「始まる」(はじまる)が出てくる聖書の箇所
「始まる」(はじまる)は口語訳の23か所(旧約11・新約12)に出てきます。「はじまる」も含みます。日常訳第1版では42か所。
創世記(1か所)
創世記41:54 ヨセフの言ったように七年のききんが始まった。そのききんはすべての国にあったが、エジプト全国には食物があった。
出エジプト記(1か所)
出エジプト9:18 ゆえに、あすの今ごろ、わたしは恐ろしく大きな雹を降らせるであろう。それはエジプトの国が始まった日から今まで、かつてなかったほどのものである。
民数記(3か所)
民数記16:46 モーセはアロンに言った、「あなたは火ざらを取って、それに祭壇から取った火を入れ、その上に薫香を盛り、急いでそれを会衆のもとに持って行って、彼らのために罪のあがないをしなさい。主が怒りを発せられ、疫病がすでに始まったからです」。
民数記16:47 そこで、アロンはモーセの言ったように、それを取って会衆の中に走って行ったが、疫病はすでに民のうちに始まっていたので、薫香をたいて、民のために罪のあがないをし、
民数記34:3 南の方はエドムに接するチンの荒野に始まり、南の境は、東は塩の海の端に始まる。
申命記(1か所)
申命記3:12 その時われわれは、この地を獲た。そしてわたしはアルノン川のほとりのアロエルから始まる地と、ギレアデの山地の半ばと、その町々とは、ルベンびとと、ガドびととに与えた。
ヨシュア記(2か所)
ヨシュア記18:12 すなわち、その北の方の境は、ヨルダンに始まり、エリコの北のわきに上り、また西の方の山地をとおって上り、ベテアベンの荒野に達して尽きる。
ヨシュア記18:15 また南の方は、キリアテ・ヤリムの端に始まり、その境はそこからエフロンにおもむき、ネフトアの水の源に至り、
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書47:5 ガザには髪をそることが始まっている。アシケロンは滅びた。アナクびとの残りの民よ、いつまで自分の身に傷つけるのか。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書42:10 外側のかきは、外庭に始まっている。南の方で、庭と建物との前に、室があった。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書12:1 その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ18:24 決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
ルカによる福音書(4か所)
ルカ9:46 弟子たちの間に、彼らのうちでだれがいちばん偉いだろうかということで、議論がはじまった。
ルカ15:24 このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。
ルカ23:54 この日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。
ルカ24:47 そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ7:22 モーセはあなたがたに割礼を命じたので、(これは、実は、モーセから始まったのではなく、先祖たちから始まったものである)あなたがたは安息日にも人に割礼を施している。
ヨハネ9:32 生れつき盲であった者の目をあけた人があるということは、世界が始まって以来、聞いたことがありません。
使徒行伝(2か所)
使徒1:22 すなわち、ヨハネのバプテスマの時から始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日に至るまで、始終わたしたちと行動を共にした人たちのうち、だれかひとりが、わたしたちに加わって主の復活の証人にならねばならない」。
使徒10:37 それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音を述べたものです。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。
ローマ15:19 しるしと不思議との力、聖霊の力によって、働かせて下さったことの外には、あえて何も語ろうとは思わない。こうして、わたしはエルサレムから始まり、巡りめぐってイルリコに至るまで、キリストの福音を満たしてきた。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一2:7 むしろ、わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。