なげ出だされることになれば、そこで泣なき叫さけんだり、歯はがみをしたりするであろう。

ルカ13:29 それから人々ひとびとが、東ひがしから西にしから、また南みなみから北きたからきて、神かみの国くにで宴会えんかいの席せきにつくであろう。

ルカ14:15 列席れっせき者しゃのひとりがこれを聞きいてイエスに「神かみの国くにで食事しょくじをする人ひとは、さいわいです」と言いった。

ルカ16:16 律法りっぽうと預言よげん者しゃとはヨハネの時ときまでのものである。それ以来いらい、神かみの国くにが宣のべ伝つたえられ、人々ひとびとは皆みなこれに突入とつにゅうしている。

ルカ17:20 神かみの国くにはいつ来くるのかと、パリサイ人にんが尋たずねたので、イエスは答こたえて言いわれた、「神かみの国くには、見みられるかたちで来くるものではない。

ルカ17:21 また『見みよ、ここにある』『あそこにある』などとも言いえない。神かみの国くには、実じつにあなたがたのただ中なかにあるのだ」。

ルカ18:16 するとイエスは幼おさな子ごらを呼よび寄よせて言いわれた、「幼おさな子ごらをわたしのところに来くるままにしておきなさい、止とめてはならない。神かみの国くにはこのような者ものの国くにである。

ルカ18:17 よく聞きいておくがよい。だれでも幼おさな子ごのように神かみの国くにを受うけいれる者ものでなければ、そこにはいることは決けっしてできない」。

ルカ18:24 イエスは彼かれの様子ようすを見みて言いわれた、「財産ざいさんのある者ものが神かみの国くににはいるのはなんとむずかしいことであろう。

ルカ18:25 富とんでいる者ものが神かみの国くににはいるよりは、らくだが針はりの穴あなを通とおる方ほうが、もっとやさしい」。

ルカ18:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでも神かみの国くにのために、家いえ、妻つま、兄弟きょうだい、両親りょうしん、子こを捨すてた者ものは、

ルカ19:11 人々ひとびとがこれらの言葉ことばを聞きいているときに、イエスはなお一ひとつの譬たとえをお話はなしになった。それはエルサレムに近ちかづいてこられたし、また人々ひとびとが神かみの国くにはたちまち現あらわれると思おもっていたためである。

ルカ21:31 このようにあなたがたも、これらの事ことが起おこるのを見みたなら、神かみの国くにが近ちかいのだとさとりなさい。

ルカ22:16 あなたがたに言いって置おくが、神かみの国くにで過越すぎこしが成就じょうじゅする時ときまでは、わたしは二に度どと、この過越すぎこしの食事しょくじをすることはない」。

ルカ22:18 あなたがたに言いっておくが、今いまからのち神かみの国くにが来くるまでは、わたしはぶどうの実じつから造つくったものを、いっさい飲のまない」。

ルカ23:51 この人ひとはユダヤの町まちアリマタヤの出身しゅっしんで、神かみの国くにを待まち望のぞんでいた。彼かれは議会ぎかいの議決ぎけつや行動こうどうには賛成さんせいしていなかった。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ3:3 イエスは答こたえて言いわれた、「よくよくあなたに言いっておく。だれでも新あたらしく生うまれなければ、神かみの国くにを見みることはできない」。

ヨハネ3:5 イエスは答こたえられた、「よくよくあなたに言いっておく。だれでも、水みずと霊れいとから生うまれなければ、神かみの国くににはいることはできない。

使徒行伝(6か所)

使徒1:3 イエスは苦難くなんを受うけたのち、自分じぶんの生いきていることを数々かずかずの確たしかな証拠しょうこによって示ししめし、四十よんじゅう日にちにわたってたびたび彼かれらに現あらわれて、神かみの国くにのことを語かたられた。

使徒8:12 ところが、ピリポが神かみの国くにとイエス・キリストの名なについて宣のべ伝つたえるに及およんで、男おとこも女おんなも信しんじて、ぞくぞくとバプテスマを受うけた。

使徒14:22 弟子でしたちを力ちからづけ、信仰しんこうを持もちつづけるようにと奨励しょうれいし、「わたしたちが神かみの国くににはいるのには、多おおくの苦難くなんを経へなければならない」と語かたった。

使徒19:8 それから、パウロは会堂かいどうにはいって、三さんか月げつのあいだ、大胆だいたんに神かみの国くにについて論ろんじ、また勧すすめをした。

使徒28:23 そこで、日ひを定さだめて、大おおぜいの人ひとが、パウロの宿やどにつめかけてきたので、朝あさから晩ばんまで、パウロは語かたり続つづけ、神かみの国くにのことをあかしし、またモーセの律法りっぽうや預言よげん者しゃの書しょを引ひいて、イエスについて彼かれらの説得せっとくにつとめた。

使徒28:31 はばからず、また妨さまたげられることもなく、神かみの国くにを宣のべ伝つたえ、主しゅイエス・キリストのことを教おしえつづけた。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ14:17 神かみの国くには飲食いんしょくではなく、義ぎと、平和へいわと、聖霊せいれいにおける喜よろこびとである。

コリント人への第一の手紙(4か所)

コリント第一4:20 神かみの国くには言葉ことばではなく、力ちからである。

コリント第一6:9 それとも、正ただしくない者ものが神かみの国くにをつぐことはないのを、知しらないのか。まちがってはいけない。不ふ品行ひんこうな者もの、偶像ぐうぞうを礼拝れいはいする者もの、姦淫かんいんをする者もの、男娼だんしょうとなる者もの、男色だんしょくをする者もの、盗ぬすむ者もの、

コリント第一6:10 貪欲どんよくな者もの、酒さけに酔よう者もの、そしる者もの、略奪りゃくだつする者ものは、いずれも神かみの国くにをつぐことはないのである。

コリント第一15:50 兄弟きょうだいたちよ。わたしはこの事ことを言いっておく。肉にくと血ちとは神かみの国くにを継つぐことができないし、朽くちるものは朽くちないものを継つぐことがない。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ5:21 ねたみ、泥酔でいすい、宴えん楽がく、および、そのたぐいである。わたしは以前いぜんも言いったように、今いまも前まえもって言いっておく。このようなことを行おこなう者ものは、神かみの国くにをつぐことがない。

エペソ人への手紙(3か所)

エペソ1:14 この聖霊せいれいは、わたしたちが神かみの国くにをつぐことの保証ほしょうであって、やがて神かみにつける者ものが全まったくあがなわれ、神かみの栄光えいこうをほめたたえるに至いたるためである。

エペソ1:18 あなたがたの心こころの目めを明あきらかにして下くださるように、そして、あなたがたが神かみに召めされていだいている望のぞみがどんなものであるか、聖徒せいとたちがつぐべき神かみの国くにがいかに栄光えいこうに富とんだものであるか、

エペソ3:6 それは、異邦いほう人にんが、福音ふくいんによりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共ともに神かみの国くにをつぐ者ものとなり、共ともに一ひとつのからだとなり、共ともに約束やくそくにあずかる者ものとなることである。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ4:11 また、ユストと呼よばれているイエスからもよろしく。割礼かつれいの者ものの中なかで、この三さん人にんだけが神かみの国くにのために働はたらく同どう労ろう者しゃであって、わたしの慰なぐさめとなった者ものである。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二1:5 これは、あなたがたを、神かみの国くににふさわしい者ものにしようとする神かみのさばきが正ただしいことを、証拠しょうこだてるものである。その神かみの国くにのために、あなたがたも苦くるしんでいるのである。

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