「道のり」(みちのり)が出てくる聖書の箇所
「道のり」(みちのり)は日常訳第1版の16か所(旧約15・新約1)に出てきます。「道程」も含みます。口語訳では5か所。
創世記(4か所)
創世記31:23 ラバンは身内の者を率いて、七日の道のりを彼のあとを追い、ギレアデの山地で追いついた。
創世記35:3 われわれは立ってベテルに上ろう。そして、わたしが苦しんでいたとき、わたしの願いにこたえ、歩む道のりでいつも一緒にいてくださった神のために、そこに祭壇を築こう。」
創世記35:16 一行はベテルを出発した。エフラタまではまだ少し道のりがあったが、そこでラケルが産気づき、ひどく苦しい出産になった。
創世記48:7 わたしがパダンから帰る途中、ラケルはカナンの地で死んでしまった。エフラタまではまだ道のりが残っていた。わたしはそこ、エフラタ、つまりベツレヘムへ向かう道のかたわらに彼女を葬った。」
出エジプト記(3か所)
出エジプト3:18 長老たちはあなたの言うことを聞くだろう。そうしたら、あなたとイスラエルの長老たちはエジプトの王のところへ行って、こう言いなさい。『ヘブライ人の神である主が、わたしたちに出会ってくださいました。どうか、わたしたちを荒れ野へ三日の道のりだけ行かせてください。わたしたちの神、主にいけにえをささげたいのです』と。
出エジプト5:3 二人は言った。「ヘブライ人の神が、わたしたちに現れました。どうか、荒れ野へ三日の道のりを行かせてください。わたしたちの神、主にいけにえをささげるためです。そうしないと、神は疫病か剣で、わたしたちを打たれるかもしれません。」
出エジプト8:27 わたしたちは荒れ野へ三日の道のりを行き、神である主が命じられるとおりに、主にいけにえをささげます。」
民数記(4か所)
民数記10:33 こうして彼らは、主の山を出発し、三日の道のりを進んだ。主の契約の箱は、彼らの休む場所を探すため、三日の道のりの間、先頭に立って進んだ。
民数記11:31 さて、主のもとから風が起こり、海の方からうずらを運んで来た。そして宿営の周りに、こちらに一日の道のり、あちらに一日の道のりほどの広さで、地面の上およそ二キュビトの高さに降り積もらせた。
民数記33:1 これは、イスラエルの人々がモーセとアロンに導かれ、部隊ごとにエジプトの地を出てから旅をした道のりの記録である。
民数記33:2 モーセは主の命令によって、彼らが宿営地を出発するたびに、その旅の記録を書き留めた。彼らの旅は、次のような道のりだった。
申命記(2か所)
申命記1:2 ホレブからセイル山を通ってカデシュ・バルネアまでは、十一日の道のりである。
申命記8:2 この四十年の間、主があなたを荒れ野で導いてこられた道のりを、すべて思い起こしなさい。それは、あなたを苦しめて試し、あなたの心の中にあるもの、つまりあなたが主の戒めを守るかどうかを知るためだった。
列王紀上(1か所)
列王紀上19:4 自分は一日分の道のりを荒れ野へと進んで行った。そして、一本のえにしえの木の下まで来て腰を下ろすと、死なせてほしいと願って言った。「主よ、もう十分です。どうかわたしの命を取ってください。わたしは先祖たちよりましな者ではありません。」
イザヤ書(1か所)
イザヤ書57:10 長い道のりに、お前は疲れ果てた。それでも「もう望みはない」とは言わなかった。自分の力がよみがえるのを感じ、弱り果てることはなかった。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ2:44 イエスも一行の中にいるものと思い込み、一日分の道のりを進んでしまった。それから、親類や知り合いの間を捜し歩いた。