「いでる」が出てくる聖書の箇所

「いでる」は口語訳の68か所(旧約33・新約35)に出てきます。「出でる」も含みます。日常訳第1版では12か所。

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創世記(2か所)

創世記18:5 わたしは一口ひとくちのパンを取とってきます。元気げんきをつけて、それからお出でかけください。せっかくしもべの所ところにおいでになったのですから」。彼かれらは言いった、「お言葉ことばどおりにしてください」。

創世記33:14 わが主しゅよ、どうか、しもべの先さきにおいでください。わたしはわたしの前まえにいる家畜かちくと子供こどもたちの歩あゆみに合あわせて、ゆっくり歩あるいて行いき、セイルでわが主しゅと一緒いっしょになりましょう」。

民数記(5か所)

民数記10:29 さて、モーセは、妻つまの父ちち、ミデヤンびとリウエルの子こホバブに言いった、「わたしたちは、かつて主しゅがおまえたちに与あたえると約束やくそくされた所ところに向むかって進すすんでいます。あなたも一緒いっしょにおいでください。あなたが幸福こうふくになられるようにいたしましょう。主しゅがイスラエルに幸福こうふくを約束やくそくされたのですから」。

民数記10:32 もしあなたが一緒いっしょにおいでくださるなら、主しゅがわたしたちに賜たまわる幸福こうふくをあなたにも及およぼしましょう」。

民数記22:16 彼かれらはバラムのところへ行いって言いった、「チッポルの子こバラクはこう申もうします、『どんな妨さまたげをも顧かえりみず、どうぞわたしのところへおいでください。

民数記23:27 バラクはバラムに言いった、「どうぞ、おいでください。わたしはあなたをほかの所ところへお連つれしましょう。神かみはあなたがそこからわたしのために彼かれらをのろうことを許ゆるされるかもしれません」。

民数記27:21 彼かれは祭司さいしエレアザルの前まえに立たち、エレアザルは彼かれのためにウリムをもって、主しゅの前まえに判断はんだんを求もとめなければならない。ヨシュアとイスラエルの人々ひとびとの全ぜん会衆かいしゅうとはエレアザルの言葉ことばに従したがっていで、エレアザルの言葉ことばに従したがってはいらなければならない」。

申命記(1か所)

申命記32:22 わたしの怒いかりによって、火ひは燃もえいで、陰府よみの深ふかみにまで燃もえ行いき、地ちとその産物さんぶつとを焼やきつくし、山々やまやまの基もとを燃もやすであろう。

ヨシュア記(3か所)

ヨシュア記3:10 そしてヨシュアは言いった、「生いける神かみがあなたがたのうちにおいでになり、あなたがたの前まえから、カナンびと、ヘテびと、ヒビびと、ペリジびと、ギルガシびと、アモリびと、エブスびとを、必かならず追おい払はらわれることを、次つぎのことによって、あなたがたは知しるであろう。

ヨシュア記7:14 それゆえ、あすの朝あさ、あなたがたは部族ぶぞくごとに進すすみ出でなければならない。そして主しゅがくじを当あてられる部族ぶぞくは、氏族しぞくごとに進すすみいで、主しゅがくじを当あてられる氏族しぞくは、家族かぞくごとに進すすみいで、主しゅがくじを当あてられる家族かぞくは、男おとこひとりびとり進すすみ出でなければならない。

ヨシュア記19:27 それから東ひがしに折おれて、ベテダゴンに至いたり、北きたの方ほうゼブルンと、イプタエルの谷たにに達たっし、ベテエメクおよびネイエルに至いたり、北きたはカブルにいで、

士師記(4か所)

士師記4:22 バラクがシセラを追おってきたとき、ヤエルは彼かれを出迎でむかえて言いった、「おいでなさい。あなたが求もとめている人ひとをお見みせしましょう」。彼かれがヤエルの天幕てんまくにはいって見みると、シセラはこめかみにくぎを打うたれて倒たおれて死しんでいた。

士師記16:18 デリラはサムソンがその心こころをことごとく打うち明あけたのを見み、人ひとをつかわしてペリシテびとの君きみたちを呼よんで言いった、「サムソンはその心こころをことごとくわたしに打うち明あけましたから、今度こんどこそ上のぼっておいでなさい」。そこでペリシテびとの君きみたちは、銀ぎんを携たずさえて女おんなのもとに上のぼってきた。

士師記17:9 ミカは彼かれに言いった、「あなたはどこからおいでになりましたか」。彼かれは言いった、「わたしはユダのベツレヘムのレビびとですが、住すむべきところを尋たずねて旅たびをしているのです」。

士師記19:17 彼かれは目めをあげて、町まちの広場ひろばに旅人たびびとのおるのを見みた。老人ろうじんは言いった、「あなたはどこへ行いかれるのですか。どこからおいでになりましたか」。

列王紀上(1か所)

列王紀上17:18 彼女かのじょはエリヤに言いった、「神かみの人ひとよ、あなたはわたしに、何なんの恨うらみがあるのですか。あなたはわたしの罪つみを思おもい出ださせるため、またわたしの子こを死しなせるためにおいでになったのですか」。

歴代志下(2か所)

歴代志下13:3 ここにアビヤとヤラベアムとの間あいだに戦争せんそうが起おこり、アビヤは四十よんじゅう万まんの精兵せいへいから成なる勇敢ゆうかんな軍勢ぐんぜいをもって戦たたかいにいで、ヤラベアムも大だい勇士ゆうしから成なる八十はちじゅう万まんの精兵せいへいをもって、これに向むかって戦たたかいの備そなえをした。

歴代志下29:20 そこでヒゼキヤ王おうは朝あさ早はやく起おきいで、町まちのつかさたちを集あつめて、主しゅの宮みやに上のぼって行いき、

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記6:7 またあなたは預言よげん者しゃを立たてて、あなたのことをエルサレムにのべ伝つたえさせ、『ユダに王おうがある』と言いわせているが、そのことはこの言葉ことばのとおり王おうに聞きこえるでしょう。それゆえ、今いまおいでなさい。われわれは共ともに相談そうだんしましょう」。

エステル記(1か所)

エステル記5:14 その時とき、妻つまゼレシとすべての友ともは彼かれに言いった、「高たかさ五十ごじゅうキュビトの木きを立たてさせ、あすの朝あさ、モルデカイをその上うえに掛かけるように王おうに申もうし上あげなさい。そして王おうと一緒いっしょに楽たのしんでその酒宴しゅえんにおいでなさい」。ハマンはこの事ことをよしとして、その木きを立たてさせた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記41:19 その口くちからは、たいまつが燃もえいで、火花ひばなをいだす。

詩篇(5か所)

詩篇73:7 彼かれらは肥こえ太ふとって、その目めはとびいで、その心こころは愚おろかな思おもいに満みちあふれている。

詩篇78:20 見みよ、神かみが岩いわを打うたれると、水みずはほとばしりいで、流ながれがあふれた。神かみはまたパンを与あたえることができるだろうか。民たみのために肉にくを備そなえることができるだろうか」と。

詩篇92:7 たとい、悪あしき者ものは草くさのようにもえいで、不義ふぎを行おこなう者ものはことごとく栄さかえても、彼かれらはとこしえに滅ほろびに定さだめられているのです。

詩篇113:3 日ひのいずるところから日ひの入はいるところまで、主しゅのみ名なはほめたたえられる。

詩篇114:1 イスラエルがエジプトをいで、ヤコブの家いえが異言いげんの民たみを離はなれたとき、

箴言(1か所)

箴言3:20 その知識ちしきによって海うみはわきいで、雲くもは露ろをそそぐ。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書35:6 その時とき、足あしなえは、しかのように飛とび走はしり、おしの舌したは喜び歌うよろこびうたう。それは荒野こうやに水みずがわきいで、さばくに川かわが流ながれるからである。

イザヤ書62:1 シオンの義ぎが朝日あさひの輝かがやきのようにあらわれいで、エルサレムの救すくいが燃もえるたいまつの様ようになるまで、わたしはシオンのために黙もくせず、エルサレムのために休やすまない。

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書40:4 見みよ、わたしはきょう、あなたの手ての鎖くさりを解といてあなたを釈放しゃくほうする。もしあなたがわたしと一緒いっしょにバビロンへ行いくのが良よいと思おもわれるなら、おいでなさい。わたしは、じゅうぶんあなたの世話せわをします。もしあなたがわたしと一緒いっしょにバビロンには行いきたくないなら、行いかなくてもよろしい。見みよ、この地ちはみなあなたの前まえにあります、あなたが良よいと思おもい、正ただしいと思おもう所ところに行いきなさい。

エレミヤ書41:6 ネタニヤの子こイシマエルはミヅパから泣なきながら出でてきて彼かれらを迎むかえ、彼かれらに会あって、「アヒカムの子こゲダリヤのもとにおいでなさい」と言いった。

ホセア書(1か所)

ホセア書6:3 わたしたちは主しゅを知しろう、せつに主しゅを知しることを求もとめよう。主しゅはあしたの光ひかりのように必かならず現あらわれいで、冬ふゆの雨あめのように、わたしたちに臨のぞみ、春はるの雨あめのように地ちを潤うるおされる」。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:22 野ののもろもろの獣けものよ、恐おそるな。荒野こうやの牧草ぼくそうはもえいで、木きはその実じつを結むすび、いちじくの木きとぶどうの木きとは豊ゆたかに実みのる。

マタイによる福音書(9か所)

マタイ3:14 ところがヨハネは、それを思おもいとどまらせようとして言いった、「わたしこそあなたからバプテスマを受うけるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。

マタイ6:6 あなたは祈いのる時とき、自分じぶんのへやにはいり、戸とを閉とじて、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに祈いのりなさい。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

マタイ6:18 それは断食だんじきをしていることが人ひとに知しれないで、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに知しられるためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいて下くださるであろう。

マタイ8:19 するとひとりの律法りっぽう学がく者しゃが近ちかづいてきて言いった、「先生せんせい、あなたがおいでになる所ところなら、どこへでも従したがってまいります」。

マタイ9:18 これらのことを彼かれらに話はなしておられると、そこにひとりの会堂かいどう司しがきて、イエスを拝はいして言いった、「わたしの娘むすめがただ今いま死しにました。しかしおいでになって手てをその上うえにおいてやって下ください。そうしたら、娘むすめは生いき返かえるでしょう」。

マタイ14:29 イエスは、「おいでなさい」と言いわれたので、ペテロは舟ふねからおり、水みずの上うえを歩あるいてイエスのところへ行いった。

マタイ21:5 すなわち、「シオンの娘むすめに告つげよ、見みよ、あなたの王おうがおいでになる、柔和にゅうわなおかたで、ろばに乗のって、くびきを負おうろばの子こに乗のって」。

マタイ22:4 そこでまた、ほかの僕ぼくたちをつかわして言いった、『招まねかれた人ひとたちに言いいいなさい。食事しょくじの用意よういができました。牛うしも肥こえた獣けものもほふられて、すべての用意よういができました。さあ、婚こん宴えんにおいでください』。

マタイ24:3 またオリブ山さんですわっておられると、弟子でしたちが、ひそかにみもとにきて言いった、「どうぞお話はなしください。いつ、そんなことが起おこるのでしょうか。あなたがまたおいでになる時ときや、世よの終おわりには、どんな前兆ぜんちょうがありますか」。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ1:7 彼かれは宣のべ伝つたえて言いった、「わたしよりも力ちからのあるかたが、あとからおいでになる。わたしはかがんで、そのくつのひもを解とく値ねうちもない。

マルコ5:23 しきりに願ねがって言いった、「わたしの幼おさない娘むすめが死しにかかっています。どうぞ、その子こがなおって助たすかりますように、おいでになって、手てをおいてやってください」。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ3:16 そこでヨハネはみんなの者ものにむかって言いった、「わたしは水みずでおまえたちにバプテスマを授さずけるが、わたしよりも力ちからのあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解とく値ねうちもない。このかたは、聖霊せいれいと火ひとによっておまえたちにバプテスマをお授さずけになるであろう。

ルカ7:11 そののち、間まもなく、ナインという町まちへおいでになったが、弟子でしたちや大おおぜいの群衆ぐんしゅうも一緒いっしょに行いった。

ルカ8:41 するとそこに、ヤイロという名なの人ひとがきた。この人ひとは会堂かいどう司しであった。イエスの足あしもとにひれ伏ふして、自分じぶんの家いえにおいでくださるようにと、しきりに願ねがった。

ルカ9:57 道みちを進すすんで行いくと、ある人ひとがイエスに言いった、「あなたがおいでになる所ところならどこへでも従したがってまいります」。

ルカ14:17 晩餐ばんさんの時刻じこくになったので、招まねいておいた人ひとたちのもとに僕ぼくを送おくって、『さあ、おいでください。もう準備じゅんびができましたから』と言いわせた。

ルカ23:42 そして言いった、「イエスよ、あなたが御お国くにの権威けんいをもっておいでになる時ときには、わたしを思おもい出だしてください」。

ヨハネによる福音書(10か所)

ヨハネ1:27 それがわたしのあとにあとにおいでになる方かたであって、わたしはその人ひとのくつのひもを解とく値ねうちもない」。

ヨハネ4:5 そこで、イエスはサマリヤのスカルという町まちにおいでになった。この町まちは、ヤコブがその子こヨセフに与あたえた土地とちの近ちかくにあったが、

ヨハネ6:17 舟ふねに乗のって海うみを渡わたり、向むこう岸ぎしのカペナウムに行いきかけた。すでに暗くくらくなっていたのに、イエスはまだ彼かれらのところにおいでにならなかった。

ヨハネ6:25 そして、海うみの向むこう岸ぎしでイエスに出会であったので言いった、「先生せんせい、いつ、ここにおいでになったのですか」。

ヨハネ11:28 マルタはこう言いってから、帰かえって姉妹しまいのマリヤを呼よび、「先生せんせいがおいでになって、あなたを呼よんでおられます」と小声こごえで言いった。

ヨハネ12:15 「シオンの娘むすめよ、恐おそれるな。見みよ、あなたの王おうがろばの子こに乗のっておいでになる」と書かいてあるとおりであった。

ヨハネ12:34 すると群衆ぐんしゅうはイエスにむかって言いった、「わたしたちは律法りっぽうによって、キリストはいつまでも生いきておいでになるのだ、と聞きいていました。それだのに、どうして人ひとの子こは上あげられねばならないと、言いわれるのですか。その人ひとの子ことは、だれのことですか」。

ヨハネ13:36 シモン・ペテロがイエスに言いった、「主しゅよ、どこへおいでになるのですか」。イエスは答こたえられた、「あなたはわたしの行いくところに、今いまはついて来くることはできない。しかし、あとになってから、ついて来くることになろう」。

ヨハネ14:5 トマスはイエスに言いった、「主しゅよ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道みちがわかるでしょう」。

ヨハネ16:27 父ちちご自身じしんがあなたがたを愛あいしておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛あいしたため、また、わたしが神かみのみもとからきたことを信しんじたためである。

使徒行伝(6か所)

使徒1:11 言いった、「ガリラヤの人ひとたちよ、なぜ天てんを仰あおいで立たっているのか。あなたがたを離はなれて天てんに上あげられたこのイエスは、天てんに上のぼって行いかれるのをあなたがたが見みたのと同おなじ有様ありさまで、またおいでになるであろう」。

使徒7:56 そこで、彼かれは「ああ、天てんが開あけて、人ひとの子こが神かみの右みぎに立たっておいでになるのが見みえる」と言いった。

使徒9:38 ルダはヨッパに近ちかかったので、弟子でしたちはペテロがルダにきていると聞ききき、ふたりの者ものを彼かれのもとにやって、「どうぞ、早はやくこちらにおいで下ください」と頼たのんだ。

使徒10:21 そこでペテロは、その人ひとたちのところに降おりて行いって言いった、「わたしがお尋たずねのペテロです。どんなご用ようでおいでになったのですか」。

使徒10:33 それで、早速さっそくあなたをお呼よびしたのです。ようこそおいで下くださいました。今いまわたしたちは、主しゅがあなたにお告つげになったことを残のこらず伺うかがおうとして、みな神かみのみ前まえにまかり出でているのです」。

使徒17:27 こうして、人々ひとびとが熱心ねっしんに追おい求もとめて捜さがしさえすれば、神かみを見みいだせるようにして下くださった。事実じじつ、神かみはわれわれひとりびとりから遠とおく離はなれておいでになるのではない。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ11:36 万物ばんぶつは、神かみからいで、神かみによって成なり、神かみに帰きするのである。栄光えいこうがとこしえに神かみにあるように、アァメン。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二4:6 「やみの中なかから光ひかりが照てりいでよ」と仰おおせになった神かみは、キリストの顔かおに輝かがやく神かみの栄光えいこうの知識ちしきを明あきらかにするために、わたしたちの心こころを照しょうして下くださったのである。

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