「当然」(とうぜん)が出てくる聖書の箇所
「当然」(とうぜん)は日常訳第1版の20か所(旧約7・新約13)に出てきます。口語訳では14か所。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一26:16 お前のしたことは良くない。主は生きておられる。お前たちは死んで当然だ。主が油を注いで選ばれた自分たちの主君を守らなかったのだから。さあ、王の槍と、枕もとにあった水差しがどこにあるか、見てみろ。」
サムエル記下(3か所)
サムエル第二12:5 これを聞いて、ダビデはその男に激しく怒った。そしてナタンに言った。「主は生きておられる。そんなことをした男は死んで当然だ。
サムエル第二16:19 それに、わたしはいったいだれに仕えるべきでしょうか。その方の息子であるあなたにお仕えするのが当然ではありませんか。わたしはあなたの父に仕えたように、あなたにもお仕えします。」
サムエル第二19:28 王であるわたしの主にとって、わたしの父の家の者は皆、死んで当然の者ばかりでした。それなのにあなたは、このしもべをあなたの食卓で食事をする者の中に加えてくださいました。これ以上、わたしに何の権利があって、王に訴えることができるでしょうか。」
列王紀上(1か所)
列王紀上2:26 また王は、祭司アビアタルに言った。「アナトトにある自分の畑へ帰れ。おまえは死んで当然の身だ。だが今日は殺さない。おまえが父ダビデの前で主なる神の箱を担ぎ、父が苦しんだときにいつもともに苦しんでくれたからだ。」
エズラ記(1か所)
エズラ記9:13 わたしたちの悪い行いと大きな罪のせいで、これほどのことがすべてわたしたちに降りかかってきました。それでもあなた、わたしたちの神は、わたしたちの罪が受けて当然の罰よりもずっと軽くしてくださり、このように生き残る者を残してくださいました。
ヨナ書(1か所)
ヨナ書4:9 すると神はヨナに言った。「あなたがこの植物のことで怒るのは、正しいことなのか。」ヨナは答えた。「怒るのは当然だ。死ぬほど怒っている。」
マタイによる福音書(1か所)
マタイ10:10 袋も、下着の替えも、履き物も、杖も持って行ってはいけない。働く人が食べ物をもらうのは当然のことだから。
ルカによる福音書(3か所)
ルカ10:7 そして、その家に泊まりなさい。出される物を食べたり飲んだりしていい。働く人が報酬を受けるのは当然のことだから。あちこちの家を渡り歩いてはいけない。
ルカ15:32 でも、喜んで祝うのは当然じゃないか。おまえのこの弟は、死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに、見つかったんだから。』」
ルカ23:41 おれたちは当然だ。自分のやったことの報いを受けているんだから。でも、この人は何も悪いことをしていない。」
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ8:48 ユダヤ人たちはイエスに答えた。「あなたはサマリア人で、悪霊に取りつかれている。わたしたちがそう言うのも当然じゃないか」
使徒行伝(1か所)
使徒18:14 パウロが口を開こうとすると、ガリオがユダヤ人たちに言った。「ユダヤの人たち、これが何か不正な行いか悪質な犯罪なら、あなたがたの訴えを聞くのも当然だろう。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ3:8 善をもたらすために悪をしよう、なんてこともあり得ない。わたしたちがそう言っていると悪口を言う人や、実際にそう主張する人たちがいる。でも、彼らが罰せられるのは当然だ。
ローマ15:27 彼らは確かに、それを喜んでした。でも同時に、彼らはエルサレムの人たちに借りがある。異邦人が彼らの霊的な恵みを分けてもらったのなら、物質的なもので彼らを助けるのは当然だからだ。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ1:7 あなたがたみんなのことをこう思うのは、当然のことです。あなたがたはいつもわたしの心の中にいるからです。わたしが牢につながれているときも、福音を弁護し、しっかり打ち立てているときも、あなたがたはみんな、わたしと共に神の恵みにあずかる仲間なのです。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:3 兄弟姉妹のみなさん、わたしたちはいつもあなたがたのことで神に感謝しなければなりません。そうするのが当然です。あなたがたの信仰はぐんぐん成長し、一人ひとりが互いに注ぐ愛もあふれているからです。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一5:18 聖書にはこう書いてある。「脱穀している牛に口輪をはめてはならない。」また、「働く人が報酬を受けるのは当然だ。」
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル2:2 天使を通して語られた言葉が確かなもので、あらゆる違反や不従順が当然の報いを受けたのなら、
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録16:6 彼らは、あなたのものである人々や預言者たちの血を流しました。だから、あなたは彼らに血を飲ませたのです。それは当然のことです。」