「進む」(すすむ)が出てくる聖書の箇所

「進む」(すすむ)は口語訳の240か所(旧約199・新約41)に出てきます。「すすむ」も含みます。日常訳第1版では322か所。

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240か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

マタイによる福音書(7か所)

マタイ4:21 そこから進すすんで行いかれると、ほかのふたりの兄弟きょうだい、すなわち、ゼベダイの子こヤコブとその兄弟きょうだいヨハネとが、父ちちゼベダイと一緒いっしょに、舟ふねの中なかで網あみを繕つくろっているのをごらんになった。そこで彼かれらをお招まねきになると、

マタイ9:9 さてイエスはそこから進すすんで行いかれ、マタイという人ひとが収税しゅうぜい所しょにすわっているのを見みて、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。すると彼かれは立たちあがって、イエスに従したがった。

マタイ9:27 そこから進すすんで行いかれると、ふたりの盲人もうじんが、「ダビデの子こよ、わたしたちをあわれんで下ください」と叫さけびながら、イエスについてきた。

マタイ19:12 というのは、母ははの胎内たいないから独身どくしん者しゃに生うまれついているものがあり、また他ほかから独身どくしん者しゃにされたものもあり、また天国てんごくのために、みずから進すすんで独身どくしん者しゃとなったものもある。この言葉ことばを受うけられる者ものは、受うけいれるがよい」。

マタイ22:46 イエスにひと言ことでも答こたえうる者ものは、なかったし、その日ひからもはや、進すすんでイエスに質問しつもんする者ものも、いなくなった。

マタイ26:39 そして少すこし進すすんで行いき、うつぶしになり、祈いのって言いわれた、「わが父ちちよ、もしできることでしたらどうか、この杯さかずきをわたしから過すぎ去さらせてください。しかし、わたしの思おもいのままにではなく、みこころのままになさって下ください」。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ1:19 また少すこし進すすんで行いかれると、ゼベダイの子こヤコブとその兄弟きょうだいヨハネとが、舟ふねの中なかで網あみを繕つくろっているのをごらんになった。

マルコ14:35 そして少すこし進すすんで行いき、地ちにひれ伏ふし、もしできることなら、この時ときを過すぎ去さらせてくださるようにと祈いのりつづけ、そして言いわれた、

マルコ14:60 そこで大だい祭司さいしが立たちあがって、まん中なかに進すすみ、イエスに聞ききただして言いった、「何なんも答こたえないのか。これらの人々ひとびとがあなたに対たいして不利ふりな証言しょうげんを申もうし立たてているが、どうなのか」。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ9:53 村人むらびとは、エルサレムへむかって進すすんで行いかれるというので、イエスを歓迎かんげいしようとはしなかった。

ルカ9:57 道みちを進すすんで行いくと、ある人ひとがイエスに言いった、「あなたがおいでになる所ところならどこへでも従したがってまいります」。

ルカ13:33 しかし、きょうもあすも、またその次つぎの日ひも、わたしは進すすんで行いかねばならない。預言よげん者しゃがエルサレム以外いがいの地ちで死しぬことは、あり得えないからである』。

ルカ14:10 むしろ、招まねかれた場合ばあいには、末座まつざに行いってすわりなさい。そうすれば、招まねいてくれた人ひとがきて、『友ともよ、上座かみざの方ほうへお進すすみください』と言ゆうであろう。そのとき、あなたは席せきを共ともにするみんなの前まえで、面目めんぼくをほどこすことになるであろう。

ルカ19:36 そして進すすんで行いかれると、人々ひとびとは自分じぶんたちの上着うわぎを道みちに敷しいた。

ルカ24:28 それから、彼かれらは行いこうとしていた村むらに近ちかづいたが、イエスがなお先さきへ進すすみ行いかれる様子ようすであった。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ21:12 イエスは彼かれらに言いわれた、「さあ、朝あさの食事しょくじをしなさい」。弟子でしたちは、主しゅであることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進すすんで尋たずねる者ものがなかった。

使徒行伝(9か所)

使徒8:36 道みちを進すすんで行いくうちに、水みずのある所ところにきたので、宦官かんがんが言いった、「ここに水みずがあります。わたしがバプテスマを受うけるのに、なんのさしつかえがありますか」。〔

使徒11:19 さて、ステパノのことで起おこった迫害はくがいのために散ちらされた人々ひとびとは、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進すすんで行いったが、ユダヤ人にん以外いがいの者ものには、だれにも御言みことを語かたっていなかった。

使徒12:10 彼かれらは第だい一いち、第だい二にの衛所えいしょを通とおりすぎて、町まちに抜ぬける鉄門てつもんのところに来くると、それがひとりでに開ひらいたので、そこを出でて一ひとつの通路つうろに進すすんだとたんに、御ご使しは彼かれを離はなれ去さった。

使徒13:14 しかしふたりは、ペルガからさらに進すすんで、ピシデヤのアンテオケに行いき、安息あんそく日ひに会堂かいどうにはいって席せきに着ついた。

使徒16:7 そして、ムシヤのあたりにきてから、ビテニヤに進すすんで行いこうとしたところ、イエスの御ご霊れいがこれを許ゆるさなかった。

使徒27:8 その岸きしに沿そって進すすみ、かろうじて「良よき港みなと」と呼よばれる所ところに着ついた。その近ちかくにラサヤの町まちがあった。

使徒27:28 そこで、水みずの深ふかさを測はかってみたところ、二十にじゅうひろであることがわかった。それから少すこし進すすんで、もう一いち度ど測はかってみたら、十じゅう五ごひろであった。

使徒27:40 そこで、いかりを切きり離はなして海うみに捨すて、同時どうじにかじの綱つなをゆるめ、風ふうに前まえの帆ほをあげて、砂浜すなはまにむかって進すすんだ。

使徒28:13 そこから進すすんでレギオンに行いった。それから一日ついたちおいて、南風はえが吹ふいてきたのに乗じじょうじ、ふつか目めにポテオリに着ついた。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ5:7 正ただしい人ひとのために死しぬ者ものは、ほとんどいないであろう。善人ぜんにんのためには、進すすんで死しぬ者ものもあるいはいるであろう。

ローマ12:10 兄弟きょうだいの愛あいをもって互たがいにいつくしみ、進すすんで互たがいに尊敬そんけいし合あいなさい。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一9:17 進すすんでそれをすれば、報酬ほうしゅうを受うけるであろう。しかし、進すすんでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務つとむなのである。

コリント第一9:19 わたしは、すべての人ひとに対たいして自由じゆうであるが、できるだけ多おおくの人ひとを得えるために、自みずから進すすんですべての人ひとの奴隷どれいになった。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二8:3 わたしはあかしするが、彼かれらは力ちからに応おうじて、否いな、力ちから以上いじょうに施ほどこしをした。すなわち、自みずから進すすんで、

コリント第二8:17 彼かれはわたしの勧すすめを受うけいれ、そして更さらに熱心ねっしんになって、自分じぶんから進すすんであなたがたのところに行いった。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ5:25 もしわたしたちが御ご霊れいによって生いきるのなら、また御ご霊れいによって進すすもうではないか。

ガラテヤ6:16 この法則ほうそくに従したがって進すすむ人々ひとびとの上うえに、平和へいわとあわれみとがあるように。また、神かみのイスラエルの上うえにあるように。

ピリピ人への手紙(3か所)

ピリピ1:25 こう確信かくしんしているので、わたしは生いきながらえて、あなたがた一同いちどうのところにとどまり、あなたがたの信仰しんこうを進すすませ、その喜よろこびを得えさせようと思おもう。

ピリピ3:8 わたしは、更さらに進すすんで、わたしの主しゅキリスト・イエスを知しる知識ちしきの絶大ぜつだいな価値かちのゆえに、いっさいのものを損そんと思おもっている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失うしなったが、それらのものを、ふん土つちのように思おもっている。それは、わたしがキリストを得えるためであり、

ピリピ3:16 ただ、わたしたちは、達たっし得えたところに従したがって進すすむべきである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:9 しかし、彼かれらはそのまま進すすんでいけるはずがない。彼かれらの愚おろかさは、あのふたりの場合ばあいと同おなじように、多おおくの人ひとに知しれて来くるであろう。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル6:1 そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教きょうの初歩しょほをあとにして、完成かんせいを目めざして進すすもうではないか。今いまさら、死しんだ行おこないの悔改くいあらためと神かみへの信仰しんこう、

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ1:13 だれでも誘惑ゆうわくに会あう場合ばあい、「この誘惑ゆうわくは、神かみからきたものだ」と言いってはならない。神かみは悪あくの誘惑ゆうわくに陥おちいるようなかたではなく、また自みずから進すすんで人ひとを誘惑ゆうわくすることもなさらない。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一5:2 あなたがたにゆだねられている神かみの羊ひつじの群むれを牧まきしなさい。しいられてするのではなく、神かみに従したがって自みずから進すすんでなし、恥はずべき利得りとくのためではなく、本心ほんしんから、それをしなさい。

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