聖書の「自己欺瞞」について
自分は正しい、清い、富んでいると思い込む自己欺瞞の姿と、その行き着く結末を示す聖句をまとめています。
関連する聖句37箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 SELF-DELUSION)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。
悪人の特徴
詩篇49:18 生きている間、その人は自分の魂を祝福する。うまくやっていれば、人はあなたをほめたたえる。
繁栄はしばしば自己欺瞞を招く
詩篇30:6 わたしは順調なとき、こう思っていた。「わたしは決してゆらがない」と。
かたくなな罪人はしばしば自己欺瞞にゆだねられる
詩篇81:11、詩篇81:12、ホセア書4:17、テサロニケ第二2:10、テサロニケ第二2:11
詩篇81:11 でも、わたしの民はわたしの声を聞こうとしなかった。イスラエルはわたしを受け入れようとしなかった。
次のように思い込むことに現れる
自分の道は正しい
箴言14:12 人には正しく見える道がある。でも、その行き着く先は、死の道だ。
以前からの悪い習わしを守り続けるべきだ
エレミヤ書44:17 わたしたちは、自分の口から出た言葉のとおり、必ず天の女王に香をたき、彼女に注ぎのささげ物をする。わたしたちも、わたしたちの先祖も、王たちも高官たちも、ユダの町々とエルサレムの通りでそうしてきた。あのころは、パンに満ち足り、幸せで、災いにも遭わなかった。
自分は清い
箴言30:12 自分では清いと思っているのに、その汚れを洗い落としていない者たちがいる。
自分はほかの人よりもすぐれている
ルカ18:11 ファリサイ派の人は立って、心の中でこう祈った。『神さま、感謝します。わたしはほかの人たちのように、奪い取ったり、不正をしたり、不倫をしたりしません。あそこにいる取税人のようでもありません。
自分は霊的に富んでいる
黙示録3:17 あなたは、「わたしは豊かだ。富を築いた。何も必要ない」と言っている。しかし、あなた自身が実はみじめで、あわれで、貧しく、目が見えず、裸であることに気づいていない。
罪の中にいても平安でいられる
申命記29:19 そのような者は、この誓いの言葉を聞いても、心の中で自分は安全だと思い込み、こう言うだろう。「わたしは大丈夫だ。かたくなな心のままに進んでも、無事でいられる」と。しかし、それは潤った地も渇いた地も、共に滅ぼすことになる。
自分はわざわいにあわない
詩篇10:6 彼は心の中でこう思っている。「わたしは決してぐらつかない。どんな時代になっても、災いに遭うことはない」と。
賜物があれば天国にはいれる
マタイ7:21 わたしに向かって『主よ、主よ』と言う人がみな天の国に入れるわけではない。わたしの天の父が望むことを実際に行う人が入れるのだ。
特権があれば天国にはいれる
マタイ3:9 それに、「自分たちの父はアブラハムだ」なんて心の中で思わないでほしい。よく聞いてほしい。神はこの石ころからでも、アブラハムの子どもを起こすことができるのだ。
神は罪を罰されない
キリストは自分をさばきに来られない
自分のいのちは延ばされる
しばしば最後まで続く
マタイ7:22、マタイ25:11、マタイ25:12、ルカ13:24、ルカ13:25
その致命的な結果
マタイ7:23、マタイ24:48-51、ルカ12:20、テサロニケ第一5:3