「悪い」(わるい)が出てくる聖書の箇所

「悪い」(わるい)は口語訳の239か所(旧約184・新約55)に出てきます。「わるい」も含みます。日常訳第1版では503か所。

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239か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

マタイによる福音書(18か所)

マタイ24:48 もしそれが悪わるい僕ぼくであって、自分じぶんの主人しゅじんは帰かえりがおそいと心こころの中なかで思おもい、

マタイ25:26 すると、主人しゅじんは彼かれに答こたえて言いった、『悪わるい怠惰たいだな僕ぼくよ、あなたはわたしが、まかない所しょから刈かり、散ちらさない所ところから集あつめることを知しっているのか。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ5:26 多おおくの医者いしゃにかかって、さんざん苦くるしめられ、その持もち物ものをみな費ついやしてしまったが、なんのかいもないばかりか、かえってますます悪わるくなる一方いっぽうであった。

マルコ7:21 すなわち内部ないぶから、人ひとの心こころの中なかから、悪わるい思おもいが出でて来くる。不ふ品行ひんこう、盗ぬすみ、殺人さつじん、

ルカによる福音書(9か所)

ルカ3:5 すべての谷たには埋うめられ、すべての山やまと丘おかとは、平たいらにされ、曲まがったところはまっすぐに、わるい道みちはならされ、

ルカ6:43 悪わるい実じつのなる良よい木きはないし、また良よい実じつのなる悪わるい木きもない。

ルカ6:45 善人ぜんにんは良よい心こころの倉くらから良よい物ものを取とり出だし、悪人あくにんは悪わるい倉くらから悪わるい物ものを取とり出だす。心こころからあふれ出でることを、口くちが語かたるものである。

ルカ11:13 このように、あなたがたは悪わるい者ものであっても、自分じぶんの子供こどもには、良よい贈おくり物ものをすることを知しっているとすれば、天てんの父ちちはなおさら、求もとめて来くる者ものに聖霊せいれいを下くださらないことがあろうか」。

ルカ11:26 そこでまた出でて行いって、自分じぶん以上いじょうに悪わるい他ほかの七ななつの霊れいを引ひき連つれてきて中なかにはいり、そこに住すみ込こむ。そうすると、その人ひとの後あとの状態じょうたいは初はじめよりももっと悪わるくなるのである」。

ルカ11:34 あなたの目めは、からだのあかりである。あなたの目めが澄すんでおれば、全身ぜんしんも明あかるいが、目めがわるければ、からだも暗くらい。

ルカ16:25 アブラハムが言いった、『子こよ、思おもい出だすがよい。あなたは生前せいぜんよいものを受うけ、ラザロの方ほうは悪わるいものを受うけた。しかし今いまここでは、彼かれは慰なぐさめられ、あなたは苦くるしみもだえている。

ルカ19:22 彼かれに言いった、『悪わるい僕ぼくよ、わたしはあなたの言いったその言葉ことばであなたをさばこう。わたしがきびしくて、あずけなかったものを取とりたて、まかなかったものを刈かる人間にんげんだと、知しっているのか。

ルカ23:41 お互たがいは自分じぶんのやった事ことのむくいを受うけているのだから、こうなったのは当然とうぜんだ。しかし、このかたは何なんも悪わるいことをしたのではない」。

ヨハネによる福音書(5か所)

ヨハネ2:10 言いった、「どんな人ひとでも、初はじめによいぶどう酒しゅを出だして、酔よいがまわったころにわるいのを出だすものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒しゅを今いままでとっておかれました」。

ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光ひかりがこの世よにきたのに、人々ひとびとはそのおこないが悪わるいために、光ひかりよりもやみの方ほうを愛あいしたことである。

ヨハネ5:14 そののち、イエスは宮みやでその人ひとに出会であったので、彼かれに言いわれた、「ごらん、あなたはよくなった。もう罪つみを犯おかしてはいけない。何なんかもっと悪わるいことが、あなたの身みに起おこるかも知しれないから」。

ヨハネ7:7 世よはあなたがたを憎にくみ得えないが、わたしを憎にくんでいる。わたしが世よのおこないの悪わるいことを、あかししているからである。

ヨハネ18:23 イエスは答こたえられた、「もしわたしが何なんか悪わるいことを言いったのなら、その悪わるい理由りゆうを言いいいなさい。しかし、正ただしいことを言いったのなら、なぜわたしを打うつのか」。

使徒行伝(4か所)

使徒23:5 パウロは言いった、「兄弟きょうだいたちよ、彼かれが大だい祭司さいしだとは知しらなかった。聖書せいしょに『民みんのかしらを悪わるく言いってはいけない』と、書かいてあるのだった」。

使徒23:9 そこで、大騒おおさわぎとなった。パリサイ派はのある律法りっぽう学がく者しゃたちが立たって、強つよく主張しゅちょうして言いった、「われわれは、この人ひとには何なんも悪わるいことがないと思おもう。あるいは、霊れいか天使てんしかが、彼かれに告つげたのかも知しれない」。

使徒25:10 パウロは言いった、「わたしは今いま、カイザルの法廷ほうていに立たっています。わたしはこの法廷ほうていで裁判さいばんされるべきです。よくご承知しょうちのとおり、わたしはユダヤ人にんたちに、何なんも悪わるいことをしてはいません。

使徒25:11 もしわたしが悪わるいことをし、死しに当あたるようなことをしているのなら、死しを免まぬがれようとはしません。しかし、もし彼かれらの訴うったえることに、なんの根拠こんきょもないとすれば、だれもわたしを彼かれらに引ひき渡わたす権利けんりはありません。わたしはカイザルに上訴じょうそします」。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一15:33 まちがってはいけない。「悪わるい交まじわりは、良よいならわしをそこなう」。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ3:1 ああ、物ものわかりのわるいガラテヤ人にんよ。十字じゅうじ架かにつけられたイエス・キリストが、あなたがたの目めの前まえに描えがき出だされたのに、いったい、だれがあなたがたを惑まどわしたのか。

ガラテヤ3:3 あなたがたは、そんなに物ものわかりがわるいのか。御ご霊れいで始はじめたのに、今いまになって肉にくで仕上しあげるというのか。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ4:29 悪わるい言葉ことばをいっさい、あなたがたの口くちから出だしてはいけない。必要ひつようがあれば、人ひとの徳とくを高たかめるのに役立やくだつような言葉ことばを語かたって、聞きいている者ものの益えきになるようにしなさい。

エペソ5:16 今いまの時ときを生いかして用もちいなさい。今いまは悪わるい時代じだいなのである。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:2 あの犬いぬどもを警戒けいかいしなさい。悪わるい働はたらき人にんたちを警戒けいかいしなさい。肉にくに割礼かつれいの傷きずをつけている人ひとたちを警戒けいかいしなさい。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ1:21 あなたがたも、かつては悪わるい行おこないをして神かみから離はなれ、心こころの中なかで神かみに敵対てきたいしていた。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:8 もしある人ひとが、その親族しんぞくを、ことに自分じぶんの家族かぞくをかえりみない場合ばあいには、その信仰しんこうを捨すてたことになるのであって、不ふ信者しんじゃ以上いじょうにわるい。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二4:2 御言みことを宣のべ伝つたえなさい。時じが良よくても悪わるくても、それを励はげみ、あくまでも寛容かんような心こころでよく教おしえて、責せめ、戒いましめ、勧すすめなさい。

テトスへの手紙(1か所)

テトス1:12 クレテ人にんのうちのある預言よげん者しゃが「クレテ人にんは、いつもうそつき、たちの悪わるいけもの、なまけ者ものの食くいしんぼう」と言いっているが、

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル3:12 兄弟きょうだいたちよ。気きをつけなさい。あなたがたの中なかには、あるいは、不ふ信仰しんこうな悪わるい心こころをいだいて、生いける神かみから離はなれ去さる者ものがあるかも知しれない。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:3 求もとめても与あたえられないのは、快楽かいらくのために使つかおうとして、悪わるい求もとめ方かたをするからだ。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:20 悪わるいことをして打うちたたかれ、それを忍しのんだとしても、なんの手柄てがらになるのか。しかし善ぜんを行おこなって苦くるしみを受うけ、しかもそれを耐たえ忍しのんでいるとすれば、これこそ神かみによみせられることである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:20 彼かれらが、主しゅまた救主すくいぬしなるイエス・キリストを知しることにより、この世よの汚よごれからのがれた後あと、またそれに巻まき込こまれて征服せいふくされるならば、彼かれらの後あとの状態じょうたいは初はじめよりも、もっと悪わるくなる。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一3:12 カインのようになってはいけない。彼かれは悪あしき者ものから出でて、その兄弟きょうだいを殺ころしたのである。なぜ兄弟きょうだいを殺ころしたのか。彼かれのわざが悪わるく、その兄弟きょうだいのわざは正ただしかったからである。

ヨハネの第二の手紙(1か所)

ヨハネ第二1:11 そのような人ひとにあいさつする者ものは、その悪わるい行おこないにあずかることになるからである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録2:2 わたしは、あなたのわざと労苦ろうくと忍耐にんたいとを知しっている。また、あなたが、悪わるい者ものたちをゆるしておくことができず、使徒しとと自称じしょうしてはいるが、その実じつ、使徒しとでない者ものたちをためしてみて、にせ者ものであると見抜みぬいたことも、知しっている。

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