「だちょう」が出てくる聖書の箇所
「だちょう」は日常訳第1版の12か所(旧約12・新約0)に出てきます。「駝鳥」も含みます。口語訳では10か所。
レビ記(1か所)
レビ記11:16 だちょう、よたか、かもめ、たかの類、
申命記(1か所)
申命記14:15 だちょう、よたか、かもめ、それぞれの種類のたか、
ヨブ記(4か所)
ヨブ記30:29 わたしは山犬の兄弟となり、ダチョウの仲間になった。
ヨブ記39:13 だちょうは翼を勢いよく羽ばたかせる。でも、こうのとりのような立派な翼や羽があるわけではない。
ヨブ記39:15 卵が足で踏みつぶされることも、野の獣に踏み荒らされることも、ダチョウは忘れてしまう。
ヨブ記39:16 ダチョウは自分のひなに冷たく、まるでわが子でないかのように扱う。その苦労がむだになっても、気にとめない。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書13:21 そこには荒野の獣が伏し、家々はわめく生き物で満ちる。だちょうがそこに住みつき、雄やぎがそこで跳ねまわる。
イザヤ書34:13 その宮殿にはいばらが生い茂り、砦にはあざみやとげのある雑草がはびこる。そこはジャッカルのすみかとなり、だちょうの住む場所となる。
イザヤ書43:20 野の獣も、山犬も、だちょうも、わたしをあがめる。わたしが荒れ野に水を、砂漠に川を与え、わたしが選んだ民に飲ませるからだ。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書50:39 だから、そこには荒れ野の獣と山犬が住みつき、だちょうが住む。もう二度と人が住むことはなく、代々にわたって人の暮らす場所ではなくなる。
哀歌(1か所)
哀歌4:3 山犬でさえ乳房をふくませ、自分の子を育てる。それなのに、わたしの民の娘は、荒れ野のダチョウのように無情になってしまった。
ミカ書(1か所)
ミカ書1:8 このことのために、わたしは嘆き、泣き叫ぶ。服も履き物もなく、裸で歩き回る。ジャッカルのように吠え、だちょうのように悲しみの声をあげる。