「治世」(ちせい)が出てくる聖書の箇所

「治世」(ちせい)は口語訳の37か所(旧約37・新約0)に出てきます。日常訳第1版では66か所。

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列王紀下(4か所)

列王紀下13:3 そこで主しゅはイスラエルに対たいして怒いかりを発はっし、エホアハズの治世ちせいの間あいだ、絶たえずイスラエルをスリヤの王おうハザエルの手てにわたし、またハザエルの子こベネハダデの手てにわたされた。

列王紀下24:12 ユダの王おうエホヤキンはその母はは、その家来けらい、そのつかさたち、および侍従じじゅうたちと共ともに出でて、バビロンの王おうに降服こうふくしたので、バビロンの王おうは彼かれを捕虜ほりょとした。これはネブカデネザルの治世ちせいの第だい八はち年ねんであった。

列王紀下25:1 そこでゼデキヤの治世ちせいの第だい九きゅう年ねんの十じゅう月がつ十とお日かに、バビロンの王おうネブカデネザルはもろもろの軍勢ぐんぜいを率ひきい、エルサレムにきて、これにむかって陣じんを張はり、周囲しゅういにとりでを築きずいてこれを攻せめた。

列王紀下25:27 ユダの王おうエホヤキンが捕とらえ移うつされて後ご三十さんじゅう七なな年ねんの十じゅう二に月がつ二十にじゅう七しち日にち、すなわちバビロンの王おうエビルメロダクの治世ちせいの第だい一いち年ねんに、王おうはユダの王おうエホヤキンを獄屋ごくやから出だして

歴代志上(1か所)

歴代志上26:31 ヘブロンびとのうちでは、系図けいずと氏族しぞくによってエリヤがヘブロンびとの長ちょうであったが、ダビデの治世ちせいの第だい四十よんじゅう年ねんに彼かれらを尋たずね求もとめ、ギレアデのヤゼルで彼かれらのうちから大だい勇士ゆうしを得えた。

歴代志下(13か所)

歴代志下3:2 ソロモンが宮みやを建たて始はじめたのは、その治世ちせいの四よん年ねんの二に月がつであった。

歴代志下14:1 アビヤはその先祖せんぞたちと共ともに眠ねむって、ダビデの町まちに葬ほうむられ、その子こアサが代かわって王おうとなった。アサの治世ちせいに国くには十じゅう年ねんの間あいだ、穏おだやかであった。

歴代志下15:10 彼かれらはアサの治世ちせいの十じゅう五ご年ねんの三さん月がつにエルサレムに集あつまり、

歴代志下15:19 そしてアサの治世ちせいの三十さんじゅう五ご年ねんまでは再ふたたび戦争せんそうがなかった。

歴代志下16:1 アサの治世ちせいの三十さんじゅう六ろく年ねんにイスラエルの王おうバアシャはユダに攻せめ上のぼり、ユダの王おうアサの所ところにだれをも出入でいりさせないためにラマを築きずいた。

歴代志下16:12 アサはその治世ちせいの三十さんじゅう九きゅう年ねんに足あしを病やみ、その病やまいは激はげしくなったが、その病やまいの時ときにも、主しゅを求もとめないで医者いしゃを求もとめた。

歴代志下16:13 アサは先祖せんぞたちと共ともに眠ねむり、その治世ちせいの四十よんじゅう一いち年ねんに死しんだ。

歴代志下17:7 彼かれはまたその治世ちせいの三さん年ねんに、つかさたちベネハイル、オバデヤ、ゼカリヤ、ネタンエルおよびミカヤをつかわしてユダの町々まちまちで教おしえさせ、

歴代志下29:3 彼かれはその治世ちせいの第だい一いち年ねんの一いち月がつに主しゅの宮みやの戸とを開ひらき、かつこれを繕つくろった。

歴代志下29:19 またアハズ王おうがその治世ちせいに罪つみを犯おかして捨すてたすべての器物きぶつをも整ととのえて清きよめました。それらは主しゅの祭壇さいだんの前まえにあります」。

歴代志下34:3 彼かれはまだ若わかかったが、その治世ちせいの第だい八はち年ねんに父ちちダビデの神かみを求もとめることを始はじめ、その十じゅう二に年ねんには高たかき所ところ、アシラ像ぞう、刻きざんだ像ぞう、鋳いた像ぞうなどを除のぞいて、ユダとエルサレムを清きよめることを始はじめ、

歴代志下34:8 ヨシヤはその治世ちせいの十じゅう八はち年ねんに、国くにと宮みやとを清きよめた時とき、その神かみ、主しゅの宮みやを繕つくろわせようと、アザリヤの子こシャパン、町まちのつかさマアセヤおよびヨアハズの子こ史官しかんヨアをつかわした。

歴代志下35:19 この過越すぎこしの祭まつりはヨシヤの治世ちせいの第だい十じゅう八はち年ねんに行おこなわれた。

エズラ記(6か所)

エズラ記4:5 その企くわだてを破やぶるために役人やくにんを買収ばいしゅうして彼かれらに敵てきせしめ、ペルシャ王おうクロスの代だいからペルシャ王おうダリヨスの治世ちせいにまで及およんだ。

エズラ記4:6 アハスエロスの治世ちせい、すなわちその治世ちせいの初はじめに、彼かれらはユダとエルサレムの住民じゅうみんを訴うったえる告訴こくそ状じょうを書かいた。

エズラ記4:24 それでエルサレムにある神かみの宮みやの工事こうじは中止ちゅうしされた。すなわちペルシャ王おうダリヨスの治世ちせいの二に年ねんまで中止ちゅうしされた。

エズラ記6:15 この宮みやはダリヨス王おうの治世ちせいの六ろく年ねんアダルの月つきの三みっ日かに完成かんせいした。

エズラ記7:1 これらの事ことの後あとペルシャ王おうアルタシャスタの治世ちせいにエズラという者ものがあった。エズラはセラヤの子こ、セラヤはアザリヤの子こ、アザリヤはヒルキヤの子こ、

エズラ記8:1 アルタシャスタ王おうの治世ちせいに、バビロンからわたしと一緒いっしょに上のぼって来きた者ものの氏族しぞくの長ちょう、およびその系譜けいふは次つぎのとおりである。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記12:22 レビびとについては、エリアシブ、ヨイアダ、ヨハナンおよびヤドアの時代じだいに、その氏族しぞくの長ながたちが登録とうろくされた。また祭司さいしたちもペルシャ王おうダリヨスの治世ちせいまで登録とうろくされた。

エステル記(2か所)

エステル記1:3 その治世ちせいの第だい三さん年ねんに、彼かれはその大臣だいじんおよび侍臣じしんたちのために酒宴しゅえんを設もうけた。ペルシャとメデアの将軍しょうぐんおよび貴族きぞくならびに諸州しょしゅうの大臣だいじんたちがその前まえにいた。

エステル記2:16 エステルがアハシュエロス王おうに召めされて王宮おうきゅうへ行いったのは、その治世ちせいの第だい七なな年ねんの十じゅう月がつ、すなわちテベテの月つきであった。

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書1:2 アモンの子こ、ユダの王おうヨシヤの時とき、すなわちその治世ちせいの十じゅう三さん年ねんに、主しゅの言葉ことばがエレミヤに臨のぞんだ。

エレミヤ書28:1 その年とし、すなわちユダの王おうゼデキヤの治世ちせいの初はじめ、その第だい四よん年ねんの五ご月がつ、ギベオン出身しゅっしんの預言よげん者しゃであって、アズルの子こであるハナニヤは、主しゅの宮みやで祭司さいしとすべての民たみの前まえでわたしに語かたって言いった、

エレミヤ書49:34 ユダの王おうゼデキヤの治世ちせいの初はじめのころに、エラムの事ことについて預言よげん者しゃエレミヤに臨のぞんだ主しゅの言葉ことば。

エレミヤ書51:59 マアセヤの子こであるネリヤの子こセラヤが、ユダの王おうゼデキヤと共ともに、その治世ちせいの四よん年ねんにバビロンへ行いくとき、預言よげん者しゃエレミヤがセラヤに命めいじた言葉ことば。セラヤは宿営しゅくえいの長ちょうであった。

エレミヤ書52:4 そこで彼かれの治世ちせいの九きゅう年ねん十じゅう月がつ十とお日かに、バビロンの王おうネブカデレザルはその軍勢ぐんぜいを率ひきい、エルサレムにきて、これを包囲ほういし、周囲しゅういに塁るいを築きずいてこれを攻せめた。

ダニエル書(5か所)

ダニエル書1:1 ユダの王おうエホヤキムの治世ちせいの第だい三さん年ねんにバビロンの王おうネブカデネザルはエルサレムにきて、これを攻せめ囲かこんだ。

ダニエル書2:1 ネブカデネザルの治世ちせいの第だい二に年ねんに、ネブカデネザルは夢ゆめを見み、そのために心こころに思おもい悩なやんで眠ねむることができなかった。

ダニエル書5:26 その事ことの解とき明あかしはこうです、メネは神かみがあなたの治世ちせいを数かぞえて、これをその終おわりに至いたらせたことをいうのです。

ダニエル書8:1 われダニエルは先さきに幻まぼろしを見みたが、後あとまたベルシャザル王おうの治世ちせいの第だい三さん年ねんに、一ひとつの幻まぼろしがわたしに示しめされた。

ダニエル書9:2 すなわちその治世ちせいの第だい一いち年ねんに、われダニエルは主しゅが預言よげん者しゃエレミヤに臨のぞんで告つげられたその言葉ことばにより、エルサレムの荒廃こうはいの終おわるまでに経へねばならぬ年ねんの数かずは七十ななじゅう年ねんであることを、文書ぶんしょによって悟さとった。

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