「心配」(しんぱい)が出てくる聖書の箇所
「心配」(しんぱい)は口語訳の19か所(旧約7・新約12)に出てきます。日常訳第1版では41か所。
創世記(3か所)
創世記21:11 この事で、アブラハムはその子のために非常に心配した。
創世記21:12 神はアブラハムに言われた、「あのわらべのため、またあなたのはしためのために心配することはない。サラがあなたに言うことはすべて聞きいれなさい。イサクに生れる者が、あなたの子孫と唱えられるからです。
創世記35:17 その難産に当って、産婆は彼女に言った、「心配することはありません。今度も男の子です」。
士師記(1か所)
士師記3:25 しもべどもは長いあいだ待っていたが、王がなお高殿の戸を開かないので、心配してかぎをとって開いて見ると、王は床にたおれて死んでいた。
サムエル記上(2か所)
サムエル第一9:5 彼らがツフの地にきた時、サウルは連れてきたしもべに言った、「さあ、帰ろう。父は、ろばのことよりも、われわれのことを心配するだろう」。
サムエル第一10:2 あなたがきょう、わたしを離れて、去って行くとき、ベニヤミンの領地のゼルザにあるラケルの墓のかたわらで、ふたりの人に会うでしょう。そして彼らはあなたに言います、『あなたが捜しに行かれたろばは見つかりました。いま父上は、ろばよりもあなたがたの事を心配して、「わが子のことは、どうしよう」と言っておられます』。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二11:25 ダビデは使者に言った、「あなたはヨアブにこう言いなさい、『この事で心配することはない。つるぎはこれをも彼をも同じく滅ぼすからである。強く町を攻めて戦い、それを攻め落しなさい』と。そしてヨアブを励ましなさい」。
マタイによる福音書(3か所)
マタイ1:20 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
マタイ10:19 彼らがあなたがたを引き渡したとき、何をどう言おうかと心配しないがよい。言うべきことは、その時に授けられるからである。
マタイ26:22 弟子たちは非常に心配して、つぎつぎに「主よ、まさか、わたしではないでしょう」と言い出した。
マルコによる福音書(2か所)
マルコ13:11 そして、人々があなたがたを連れて行って引きわたすとき、何を言おうかと、前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語る者はあなたがた自身ではなくて、聖霊である。
マルコ14:19 弟子たちは心配して、ひとりびとり「まさか、わたしではないでしょう」と言い出した。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ2:48 両親はこれを見て驚き、そして母が彼に言った、「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」。
ルカ12:11 あなたがたが会堂や役人や高官の前へひっぱられて行った場合には、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しないがよい。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二11:28 なおいろいろの事があった外に、日々わたしに迫って来る諸教会の心配ごとがある。
コリント第二12:20 わたしは、こんな心配をしている。わたしが行ってみると、もしかしたら、あなたがたがわたしの願っているような者ではなく、わたしも、あなたがたの願っているような者でないことになりはすまいか。もしかしたら、争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、ざんげん、高慢、騒乱などがありはすまいか。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ4:11 わたしは、あなたがたのために努力してきたことが、あるいは、むだになったのではないかと、あなたがたのことが心配でならない。
ピリピ人への手紙(2か所)
ピリピ2:20 テモテのような心で、親身になってあなたがたのことを心配している者は、ほかにひとりもない。
ピリピ2:28 そこで、大急ぎで彼を送り返す。これで、あなたがたは彼と再び会って喜び、わたしもまた、心配を和らげることができよう。