「言い争う」(いいあらそう)が出てくる聖書の箇所
「言い争う」(いいあらそう)は日常訳第1版の15か所(旧約9・新約6)に出てきます。「言い争える」も含みます。口語訳では9か所。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二19:9 イスラエルの全部族の間で、民は互いに言い争っていた。「王はわたしたちを敵の手から救い、ペリシテ人の手から助け出してくれた。それなのに今、王はアブサロムを避けて、この国から逃げ出したままだ。
列王紀上(1か所)
列王紀上3:22 すると、もう一人の女が言った。「違います。生きている子がわたしの子で、死んだ子があなたの子です。」でも、最初の女は言った。「違う。死んだ子があなたの子で、生きている子がわたしの子よ。」こうして二人は王の前で言い争った。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記13:19 だれか、わたしと言い争える者がいるだろうか。もしいるなら、わたしは黙って死んでいこう。
ヨブ記40:2 わたしのような者が全能者と言い争おうというのか。神を責めるのなら、それに答えてみるがいい。
箴言(1か所)
箴言29:9 知恵ある人が愚かな人と言い争っても、相手は怒ったり笑ったりするだけで、話は少しも落ち着かない。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書41:12 あなたと言い争う者を探しても、もう見つからない。あなたと戦う者は、まるでなかったかのように、跡形もなく消えてしまう。
イザヤ書45:9 自分を造った方と言い争う者は、わざわいだ。土の器のかけらにすぎないのに。粘土が、自分を形づくる者に「何を造っているのか」と言うだろうか。作品が「あなたには手がない」と言うだろうか。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書15:10 ああ、お母さん、どうしてわたしを産んだのですか。わたしは国じゅうを相手に争い、言い争う者になってしまった。わたしは貸したことも借りたこともないのに、みんながわたしをのろう。
ミカ書(1か所)
ミカ書6:2 山々よ、主の訴えを聞け。大地の変わらぬ土台よ、耳を傾けよ。主はご自分の民を訴え、イスラエルと言い争っておられる。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ9:34 弟子たちは黙っていた。道で、誰がいちばん偉いかと言い争っていたからだ。
使徒行伝(2か所)
使徒24:12 そして、わたしが神殿で誰かと言い争ったり、群衆を扇動したりしているのを、彼らは見ていません。会堂でも、町のどこでも、そんなことはしていません。
使徒25:19 ただ、彼ら自身の宗教についての、いくつかの論点で彼と言い争っていただけでした。それに、死んだはずのイエスという人のことで、パウロはその人が生きていると言い張っていたのです。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一11:16 もしこのことで言い争いたい人がいても、わたしたちにはそんな習慣はないし、神の諸教会にもない。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ2:14 何をするにも、不平を言ったり、言い争ったりせずにしてください。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:9 天使のかしらであるミカエルでさえ、モーセの体をめぐって悪魔と言い争ったとき、あえて相手をののしって裁くようなことはせず、「主がおまえを叱ってくださるように」と言っただけだった。