「母親」(ははおや)が出てくる聖書の箇所

「母親」(ははおや)は日常訳第1版の47か所(旧約31・新約16)に出てきます。口語訳では4か所。

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出エジプト記(7か所)

出エジプト2:2 その女おんなは身みごもって、男おとこの子こを産うんだ。かわいらしい元気げんきな子こだと見みて、母親ははおやは三さんか月げつのあいだ隠かくしていた。

出エジプト2:3 でも、もうこれ以上いじょうは隠かくしきれなくなった。そこで母親ははおやはパピルスのかごを用意よういし、アスファルトとピッチを塗ぬって水みずがしみ込こまないようにした。その中なかに赤あかちゃんを寝ねかせ、ナイル川かわの岸辺きしべの葦あしの茂しげみにそっと置おいた。

出エジプト2:8 ファラオの娘むすめが「そうしてちょうだい」と答こたえると、その少女しょうじょは行いって、赤あかちゃんの母親ははおやを呼よんできた。

出エジプト2:9 ファラオの娘むすめは母親ははおやに言いった。「この子こを連つれていって、わたしの代かわりに乳ちちを飲のませて育そだててね。ちゃんとお礼れいは払はらうから。」母親ははおやは赤あかちゃんを引ひき取とり、乳ちちを飲のませて育そだてた。

出エジプト2:10 その子こが大おおきくなると、母親ははおやは彼かれをファラオの娘むすめのところへ連つれていった。こうして彼かれはファラオの娘むすめの息子むすこになった。彼女かのじょはその子こをモーセと名なづけた。「水みずの中なかから引ひき上あげた子こだから」と言いって。

出エジプト22:30 牛うしや羊ひつじについても、同おなじようにしなければならない。生うまれてから七なな日間かかんは母親ははおやのそばに置おき、八よう日か目めにわたしにささげなさい。

出エジプト34:26 あなたの土地とちの初穂はつほの中なかで、最ももっともよいものを、あなたの神かみである主しゅの家いえに持もって来きなさい。子こやぎを、その母親ははおやの乳ちちで煮にてはならない。

レビ記(3か所)

レビ記20:14 女おんなと、その母親ははおやを共ともにめとる者ものは、恥はずべきことをしている。その男おとこも女おんなたちも火ひで焼やかれる。あなたたちの間あいだに、このような恥はずべきことがあってはならない。

レビ記22:27 牛うし、羊ひつじ、あるいはやぎが生うまれたら、それは七なな日かの間あいだ、母親ははおやのそばに置おいておかなければならない。八よう日か目めからあとは、主しゅへの火ひによるささげ物ものとして受うけ入いれられる。

レビ記22:28 牛うしであれ羊ひつじであれ、その母親ははおやとその子こを同おなじ日ひに殺ころしてはならない。

士師記(3か所)

士師記17:2 彼かれは母親ははおやに言いった。「あなたから取とられた銀ぎん千せん百ひゃく枚まいのことで、あなたはのろいの言葉ことばを口くちにしましたね。わたしもこの耳みみで聞きききました。その銀ぎんは、わたしのところにあります。わたしが取とったのです。」すると母親ははおやは言いった。「息子むすこよ、あなたが主しゅに祝福しゅくふくされますように。」

士師記17:3 彼かれが銀ぎん千せん百ひゃく枚まいを母親ははおやに返かえすと、母親ははおやは言いった。「わたしはこの銀ぎんを、息子むすこのために、自分じぶんの手てで主しゅにささげます。彫像ちょうぞうと鋳物いものの像ぞうを作つくるためです。だから今いま、これをあなたに返かえしましょう。」

士師記17:4 彼かれが銀ぎんを母親ははおやに返かえすと、母親ははおやはそのうち二百にひゃく枚まいを取とって、銀ぎん細工さいく師しに渡わたした。細工さいく師しはそれで彫像ちょうぞうと鋳物いものの像ぞうを作つくり、その像ぞうはミカの家いえに置おかれた。

ルツ記(1か所)

ルツ記4:16 ナオミはその子こを抱だき取とり、胸むねに抱いいだいて、その子こを育そだてる母親ははおやとなった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一2:19 母親ははおやは毎年まいとし、小ちいさな上着うわぎを作つくってやり、夫おっとといっしょに毎年まいとしのいけにえをささげに上のぼって来くるたびに、それをサムエルに届とどけた。

列王紀上(3か所)

列王紀上3:26 すると、生いきている子この本当ほんとうの母親ははおやは、わが子こへの思おもいで胸むねが締しめつけられ、王おうに言いった。「王おうさま、お願ねがいです。どうかその生いきている子こをあの女おんなにあげてください。決けっして殺ころさないでください。」でも、もう一人ひとりの女おんなは言いった。「その子こはわたしのものにも、あなたのものにもならなくていい。切きり分わけてしまいなさい。」

列王紀上3:27 すると王おうは答こたえて言いった。「生いきている子こを、最初さいしょの女おんなに与あたえなさい。決けっして殺ころしてはならない。その女おんながこの子この母親ははおやだ。」

列王紀上17:23 エリヤはその子こを抱かかえ、屋上おくじょうの部屋へやから下したの家いえへ連つれて下くだり、母親ははおやに渡わたした。そしてエリヤは言いった。「ほら、あなたの息子むすこは生いきています。」

列王紀下(3か所)

列王紀下4:19 そして父親ちちおやに言いった。「頭あたまが、頭あたまが痛いいたい。」父親ちちおやは召使めしつかいに言いった。「この子こを母親ははおやのところへ運はこんでやりなさい。」

列王紀下4:20 召使めしつかいはその子こを抱かかえ、母親ははおやのところへ連つれて行いった。子こどもは昼ひるまで母親ははおやのひざの上うえにいたが、そのまま死しんでしまった。

列王紀下4:30 でも子こどもの母親ははおやは言いった。「主しゅが生いきておられ、あなたが生いきておられるかぎり、わたしはあなたを離はなしません。」そこでエリシャは立たち上あがり、彼女かのじょについて行いった。

歴代志上(1か所)

歴代志上4:9 ヤベツは、その兄弟きょうだいたちの中なかでいちばん重おもんじられる人ひとだった。母親ははおやは「わたしは苦くるしみながらこの子こを産うんだ」と言いって、この子こをヤベツと名なづけた。

箴言(1か所)

箴言29:15 むちと叱しかることは、子こどもに知恵ちえを与あたえる。でも放ほうっておかれた子こは、母親ははおやに恥はじをかかせる。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書45:10 父親ちちおやに「何なんを生うむのか」と言いいい、母親ははおやに「何なんを産うもうとしているのか」と言いう者ものは、わざわいだ。

イザヤ書49:15 母親ははおやが自分じぶんの乳飲ちのみ子こを忘わすれるだろうか。自分じぶんのおなかを痛いためて産うんだ子こを、憐あわれまずにいられるだろうか。たとえ母親ははおやが忘わすれても、わたしはあなたを忘わすれない。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書16:3 この場所ばしょで生うまれる息子むすこや娘むすめたち、彼かれらを産うむ母親ははおや、この地ちで彼かれらをもうける父親ちちおやについて、主しゅはこう言いわれるからだ。

哀歌(1か所)

哀歌2:12 子こどもたちは母親ははおやに、「パンはどこ、ぶどう酒しゅはどこ」と言ゆう。町まちの広場ひろばで、傷きずついた者もののように気きを失うしない、母ははのふところで、その魂たましいが注そそぎ出だされていく。

ホセア書(4か所)

ホセア書2:2 あなたたちの母親ははおやを問といただせ、問といただせ。彼女かのじょはもうわたしの妻つまではなく、わたしも彼女かのじょの夫おっとではないのだから。彼女かのじょには、その顔かおから淫みだらな行おこないを、その胸むねの間あいだから姦淫かんいんを取とり除のぞかせよ。

ホセア書2:4 その子こどもたちも、わたしはあわれまない。母親ははおやが淫みだらなことを重かさねて産うんだ子こどもたちだからだ。

ホセア書2:5 母親ははおやは淫みだらな行おこないに走はしり、彼かれらを身みごもった女おんなは恥はずべきことをした。母親ははおやはこう言いったのだ。「わたしは恋人こいびとたちを追おいかけていく。パンと水みず、羊毛ようもうと麻あさ、オリーブ油あぶらと飲のみ物ものをくれるのは、あの人ひとたちだから。」

ホセア書10:14 あなたたちの民たみの中なかに戦たたかいの騒さわぎが起おこり、あなたたちの砦とりではどれも打うち破やぶられる。シャルマンが戦たたかいの日ひにベト・アルベルを破壊はかいしたように。母親ははおやたちは子こどもたちの上うえで打うち砕くだかれた。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ13:55 この人ひとは大工だいくの息子むすこじゃないか。母親ははおやはマリアといって、弟おとうとたちはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダだろう。

マタイ14:8 少女しょうじょは母親ははおやにそそのかされて、こう言いった。「バプテスマのヨハネの首くびをお盆ぼんに載のせて、ここに持もってきてください。」

マタイ14:11 その首くびは盆ぼんに載のせて運はこばれ、少女しょうじょに手渡てわたされた。少女しょうじょはそれを母親ははおやのところに持もって行いった。

マタイ20:20 そのとき、ゼベダイの息子むすこたちの母親ははおやが、息子むすこたちを連つれてイエスのところに来きた。そしてひざまずき、あることをお願ねがいしようとした。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ6:24 少女しょうじょは出でて行いって、母親ははおやに聞きいた。「何なんをお願ねがいすればいい?」すると母親ははおやは言いった。「洗礼せんれい者しゃヨハネの首くびよ。」

マルコ6:28 そして、その首くびをお盆ぼんにのせて持もってくると、少女しょうじょに渡わたした。少女しょうじょはそれを母親ははおやに渡わたした。

ルカによる福音書(5か所)

ルカ1:60 すると母親ははおやが、「いいえ、この子こはヨハネと呼よびます」と言いった。

ルカ7:12 町まちの門もんに近ちかづくと、ちょうど死しんだ人ひとが運はこび出だされるところだった。それは、ある母親ははおやのひとり息子むすこだった。しかも彼女かのじょはやもめで、その母親ははおやのそばには町まちの大勢おおぜいの人ひとたちがついていた。

ルカ7:13 主しゅはその母親ははおやを見みて、深ふかく心こころを動うごかされ、こう言いった。「泣なかなくていい。」

ルカ7:15 すると、死しんでいた人ひとが起おき上あがって、話はなし始はじめた。イエスは彼かれを母親ははおやに返かえした。

ルカ8:51 家いえに着つくと、イエスはペトロとヨハネとヤコブ、それに子こどもの父親ちちおやと母親ははおやのほかは、だれも中なかに入いれなかった。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ3:4 ニコデモは言いった。「年ねんをとった人ひとが、どうやってもう一いち度ど生うまれることができるのですか。もう一いち度ど母親ははおやのおなかに入はいって生うまれるなんて、できるはずがありません。」

ヨハネ6:42 ヨセフの子こで、わたしたちはその父親ちちおやも母親ははおやも知しっている、あのイエスじゃないか。それなのに、どうして今いまになって『わたしは天てんから下くだってきた』なんて言いうんだ。」

使徒行伝(1か所)

使徒16:1 パウロはデルベに、それからリストラにも着ついた。そこにテモテという弟子でしがいた。母親ははおやはユダヤ人じんの信者しんじゃで、父親ちちおやはギリシア人じんだった。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一2:7 キリストの使徒しととして、あなたたちに負担ふたんをかけることもできた。それでもわたしたちは、あなたたちの間あいだでやさしくふるまった。母親ははおやが自分じぶんの子こを大切たいせつに育そだてるように。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:2 年配ねんぱいの女性じょせいには母親ははおやに対たいするように、若わかい女性じょせいには姉妹しまいに対たいするように、まったく清きよい心こころで接せっしなさい。

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