「通り過ぎる」(とおりすぎる)が出てくる聖書の箇所

「通り過ぎる」(とおりすぎる)は口語訳の22か所(旧約19・新約3)に出てきます。「通りすぎる」も含みます。日常訳第1版では47か所。

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創世記(1か所)

創世記15:17 やがて日ひは入はいり、暗くらやみになった時とき、煙けむりの立たつかまど、炎ほのおの出でるたいまつが、裂さいたものの間あいだを通とおり過すぎた。

出エジプト記(1か所)

出エジプト33:22 わたしの栄光えいこうがそこを通とおり過すぎるとき、わたしはあなたを岩いわの裂さけ目めに入いれて、わたしが通とおり過すぎるまで、手てであなたをおおうであろう。

民数記(1か所)

民数記21:22 「わたしにあなたの国くにを通とおらせてください。わたしたちは畑はたけにもぶどう畑はたけにも、はいりません。また井戸いどの水みずも飲のみません。わたしたちはあなたの領地りょうちを通とおり過すぎるまで、ただ王おうの大路おおじを通とおります」。

士師記(1か所)

士師記9:25 シケムの人々ひとびとは彼かれに敵てきして待まち伏ぶせする者ものを山々やまやまの頂いただきにおき、すべてその道みちを通とおり過すぎる者ものを略奪りゃくだつさせた。このことがアビメレクに告つげ知しらされた。

ルツ記(1か所)

ルツ記4:1 ボアズは町まちの門もんのところへ上のぼっていって、そこにすわった。すると、さきにボアズが言いった親戚しんせきの人ひとが通とおり過すぎようとしたので、ボアズはその人ひとに言いった、「友ともよ、こちらへきて、ここにおすわりください」。彼かれはきてすわった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一9:4 そこでふたりはエフライムの山地さんちを通とおりすぎ、シャリシャの地ちを通とおり過すぎたけれども見当みあたらず、シャリムの地ちを通とおり過すぎたけれどもおらず、ベニヤミンの地ちを通とおり過すぎたけれども見当みあたらなかった。

列王紀上(3か所)

列王紀上19:11 主しゅは言いわれた、「出でて、山やまの上うえで主しゅの前まえに、立たちなさい」。その時とき主しゅは通とおり過すぎられ、主しゅの前まえに大おおきな強つよい風かぜが吹ふき、山やまを裂さき、岩いわを砕くだいた。しかし主しゅは風かぜの中なかにおられなかった。風かぜの後あとに地震じしんがあったが、地震じしんの中なかにも主しゅはおられなかった。

列王紀上19:19 さてエリヤはそこを去さって行いって、シャパテの子こエリシャに会あった。彼かれは十じゅう二にくびきの牛うしを前まえに行いかせ、自分じぶんは十じゅう二に番ばん目めのくびきと共ともにいて耕たがやしていた。エリヤは彼かれのかたわらを通とおり過すぎて外套がいとうを彼かれの上うえにかけた。

列王紀上20:39 王おうが通とおり過すぎる時とき、王おうに呼よばわって言いった、「しもべはいくさの中なかに出でて行いきましたが、ある軍人ぐんじんが、ひとりの人ひとをわたしの所ところにつれてきて言いいいました、『この人ひとを守まもっていなさい。もし彼かれがいなくなれば、あなたの命いのちを彼かれの命いのちに代かえるか、または銀ぎん一いちタラントを払はらわなければならない』。

詩篇(2か所)

詩篇37:36 しかし、わたしが通とおり過すぎると、見みよ、彼かれはいなかった。わたしは彼かれを尋たずねたけれども見みつからなかった。

詩篇89:41 そこを通とおり過すぎる者ものは皆みな彼かれをかすめ、彼かれはその隣となり人びとのあざけりとなりました。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書35:8 そこに大路おおじがあり、その道みちは聖せいなる道みちととなえられる。汚よごれた者ものはこれを通とおり過すぎることはできない、愚おろかなる者ものはそこに迷まよい入いることはない。

エレミヤ書(4か所)

エレミヤ書9:10 山やまのために泣なき叫さけび、野のの牧場ぼくじょうのために悲かなしめ。これらは荒あれすたれて、通とおり過すぎる人ひともない。ここには牛うし、羊ひつじの鳴なく声こえも聞きこえず、空そらの鳥とりも獣けものも皆みな逃にげ去さった。

エレミヤ書9:12 知恵ちえがあって、これを悟さとることのできる人ひとはだれか。主しゅの口くちの言葉ことばをうけて、それを示しめす人ひとはだれか。この地ちが滅ほろぼされて荒野こうやのようになり、通とおり過すぎる人ひともなくなったのはどういうわけか。

エレミヤ書33:13 山地さんちの町々まちまちと、平地へいちの町々まちまちと、ネゲブの町々まちまちと、ベニヤミンの地ち、エルサレムの周囲しゅういと、ユダの町々まちまちで、群むれは再ふたたびそれを数かぞえる者ものの手ての下したを通とおりすぎると主しゅは言いわれる。

エレミヤ書49:17 エドムは恐おそれとなる。そのかたわらを通とおり過すぎる者ものはみな恐おそれ、その災わざわいのために、舌打したうちする。

ダニエル書(2か所)

ダニエル書11:10 その子こらはまた憤激ふんげきして、あまたの大軍たいぐんを集あつめ、進すすんで行いって、みなぎりあふれ、通とおり過すぎるが、また行いって、その城しろにまで攻せめ寄よせるでしょう。

ダニエル書11:40 終おわりの時ときになって、南みなみの王おうは彼かれと戦たたかいます。北きたの王おうは、戦車せんしゃと騎兵きへいと、多おおくの船ふねをもって、つむじ風かぜのように彼かれを攻せめ、国々くにぐににはいっていって、みなぎりあふれ、通とおり過すぎるでしょう。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:15 この町まちは勝かち誇ほこって、安やすらかに落おち着つき、その心こころの中なかで、「ただわたしだけだ、わたしの外そとにはだれもない」と言いった町まちであるが、このように荒あれはてて、獣けものの伏ふす所ところになってしまった。ここを通とおり過すぎる者ものは皆みなあざけって、手てを振ふる。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ6:48 ところが逆風ぎゃくふうが吹ふいていたために、弟子でしたちがこぎ悩なやんでいるのをごらんになって、夜明よあけの四よん時じごろ、海うみの上うえを歩あるいて彼かれらに近ちかづき、そのそばを通とおり過すぎようとされた。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ13:22 さてイエスは教おしえながら町々まちまち村々むらむらを通とおり過すぎ、エルサレムへと旅たびを続つづけられた。

ルカ18:36 群衆ぐんしゅうが通とおり過すぎる音おとを耳みみにして、彼かれは何事なにごとがあるのかと尋たずねた。

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