「止まる」(とまる)が出てくる聖書の箇所

「止まる」(とまる)は口語訳の17か所(旧約13・新約4)に出てきます。「とまる」も含みます。日常訳第1版では37か所。

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創世記(1か所)

創世記18:11 さてアブラハムとサラとは年ねんがすすみ、老人ろうじんとなり、サラは女おんなの月つきのものが、すでに止とまっていた。

レビ記(1か所)

レビ記15:3 その流出りゅうしゅつによる汚よごれは次つぎのとおりである。すなわち、その肉にくの流出りゅうしゅつが続つづいていても、あるいは、その肉にくの流出りゅうしゅつが止とまっていても、共ともに汚よごれである。

列王紀下(1か所)

列王紀下4:6 油あぶらが満みちたとき、彼女かのじょは子供こどもに「もっと器うつわを持もってきなさい」と言いったが、子供こどもが「器うつわはもうありません」と言いったので、油あぶらはとまった。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記7:15 それゆえ、わたしは息いきの止とまることを願ねがい、わが骨ほねよりもむしろ死しを選えらぶ。

箴言(1か所)

箴言26:2 いわれのないのろいは、飛とびまわるすずめや、飛とびかけるつばめのようなもので、止とまらない。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書29:8 飢うえた者ものが食たべることを夢ゆめみても、さめると、その飢うえがいえないように、あるいは、かわいた者ものが飲のむことを夢ゆめみても、さめると、疲つかれてそのかわきがとまらないように、シオンの山やまを攻せめて戦たたかう国々くにぐにの群むれもそのようになる。

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書15:18 どうしてわたしの痛いたみは止とまらず、傷きずは重おもくて、なおらないのですか。あなたはわたしにとって、水みずがなくて人ひとを欺あざむく谷川たにがわのようになられるのですか。

エレミヤ書46:20 エジプトは美うつくしい雌めすの子牛こうしだ、しかし北きたから、牛うしばえが来きて、それにとまった。

エゼキエル書(3か所)

エゼキエル書10:19 するとケルビムは翼つばさをあげて、わたしの目めの前まえで、地ちからのぼった。その出でて行いく時とき、輪わもまたこれと共ともにあり、主しゅの宮みやの東ひがしの門もんの入口いりぐちの所ところへ行いって止とまった。イスラエルの神かみの栄光えいこうがその上うえにあった。

エゼキエル書17:3 言いえ。主しゅなる神かみがこう言いわれる、さまざまの色いろの羽毛うもうを多おおく持もち、大おおきな翼つばさと、長ながい羽根はねとを持もつ大おおわしがレバノンに来きて、香こう柏かしわのこずえにとまり、

エゼキエル書32:4 わたしはあなたを地ちに投なげ捨すて、野のの面めんに投なげうち、空そらのすべての鳥とりをあなたの上うえにとまらせ、全地ぜんちの獣けものにあなたを与あたえて飽あかせる。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書10:17 わが主しゅのしもべは、どうしてわが主しゅと語かたることができましょう。わたしは全まったく力ちからを失うしない、息いきも止とまるばかりです」。

ナホム書(1か所)

ナホム書3:17 あなたの君きみたちは、ばったのように、あなたの学者がくしゃたちは、いなごのように、寒さむい日ひには垣かきにとまり、日ひが出でて来くると飛とび去さる。そのありかはだれも知しらない。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ8:44 この女おんながうしろから近寄ちかよってみ衣ころものふさにさわったところ、その長なが血ちがたちまち止とまってしまった。

ルカ9:4 また、どこかの家いえにはいったら、そこに留とまっておれ。そしてそこから出でかけることにしなさい。

ルカ10:7 それで、その同おなじ家いえに留とまっていて、家いえの人ひとが出だしてくれるものを飲のみ食くいしなさい。働はたらき人にんがその報むくいを得えるのは当然とうぜんである。家いえから家いえへと渡わたり歩あるくな。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一3:1 そこで、わたしたちはこれ以上いじょう耐たえられなくなって、わたしたちだけがアテネに留とまることに定さだめ、

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