「御言」(みこと)が出てくる聖書の箇所
「御言」(みこと)は口語訳の57か所(旧約0・新約57)に出てきます。日常訳第1版では0か所。
マタイによる福音書(5か所)
マタイ13:20 石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。
マタイ13:21 その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
マタイ13:22 また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。
マタイ13:23 また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。
マタイ15:12 そのとき、弟子たちが近寄ってきてイエスに言った、「パリサイ人たちが御言を聞いてつまずいたことを、ご存じですか」。
マルコによる福音書(10か所)
マルコ2:2 多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。
マルコ4:14 種まきは御言をまくのである。
マルコ4:15 道ばたに御言がまかれたとは、こういう人たちのことである。すなわち、御言を聞くと、すぐにサタンがきて、彼らの中にまかれた御言を、奪って行くのである。
マルコ4:16 同じように、石地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞くと、すぐに喜んで受けるが、
マルコ4:17 自分の中に根がないので、しばらく続くだけである。そののち、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
マルコ4:18 また、いばらの中にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞くが、
マルコ4:19 世の心づかいと、富の惑わしと、その他いろいろな欲とがはいってきて、御言をふさぐので、実を結ばなくなる。
マルコ4:20 また、良い地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである」。
マルコ4:33 イエスはこのような多くの譬で、人々の聞く力にしたがって、御言を語られた。
マルコ16:20 弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。〕
ルカによる福音書(6か所)
ルカ1:2 御言に仕えた人々が伝えたとおり物語に書き連ねようと、多くの人が手を着けましたが、
ルカ8:12 道ばたに落ちたのは、聞いたのち、信じることも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が奪い取られる人たちのことである。
ルカ8:13 岩の上に落ちたのは、御言を聞いた時には喜んで受けいれるが、根が無いので、しばらくは信じていても、試錬の時が来ると、信仰を捨てる人たちのことである。
ルカ8:15 良い地に落ちたのは、御言を聞いたのち、これを正しい良い心でしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶに至る人たちのことである。
ルカ8:21 するとイエスは人々にむかって言われた、「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのである」。
ルカ10:39 この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
ヨハネによる福音書(4か所)
ヨハネ5:38 また、神がつかわされた者を信じないから、神の御言はあなたがたのうちにとどまっていない。
ヨハネ8:55 あなたがたはその神を知っていないが、わたしは知っている。もしわたしが神を知らないと言うならば、あなたがたと同じような偽り者であろう。しかし、わたしはそのかたを知り、その御言を守っている。
ヨハネ17:14 わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。
ヨハネ17:17 真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。
使徒行伝(10か所)
使徒6:4 わたしたちは、もっぱら祈と御言のご用に当ることにしよう」。
使徒8:4 さて、散らされて行った人たちは、御言を宣べ伝えながら、めぐり歩いた。
使徒10:36 あなたがたは、神がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、イスラエルの子らにお送り下さった御言をご存じでしょう。
使徒11:19 さて、ステパノのことで起った迫害のために散らされた人々は、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者には、だれにも御言を語っていなかった。
使徒13:48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。
使徒13:49 こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。
使徒14:25 ペルガで御言を語った後、アタリヤにくだり、
使徒16:6 それから彼らは、アジヤで御言を語ることを聖霊に禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤ地方をとおって行った。
使徒18:5 シラスとテモテが、マケドニヤから下ってきてからは、パウロは御言を伝えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちに力強くあかしした。
使徒20:32 今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ9:28 主は、御言をきびしくまたすみやかに、地上になしとげられるであろう」。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ6:6 御言を教えてもらう人は、教える人と、すべて良いものを分け合いなさい。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ4:3 同時にわたしたちのためにも、神が御言のために門を開いて下さって、わたしたちがキリストの奥義を語れるように(わたしは、実は、そのために獄につながれているのである)、
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一1:6 そしてあなたがたは、多くの患難の中で、聖霊による喜びをもって御言を受けいれ、わたしたちと主とにならう者となり、
テモテへの第二の手紙(2か所)
テモテ第二4:2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。
テモテ第二4:17 しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、すべての異邦人に聞かせるように、主はわたしを助け、力づけて下さった。そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。
テトスへの手紙(1か所)
テトス1:3 神は、定められた時に及んで、御言を宣教によって明らかにされたが、わたしは、わたしたちの救主なる神の任命によって、この宣教をゆだねられたのである――
ヘブル人への手紙(3か所)
ヘブル2:2 というのは、御使たちをとおして語られた御言が効力を持ち、あらゆる罪過と不従順とに対して正当な報いが加えられたとすれば、
ヘブル4:2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
ヘブル7:28 律法は、弱さを身に負う人間を立てて大祭司とするが、律法の後にきた誓いの御言は、永遠に全うされた御子を立てて、大祭司としたのである。
ヤコブの手紙(3か所)
ヤコブ1:21 だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。
ヤコブ1:22 そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。
ヤコブ1:23 おおよそ御言を聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようである。
ペテロの第一の手紙(4か所)
ペテロ第一1:23 あなたがたが新たに生れたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変ることのない生ける御言によったのである。
ペテロ第一2:8 また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。
ペテロ第一3:1 同じように、妻たる者よ。夫に仕えなさい。そうすれば、たとい御言に従わない夫であっても、
ペテロ第一4:11 語る者は、神の御言を語る者にふさわしく語り、奉仕する者は、神から賜わる力による者にふさわしく奉仕すべきである。それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、神があがめられるためである。栄光と力とが世々限りなく、彼にあるように、アァメン。
ペテロの第二の手紙(2か所)
ペテロ第二3:6 その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった。
ペテロ第二3:7 しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼさるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである。
ヨハネの第一の手紙(2か所)
ヨハネ第一2:5 しかし、彼の御言を守る者があれば、その人のうちに、神の愛が真に全うされるのである。それによって、わたしたちが彼にあることを知るのである。
ヨハネ第一2:7 愛する者たちよ。わたしがあなたがたに書きおくるのは、新しい戒めではなく、あなたがたが初めから受けていた古い戒めである。その古い戒めとは、あなたがたがすでに聞いた御言である。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録17:17 神は、御言が成就する時まで、彼らの心の中に、御旨を行い、思いをひとつにし、彼らの支配権を獣に与える思いを持つようにされたからである。