聖書の「責任」について
自分の責任を他人に押しつけようとした人々の例と、各人が負う責任について教える聖句です。
関連する聖句46箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 RESPONSIBILITY)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。
責任を転嫁しようとする
アダム
創世記3:12 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。
エバ
創世記3:13 そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。
サライ
創世記16:5 そこでサライはアブラムに言った、「わたしが受けた害はあなたの責任です。わたしのつかえめをあなたのふところに与えたのに、彼女は自分のはらんだのを見て、わたしを見下さげます。どうか、主があなたとわたしの間をおさばきになるように」。
エサウ
創世記27:36 エサウは言った、「よくもヤコブと名づけたものだ。彼は二度までもわたしをおしのけた。さきには、わたしの長子の特権を奪い、こんどはわたしの祝福を奪った」。また言った、「あなたはわたしのために祝福を残しておかれませんでしたか」。
アロン
出エジプト32:22-24 アロンは言った、「わが主よ、激しく怒らないでください。この民の悪いのは、あなたがごぞんじです。 …
サウル
サムエル第一15:20 サウルはサムエルに言った、「わたしは主の声に聞き従い、主がつかわされた使命を帯びて行き、アマレクの王アガグを連れてきて、アマレクびとを滅ぼし尽しました。
ポンテオ・ピラト
マタイ27:24 ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい」。
イエスの死の責任を自ら負ったユダヤ人
マタイ27:25 すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」。
個人の責任
エゼキエル書18:20、エゼキエル書18:30、マタイ12:37、ヨハネ9:41、ヨハネ15:22-24、コリント第一3:8、コリント第一3:13-15、ガラテヤ6:5、黙示録2:23
エゼキエル書18:20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。
与えられた特権に応じた責任
エゼキエル書18:1-30、エゼキエル書33:1-19、マタイ10:11-15、マタイ11:20-24、マタイ12:41、マタイ12:42、マタイ23:31-35、マタイ25:14-30、マルコ6:11、ルカ9:5、ルカ10:10-15、ルカ11:31、ルカ11:32、ルカ11:49-51、ルカ13:6-9、ルカ19:12-27、ルカ21:1-4、ヨハネ3:18、ヨハネ3:19、ヨハネ12:48、ヨハネ15:22、ヨハネ15:24、使徒17:30、使徒17:31、ローマ12:3、ローマ12:6-8、エペソ4:7、テモテ第一6:20
エゼキエル書18:1-30 主の言葉がわたしに臨んだ、 …