「動かす」(うごかす)が出てくる聖書の箇所
「動かす」(うごかす)は口語訳の34か所(旧約29・新約5)に出てきます。日常訳第1版では39か所。
サムエル記上(2か所)
サムエル第一10:26 サウルもまたギベアにある彼の家に帰った。そして神にその心を動かされた勇士たちも彼と共に行った。
サムエル第一26:19 王、わが君よ、どうぞ、今しもべの言葉を聞いてください。もし主があなたを動かして、わたしの敵とされたのであれば、どうぞ主が供え物を受けて和らいでくださるように。もし、それが人であるならば、どうぞその人々が主の前にのろいを受けるように。彼らが『おまえは行って他の神々に仕えなさい』と言って、きょう、わたしを追い出し、主の嗣業にあずかることができないようにしたからです。
列王紀下(1か所)
列王紀下5:11 しかしナアマンは怒って去り、そして言った、「わたしは、彼がきっとわたしのもとに出てきて立ち、その神、主の名を呼んで、その箇所の上に手を動かして、らい病をいやすのだろうと思った。
歴代志上(2か所)
歴代志上16:30 全地よ、そのみ前におののけ。世界は堅く立って、動かされることはない。
歴代志上21:1 時にサタンが起ってイスラエルに敵し、ダビデを動かしてイスラエルを数えさせようとした。
ヨブ記(3か所)
ヨブ記9:6 彼が、地を震い動かしてその所を離れさせられると、その柱はゆらぐ。
ヨブ記40:17 これはその尾を香柏のように動かし、そのももの筋は互にからみ合う。
ヨブ記41:23 その肉片は密接に相連なり、固く身に着いて動かすことができない。
詩篇(14か所)
詩篇10:6 彼は心の内に言う、「わたしは動かされることはなく、世々わざわいにあうことがない」と。
詩篇13:4 わたしの敵は「わたしは敵に勝った」と言い、わたしのあだは、わたしの動かされることによって喜ぶでしょう。
詩篇15:5 利息をとって金銭を貸すことなく、まいないを取って罪のない者の不利をはかることをしない人である。これらの事を行う者はとこしえに動かされることはない。
詩篇16:8 わたしは常に主をわたしの前に置く。主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない。
詩篇21:7 王は主に信頼するゆえ、いと高き者のいつくしみをこうむって、動かされることはない。
詩篇30:6 わたしは安らかな時に言った、「わたしは決して動かされることはない」と。
詩篇55:22 あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。
詩篇62:2 神こそわが岩、わが救、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。
詩篇62:6 神こそわが岩、わが救、わが高きやぐらである。わたしは動かされることはない。
詩篇93:1 主は王となり、威光の衣をまとわれます。主は衣をまとい、力をもって帯とされます。まことに、世界は堅く立って、動かされることはありません。
詩篇96:10 もろもろの国民の中に言え、「主は王となられた。世界は堅く立って、動かされることはない。主は公平をもってもろもろの民をさばかれる」と。
詩篇112:6 正しい人は決して動かされることなく、とこしえに覚えられる。
詩篇121:3 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。
詩篇125:1 主に信頼する者は、動かされることなくて、とこしえにあるシオンの山のようである。
箴言(2か所)
箴言10:4 手を動かすことを怠る者は貧しくなり、勤め働く者の手は富を得る。
箴言10:30 正しい者はいつまでも動かされることはない、悪しき者は、地に住むことができない。
イザヤ書(5か所)
イザヤ書7:2 時に「スリヤがエフライムと同盟している」とダビデの家に告げる者があったので、王の心と民の心とは風に動かされる林の木のように動揺した。
イザヤ書10:14 わが手は巣を取るように、もろもろの民の富を得た。またわたしは人々が捨てられた卵を集めるように、全地を取り集めた。あるいは翼を動かし、あるいは口を開き、あるいはぺちゃくちゃ言う者もなかった」。
イザヤ書10:15 おのは、それを用いて切る者にむかって、自分を誇ることができようか。のこぎりは、それを動かす者にむかって、みずから高ぶることができようか。これはあたかも、むちが自分をあげる者を動かし、つえが木でない者をあげようとするのに等しい。
イザヤ書14:16 あなたを見る者はつくづくあなたを見、あなたに目をとめて言う、『この人は地を震わせ、国々を動かし、
イザヤ書23:11 主はその手を海の上に伸べて国々を震い動かされた。主はカナンについて詔を出し、そのとりでをこわされた。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ23:4 また、重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ5:4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕
使徒行伝(1か所)
使徒2:25 ダビデはイエスについてこう言っている、『わたしは常に目の前に主を見た。主は、わたしが動かされないため、わたしの右にいて下さるからである。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一15:58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二2:2 霊により、あるいは言葉により、あるいはわたしたちから出たという手紙によって、主の日はすでにきたとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、あわてたりしてはいけない。