「当然」(とうぜん)が出てくる聖書の箇所
「当然」(とうぜん)は口語訳の14か所(旧約2・新約12)に出てきます。日常訳第1版では20か所。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書10:7 万国の王であるあなたを、恐れない者がありましょうか。あなたを恐れるのは当然のことであります。万国のすべての知恵ある者のうちにも、その国々のうちにも、あなたに並びうる者はありません。
マラキ書(1か所)
マラキ書2:7 祭司のくちびるは知識を保ち、人々が彼の口から律法を尋ねるのが当然である。彼は万軍の主の使者だからだ。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ10:10 旅行のための袋も、二枚の下着も、くつも、つえも持って行くな。働き人がその食物を得るのは当然である。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ10:7 それで、その同じ家に留まっていて、家の人が出してくれるものを飲み食いしなさい。働き人がその報いを得るのは当然である。家から家へと渡り歩くな。
ルカ23:41 お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ8:48 ユダヤ人たちはイエスに答えて言った、「あなたはサマリヤ人で、悪霊に取りつかれていると、わたしたちが言うのは、当然ではないか」。
ローマ人への手紙(4か所)
ローマ1:27 男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。
ローマ3:8 むしろ、「善をきたらせるために、わたしたちは悪をしようではないか」(わたしたちがそう言っていると、ある人々はそしっている)。彼らが罰せられるのは当然である。
ローマ4:4 いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。
ローマ15:27 たしかに、彼らは賛成した。しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ1:7 わたしが、あなたがた一同のために、そう考えるのは当然である。それは、わたしが獄に捕われている時にも、福音を弁明し立証する時にも、あなたがたをみな、共に恵みにあずかる者として、わたしの心に深く留めているからである。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:3 兄弟たちよ。わたしたちは、いつもあなたがたのことを神に感謝せずにはおられない。またそうするのが当然である。それは、あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたひとりびとりの愛が、お互の間に増し加わっているからである。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一5:18 聖書は、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」と言っている。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録16:6 聖徒と預言者との血を流した者たちに、血をお飲ませになりましたが、それは当然のことであります」。