「神々」(かみがみ)が出てくる聖書の箇所

「神々」(かみがみ)は日常訳第1版の221か所(旧約214・新約7)に出てきます。「神がみ」も含みます。口語訳では171か所。

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221か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

ダニエル書(16か所)

ダニエル書5:11 この国くにには、聖せいなる神々かみがみの霊れいが宿やどっている人ひとがいます。あなたの父ちち上じょうの時代じだいに、その人ひとのうちに、神々かみがみの知恵ちえのような光ひかりと洞察どうさつと知恵ちえがあることがわかりました。父ちち上うえであるネブカドネツァル王おうは、その人ひとを、魔術まじゅつ師し・まじない師し・カルデアの占星せんせい術師じゅつし・占うらない師したちの長ちょうに任命にんめいなさいました。

ダニエル書5:14 おまえのことは聞きいている。おまえのうちには神々かみがみの霊れいが宿やどっていて、光ひかりと洞察どうさつ、そしてすぐれた知恵ちえがあるそうだな。

ダニエル書5:23 それどころか、天てんの主しゅに向むかって高たかぶり、その神殿しんでんの器うつわを運はこび込こませ、あなたも高官こうかんたちも、あなたの妻つまやそばめたちも、それで酒さけを飲のみました。そして、見みることも聞きくことも知しることもない、銀ぎんや金きん、青銅せいどうや鉄てつ、木きや石いしで造つくった神々かみがみをたたえ、あなたの息いきを手てに握にぎり、あなたのすべての歩あゆみを支配しはいしておられる神かみを、あがめませんでした。

ダニエル書11:8 彼かれはその神々かみがみの像ぞうや鋳造ちゅうぞうした偶像ぐうぞう、そして銀ぎんや金かねの高価こうかな器うつわを戦利せんり品ひんとしてエジプトに持もち帰かえる。そのあと数すう年間ねんかん、彼かれは北きたの王おうに手てを出ださずにいる。

ダニエル書11:36 王おうは思おもうままにふるまう。自分じぶんを高たかく上あげ、すべての神々かみがみの上うえに自分じぶんを大おおきく見みせる。そして神々かみがみの神かみに向むかって、とんでもないことを口くちにする。彼かれは、怒いかりが終おわりを迎むかえるまで栄さかえる。定さだめられたことは、必かならず行おこなわれるからだ。

ダニエル書11:37 彼かれは、先祖せんぞの神々かみがみを顧かえりみない。女おんなたちの慕したうものにも、どんな神かみにも心こころを向むけない。自分じぶんをすべてのものの上うえに高たかく上あげるからだ。

ホセア書(4か所)

ホセア書2:13 わたしは、彼女かのじょがバアルの神々かみがみに香こうをたいた、あの日々ひびのことで彼女かのじょを罰ばっする。彼女かのじょは鼻輪はなわや宝石ほうせきで身みを飾かざり、恋人こいびとたちのあとを追おいかけ、わたしのことは忘わすれてしまった。主しゅはそう告つげる。

ホセア書2:17 わたしは彼女かのじょの口くちから、バアルという神々かみがみの名なを取とり除のぞく。その名なが口くちにされることは、もう二に度どとない。

ホセア書3:1 主しゅはわたしにこう言いわれた。「もう一いち度ど行いきなさい。ほかの男おとこに愛あいされながら、浮気うわきを重かさねる女おんなを、あなたは愛あいしなさい。イスラエルの人々ひとびとはほかの神々かみがみのほうを向むき、干ほしぶどうのお菓子かしを大好だいすきだ。それでも主しゅが彼かれらを愛あいするのと同おなじように、あなたはその女おんなを愛あいしなさい。」

ホセア書9:1 イスラエルよ、ほかの国々くにぐにのように喜よろこび踊おどるのはやめなさい。あなたは自分じぶんの神かみを捨すてて、他たの神々かみがみと関係かんけいを持もったのだから。麦むぎを打うつ場ばのあちこちで、その報酬ほうしゅうを愛あいしたのだから。

アモス書(1か所)

アモス書2:4 主しゅはこう言いわれる。ユダは罪つみを重かさねに重かさねた。だからわたしは、下くだした罰ばつを取とり消けさない。彼かれらは主しゅの教おしえを退しりぞけ、その定さだめを守まもらなかった。先祖せんぞたちが従したがってきた偽いつわりの神々かみがみに惑まどわされたからだ。

ミカ書(1か所)

ミカ書5:14 わたしはあなたの中なかから、木きで作つくった神々かみがみの柱はしらを引ひき抜ぬき、あなたの町々まちまちを壊こわす。

ナホム書(1か所)

ナホム書1:14 主しゅはおまえについてこう命めいじた。「おまえの名なを継つぐ者ものは、もう二に度どと現あらわれない。おまえの神々かみがみの神殿しんでんから、刻きざんだ像ぞうも鋳いた像ぞうも取とり除のぞく。わたしはおまえの墓はかを用意よういする。おまえは取とるに足たりない者ものだからだ。」

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:11 主しゅは、彼かれらにとって恐おそろしい方かたとして現あらわれる。主しゅは地ちのすべての神々かみがみを飢うえさせ、その力ちからを奪ううばう。そして、国々くにぐにの島々しまじまに住すむすべての人ひとが、それぞれ自分じぶんのいる場所ばしょから主しゅにひれ伏ふして拝おがむ。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ10:34 イエスは彼かれらに答こたえた。「あなたたちの律法りっぽうに、『わたしは言いった、あなたたちは神々かみがみである』と書かいてあるではないか。

ヨハネ10:35 神かみの言葉ことばを託たくされた人々ひとびとが「神々かみがみ」と呼よばれているのなら――そして聖書せいしょの言葉ことばが破やぶられることはありえない――

使徒行伝(4か所)

使徒7:40 そしてアロンにこう言いった。「わたしたちの先頭せんとうに立たって導みちびいてくれる神々かみがみを造つくってください。エジプトから連つれ出だしてくれたあのモーセが、どうなったのか分わからないのですから。」

使徒14:11 群衆ぐんしゅうは、パウロがしたことを見みて、リカオニアの言葉ことばで声こえを張はり上あげた。「神々かみがみが人間にんげんの姿すがたになって、わたしたちのところに降おりて来きたんだ。」

使徒17:18 エピクロス派はやストア派はの哲学てつがく者しゃたちも何なん人にんか、パウロと議論ぎろんを始はじめた。ある者ものは「このおしゃべりは、いったい何なんを言いおうとしているのか」と言いいい、別べつの者ものは「どうやら、よその神々かみがみを宣伝せんでんしているらしい」と言いった。パウロがイエスと復活ふっかつのことを伝つたえていたからである。

使徒28:11 三さんか月げつ後ご、わたしたちは、この島しまで冬ふゆを越こしていたアレクサンドリアの船ふねで出航しゅっこうした。船首せんしゅには双子ふたごの神々かみがみの像ぞうが飾かざられていた。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一8:5 たとえ、天てんにでも地ちにでも、神々かみがみと呼よばれるものがあるとしても——実際じっさい、多おおくの神々かみがみ、多おおくの主しゅと呼よばれるものがいるわけだが——

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