「実」(じつ)が出てくる聖書の箇所

「実」(じつ)は口語訳の225か所(旧約126・新約99)に出てきます。日常訳第1版では204か所。

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225か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

コロサイ人への手紙(4か所)

コロサイ2:23 これらのことは、ひとりよがりの礼拝れいはいとわざとらしい謙けんそんと、からだの苦行くぎょうとをともなうので、知恵ちえのあるしわざらしく見みえるが、実じつは、ほしいままな肉欲にくよくを防ふせぐのに、なんの役やくにも立たつものではない。

コロサイ4:3 同時どうじにわたしたちのためにも、神かみが御言みことのために門もんを開ひらいて下くださって、わたしたちがキリストの奥義おうぎを語かたれるように(わたしは、実じつは、そのために獄ごくにつながれているのである)、

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一2:20 あなたがたこそ、実じつにわたしたちのほまれであり、喜よろこびである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:5 信心しんじん深ふかい様子ようすをしながらその実じつを捨すてる者ものとなるであろう。こうした人々ひとびとを避さけなさい。

テトスへの手紙(2か所)

テトス1:10 実じつは、法ほうに服ふくさない者もの、空論くうろんに走はしる者もの、人ひとの心こころを惑まどわす者ものが多おおくおり、とくに、割礼かつれいのある者ものの中なかに多おおい。

テトス3:14 わたしたちの仲間なかまも、さし迫せまった必要ひつように備そなえて、努つとめて良よいわざを励はげみ、実じつを結むすばぬ者ものとならないように、心こころがけるべきである。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル2:11 実じつに、きよめるかたも、きよめられる者ものたちも、皆みなひとりのかたから出でている。それゆえに主しゅは、彼かれらを兄弟きょうだいと呼よぶことを恥はじとされない。

ヘブル12:11 すべての訓練くんれんは、当座とうざは、喜よろこばしいものとは思おもわれず、むしろ悲かなしいものと思おもわれる。しかし後あとになれば、それによって鍛きたえられる者ものに、平安へいあんな義ぎの実じつを結むすばせるようになる。

ヘブル12:29 わたしたちの神かみは、実じつに、焼やきつくす火ひである。

ヘブル13:15 だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼かれの御名ぎょめいをたたえるくちびるの実じつを、たえず神かみにささげようではないか。

ヤコブの手紙(5か所)

ヤコブ2:7 あなたがたに対たいして唱となえられた尊とうとい御名ぎょめいを汚けがすのは、実じつに彼かれらではないか。

ヤコブ3:12 わたしの兄弟きょうだいたちよ。いちじくの木きがオリブの実じつを結むすび、ぶどうの木きがいちじくの実じつを結むすぶことができようか。塩水えんすいも、甘あまい水みずを出だすことはできない。

ヤコブ3:17 しかし上うえからの知恵ちえは、第だい一いちに清きよく、次つぎに平和へいわ、寛容かんよう、温順おんじゅんであり、あわれみと良よい実じつとに満みち、かたより見みず、偽いつわりがない。

ヤコブ3:18 義ぎの実じつは、平和へいわを造つくり出だす人ひとたちによって、平和へいわのうちにまかれるものである。

ヤコブ5:18 それから、ふたたび祈いのったところ、天てんは雨あめを降ふらせ、地ちはその実じつをみのらせた。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一2:8 また「つまずきの石いし、妨さまたげの岩いわ」である。しかし、彼かれらがつまずくのは、御言みことに従したがわないからであって、彼かれらは、実じつは、そうなるように定さだめられていたのである。

ペテロ第一2:21 あなたがたは、実じつに、そうするようにと召めされたのである。キリストも、あなたがたのために苦くるしみを受うけ、御足おあしの跡あとを踏ふみ従したがうようにと、模範もはんを残のこされたのである。

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二1:8 これらのものがあなたがたに備そなわって、いよいよ豊ゆたかになるならば、わたしたちの主しゅイエス・キリストを知しる知識ちしきについて、あなたがたは、怠おこたる者もの、実じつを結むすばない者ものとなることはないであろう。

ペテロ第二2:15 彼かれらは正ただしい道みちからはずれて迷まよいに陥おちいり、ベオルの子こバラムの道みちに従したがった。バラムは不義ふぎの実じつを愛あいし、

ヨハネの黙示録(6か所)

黙示録2:2 わたしは、あなたのわざと労苦ろうくと忍耐にんたいとを知しっている。また、あなたが、悪わるい者ものたちをゆるしておくことができず、使徒しとと自称じしょうしてはいるが、その実じつ、使徒しとでない者ものたちをためしてみて、にせ者ものであると見抜みぬいたことも、知しっている。

黙示録3:1 サルデスにある教会きょうかいの御ご使しに、こう書かきおくりなさい。『神かみの七ななつの霊れいと七ななつの星ほしとを持もつかたが、次つぎのように言いわれる。わたしはあなたのわざを知しっている。すなわち、あなたは、生いきているというのは名なだけで、実じつは死しんでいる。

黙示録3:17 あなたは、自分じぶんは富とんでいる、豊ゆたかになった、なんの不ふ自由じゆうもないと言いっているが、実じつは、あなた自身じしんがみじめな者もの、あわれむべき者もの、貧まずしい者もの、目めの見みえない者もの、裸はだかな者ものであることに気きがついていない。

黙示録6:13 天てんの星ほしは、いちじくのまだ青あおい実じつが大風おおふうに揺ゆられて振ふり落おとされるように、地ちに落おちた。

黙示録14:18 さらに、もうひとりの御ご使しで、火ひを支配しはいする権威けんいを持もっている者ものが、祭壇さいだんから出でてきて、鋭するどいかまを持もつ御ご使しにむかい、大声おおごえで言いった、「その鋭するどいかまを地ちに入いれて、地ちのぶどうのふさを刈かり集あつめなさい。ぶどうの実じつがすでに熟じゅくしているから」。

黙示録22:2 都との大通おおどおりの中央ちゅうおうを流ながれている。川かわの両側りょうがわにはいのちの木きがあって、十じゅう二に種しゅの実じつを結むすび、その実じつは毎月まいつきみのり、その木この葉はは諸しょ国民こくみんをいやす。

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