「十分」(じゅうぶん)が出てくる聖書の箇所

「十分」(じゅうぶん)は日常訳第1版の45か所(旧約31・新約14)に出てきます。「じゅうぶん」も含みます。口語訳では29か所。

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創世記(6か所)

創世記13:6 その地ちは、ふたりがいっしょに住すむには十分じゅうぶんではなかった。財産ざいさんがあまりに多おおく、いっしょに住すむことができなかったのだ。

創世記23:9 彼かれが持もっている畑はたけの端はしにあるマクペラのほら穴あなを、わたしに譲ゆずってください。あなたがたの前まえで、十分じゅうぶんな代金だいきんを払はらいます。そうすれば、それがわたしの墓地ぼちになります。」

創世記33:11 どうかわたしが持もってきた贈おくり物ものを受うけ取とってください。神かみがわたしに恵めぐみを与あたえてくださって、わたしには何なんもかも十分じゅうぶんにあるのですから。」ヤコブがこう言いって強つよくすすめたので、エサウはそれを受うけ取とった。

創世記33:15 エサウは言いった。「では、わたしと一緒いっしょにいる者ものたちのうち、何なん人にんかをあなたのそばに残のこしておこう。」でもヤコブは言いった。「どうしてそんなことを。あなたに親切しんせつにしてもらえるだけで十分じゅうぶんです。」

創世記34:21 この人ひとたちは、わたしたちに対たいして友好ゆうこう的てきだ。だから、この地ちに住すまわせて、あちこちで商売しょうばいをさせよう。見みてのとおり、土地とちは広ひろくて、彼かれらを受うけ入いれるだけの十分じゅうぶんな広ひろさがある。わたしたちは彼かれらの娘むすめを妻つまにめとり、わたしたちの娘むすめを彼かれらに与あたえよう。

創世記45:28 わたしたちのイスラエルは言いった。「もう十分じゅうぶんだ。息子むすこのヨセフがまだ生いきている。わたしは死しぬ前まえに、行いって会あおう。」

出エジプト記(1か所)

出エジプト36:7 材料ざいりょうは、すべての仕事しごとをするのに十分じゅうぶんで、余あまるほどだった。

レビ記(2か所)

レビ記14:32 以上いじょうが、重おもい皮膚ひふ病びょうにかかり、清きよめのための費用ひようを十分じゅうぶんに用意よういできない人ひとについての決きまりである。」

レビ記25:26 買かい戻もどしてくれる親族しんぞくがいない場合ばあいでも、その人ひと自身じしんが豊ゆたかになって、買かい戻もどすのに十分じゅうぶんなお金かねを用意よういできたなら、

民数記(2か所)

民数記28:20 穀物こくもつのささげ物ものは、油あぶらを混まぜた上等じょうとうの小麦こむぎ粉こなで、雄牛おうし一いち頭とうには十分じゅうぶんの三さん、雄羊おひつじ一いち頭とうには十分じゅうぶんの二にをささげる。

民数記29:3 それに添そえる穀物こくもつのささげ物ものは、油あぶらを混まぜた上等じょうとうの小麦こむぎ粉こな。雄牛おうしには十分じゅうぶんの三さんエファ、雄羊おひつじには十分じゅうぶんの二にエファ、

申命記(4か所)

申命記1:6 「わたしたちの神かみ、主しゅはホレブでわたしたちにこう言いわれた。『あなたたちは、もう十分じゅうぶんに長ながくこの山やまにとどまった。

申命記2:3 「この山地さんちの周まわりを回まわるのは、もう十分じゅうぶんだ。北きたへ向むかいなさい。

申命記3:26 しかし主しゅは、あなたたちのせいでわたしに怒おこり、わたしの願ねがいを聞きいてはくださらなかった。主しゅはわたしに言いわれた。「もう十分じゅうぶんだ。このことについて、これ以上いじょうわたしに話はなしてはならない。

申命記26:12 三さん年ねん目め、すなわち十分じゅうぶんの一いちを納おさめる年としに、あなたの収穫しゅうかくのすべての十じゅう分ぶんの一いちを納おさめ終おえたら、それをレビ人びと、寄留きりゅう者しゃ、孤児こじ、やもめに与あたえなさい。彼かれらがあなたの町まちで食たべて満みち足たりるためである。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一8:17 羊ひつじの群むれからも十分じゅうぶんの一いちを取とり立たてる。そしてあなたたち自身じしんも、王おうの奴隷どれいになるのだ。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二24:16 天使てんしがエルサレムに手てを伸のばして、町まちを滅ほろぼそうとしたとき、主しゅはその災わざわいを思おもい直なおされた。そして、民たみを滅ほろぼしている天使てんしに言いわれた。「もう十分じゅうぶんだ。今いま、手てを引ひきなさい。」そのとき、主しゅの天使てんしは、エブス人にんアラウナの打うち場ばのそばにいた。

列王紀上(1か所)

列王紀上19:4 自分じぶんは一日いちにち分ぶんの道みちのりを荒あれ野のへと進すすんで行いった。そして、一いち本ぽんのえにしえの木きの下したまで来きて腰こしを下おろすと、死しなせてほしいと願ねがって言いった。「主しゅよ、もう十分じゅうぶんです。どうかわたしの命いのちを取とってください。わたしは先祖せんぞたちよりましな者ものではありません。」

歴代志上(2か所)

歴代志上21:15 神かみはエルサレムを滅ほろぼすために天使てんしを送おくった。でも天使てんしが滅ほろぼそうとしたそのとき、主しゅはそれをご覧らんになり、この災わざわいを思おもい直なおされた。そして、滅ほろぼそうとしていた天使てんしに言いわれた。「もう十分じゅうぶんだ。今いま、その手てを止とめなさい。」そのとき、主しゅの天使てんしはエブス人にんオルナンの脱穀だっこく場じょうのそばに立たっていた。

歴代志上23:1 ダビデは年老としおいて、じゅうぶんに長ながく生いきた。そして息子むすこのソロモンをイスラエルの王おうとした。

歴代志下(3か所)

歴代志下28:13 こう言いった。「その捕虜ほりょをここに連つれて来きてはならない。あなたたちがしようとしていることは、わたしたちに主しゅの前まえでの責せめを負おわせることだ。わたしたちの罪つみと過あやまちをさらに増ふやそうとしている。わたしたちの罪つみはもう十分じゅうぶんに大おおきく、激はげしい怒いかりがイスラエルに向むかっているのだから。」

歴代志下30:3 本来ほんらいの時期じきに行おこなえなかったからだ。祭司さいしたちが十分じゅうぶんに身みを清きよめておらず、民たみもまだエルサレムに集あつまっていなかった。

歴代志下31:10 ツァドク家かの大だい祭司さいしアザルヤが彼かれにこう答こたえた。「人々ひとびとが主しゅの宮みやに献ささげ物ものを持もって来き始はじめてから、わたしたちは十分じゅうぶんに食たべて満みち足たり、たくさん余あまるほどになりました。主しゅがその民たみを祝福しゅくふくしてくださったからです。この山やまほどの残のこりが、その余あまりなのです。」

ヨブ記(1か所)

ヨブ記5:26 あなたは十分じゅうぶんに年としを重かさねてから墓はかに入はいる。麦むぎの束たばがその季節きせつになって運はこび込こまれるように。

詩篇(1か所)

詩篇78:25 人ひとは天使てんしのパンを食たべた。神かみは彼かれらに、あきるほど十分じゅうぶんな食たべ物ものを送おくった。

箴言(2か所)

箴言30:15 ヒルには二人ふたりの娘むすめがいて、「くれ、くれ」と叫さけぶ。決けっして満足まんぞくしないものが三みっつある。「もう十分じゅうぶんだ」と言いわないものが四よんつある。

箴言30:16 死者ししゃの世界せかいと、子こを宿やどさない胎はらと、水みずに満みたされることのない地ちと、「もう十分じゅうぶんだ」と言いわない火ひである。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書1:11 「おまえたちがささげる、たくさんのいけにえ。それがわたしに何なんになるのか」と主しゅは言いわれる。「雄羊おひつじの焼やき尽つくすささげ物ものも、肥こえた家畜かちくの脂あぶらも、もう十分じゅうぶんだ。雄牛おうしや子羊こひつじや雄おすやぎの血ちを、わたしは望のぞまない。

イザヤ書23:18 だが、その儲もうけと稼かせぎは、主しゅにささげられる聖せいなるものとなる。蓄たくわえられることも、しまい込こまれることもない。その儲もうけは、主しゅの前まえに住すむ者ものたちのものとなり、彼かれらは十分じゅうぶんに食たべ、りっぱな衣ころもを着きる。

哀歌(1か所)

哀歌3:30 打うつ者ものに頬ほおを向むけ、辱はずかしめを十分じゅうぶんに受うけよ。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:26 あなたたちは十分じゅうぶんに食たべて満みち足たり、あなたたちの神かみ、主しゅの名なをたたえる。主しゅは、あなたたちのために驚おどろくようなことをしてくださったからだ。わたしの民たみは、二に度どと恥はじをかくことがない。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ6:34 だから、明日あすのことを心配しんぱいするのはやめなさい。明日あすのことは、明日あすが心配しんぱいしてくれる。その日ひの苦労くろうは、その日ひだけで十分じゅうぶんだ。

マタイ10:25 弟子でしが師しのようになり、しもべが主人しゅじんのようになれば、それで十分じゅうぶんだ。家いえの主人しゅじんがベルゼブルと呼よばれたのなら、その家いえの者ものたちはなおさらひどく言いわれるだろう。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ6:40 弟子でしは先生せんせいより上うえではない。しかし、十分じゅうぶんに学まなんだ人ひとはみな、自分じぶんの先生せんせいのようになる。

ルカ11:42 でも、あなたたちファリサイ派はの人ひとは不幸ふこうだ。ミントやヘンルーダなど、あらゆる野菜やさいは十分じゅうぶんの一いちをきちんと納おさめる。それなのに、正ただしい裁さばきと神かみへの愛あいはおろそかにしている。こちらこそ行おこなうべきなのに、あちらもおろそかにしてはいけなかったのだ。

ルカ22:38 弟子でしたちは「主しゅよ、見みてください。ここに剣けんが二に本ぽんあります」と言いった。イエスは「それで十分じゅうぶんだ」と言いった。

ヨハネによる福音書(3か所)

ヨハネ2:10 こう言いった。「だれでも、まず良よいぶどう酒しゅを出だして、客きゃくが十分じゅうぶんに飲のんで酔よいがまわってから、質しつの落おちるものを出だすものだ。それなのに、あなたは今いままで良よいぶどう酒しゅをとっておいたんですね。」

ヨハネ6:12 人々ひとびとがじゅうぶんに食たべ終おわると、イエスは弟子でしたちに言いった。「余あまったパンくずを集あつめなさい。少すこしもむだにしないためだ。」

ヨハネ14:8 ピリポがイエスに言いった。「主しゅよ、わたしたちに父ちちを見みせてください。そうすれば、それで十分じゅうぶんです。」

使徒行伝(1か所)

使徒27:38 みんなは十分じゅうぶんに食事しょくじをとると、麦むぎを海うみに投なげ捨すてて船ふねを軽かるくした。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二2:6 そういう人ひとには、多おおくの人ひとから受うけたあの罰ばつで、もう十分じゅうぶんだ。

コリント第二12:9 すると主しゅはこう言いわれた。「わたしの恵めぐみは、あなたに十分じゅうぶんだ。わたしの力ちからは、弱よわさの中なかでこそ完全かんぜんに発揮はっきされるのだから。」だから、わたしはむしろ、自分じぶんの弱よわさを喜よろこんで誇ほころう。キリストの力ちからがわたしに宿やどるように。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ4:18 わたしは何なんもかも受うけ取とって、満みち足たりている。エパフロディトを通とおしてあなたたちからの品しなを受うけ取とり、必要ひつような以上いじょうに十分じゅうぶんだ。それは、よい香かおりのささげ物ものであり、神かみが喜よろこんで受うけ入いれてくださる供そなえ物ものだ。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一6:1 重おもい務つとめのもとで奴隷どれいとして働はたらいている人ひとはみな、自分じぶんの主人しゅじんを十分じゅうぶんに敬ううやまうべきだと考かんがえなさい。神かみの名なと教おしえが悪わるく言いわれないためだ。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:17 それは、神かみに仕つかえる人ひとが十分じゅうぶんに整ととのえられ、どんな良よい働はたらきにもしっかり備そなえられるためだ。

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