「見かける」(みかける)が出てくる聖書の箇所

「見かける」(みかける)は日常訳第1版の17か所(旧約11・新約6)に出てきます。「見掛ける」も含みます。口語訳では3か所。

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創世記(2か所)

創世記34:2 その地ちの首長しゅちょうである、ヒビ人にんハモルの子こシケムがディナを見みかけると、彼女かのじょを連つれ去さって、無理むりやり関係かんけいを持もち、辱はずかしめた。

創世記38:2 ユダはそこで、シュアという名なのカナン人にんの娘むすめを見みかけた。そして彼女かのじょをめとり、彼女かのじょのところに入はいった。

出エジプト記(1か所)

出エジプト23:4 もし、あなたの敵てきの牛うしやろばが迷まよっているのを見みかけたら、必かならずその人ひとのところへ連つれ戻もどしてやりなさい。

申命記(2か所)

申命記22:1 あなたの仲間なかまの牛うしや羊ひつじが迷まよい出でているのを見みかけたら、見みて見みぬふりをしてはいけない。必かならず連つれ帰かえって、その仲間なかまに返かえしなさい。

申命記22:4 あなたの仲間なかまのろばや牛うしが道みちで倒たおれているのを見みかけたら、見みて見みぬふりをしてはいけない。必かならず手てを貸かして、起おこしてあげなさい。

士師記(3か所)

士師記14:1 サムソンはティムナに下くだって行いき、そこで一人ひとりの女性じょせいを見みかけた。ペリシテ人びとの娘むすめだった。

士師記14:2 彼かれは帰かえると、父ちちと母ははにこう言いった。「ティムナでペリシテ人びとの娘むすめを一人ひとり見みかけたんだ。あの人ひとをぼくの妻つまにもらってきてほしい。」

士師記16:1 サムソンはガザへ行いった。そこで一人ひとりの遊女ゆうじょを見みかけ、その女おんなのところに入はいった。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記31:19 もし着物きものがないために死しにそうな人ひとや、身みを包つつむもののない貧まずしい人ひとを見みかけたのに、

詩篇(1か所)

詩篇31:11 わたしは敵てきという敵てきからさげすまれ、隣人りんじんからはなおさげすまれた。知しり合あいにとっては恐怖きょうふの的まととなり、道みちで見みかけると、みんなわたしを避さけて逃にげていった。

雅歌(1か所)

雅歌3:3 町まちを見回みまわる夜警やけいたちが、わたしを見みつけた。「魂たましいが愛あいするあの人ひとを、見みかけませんでしたか」

マタイによる福音書(3か所)

マタイ4:18 さて、イエスがガリラヤ湖このほとりを歩あるいていると、二人ふたりの兄弟きょうだいを見みかけた。ペトロと呼よばれるシモンと、その兄弟きょうだいアンデレである。二人ふたりは湖みずうみで網あみを打うっていた。漁師りょうしだったのだ。

マタイ4:21 そこからさらに進すすむと、イエスはほかの二人ふたりの兄弟きょうだいを見みかけた。ゼベダイの子こヤコブと、その兄弟きょうだいヨハネだ。二人ふたりは父ちちゼベダイと一緒いっしょに舟ふねの中なかで網あみを直なおしていた。イエスは彼かれらを呼よんだ。

マタイ9:9 イエスはそこを通とおりかかったとき、マタイという人ひとが収税しゅうぜい所しょに座すわっているのを見みかけた。イエスが「わたしについて来きなさい」と声こえをかけると、マタイは立たち上あがってイエスについて行いった。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ1:16 イエスはガリラヤ湖このほとりを歩あるいていて、シモンと、その兄弟きょうだいアンデレを見みかけた。二人ふたりは漁師りょうしで、湖みずうみに網あみを打うっていた。

マルコ1:19 少すこし進すすむと、イエスはゼベダイの子こヤコブと、その兄弟きょうだいヨハネを見みかけた。二人ふたりは舟ふねの中なかで網あみを繕つくろっていた。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ9:1 イエスは道みちを歩あるいているとき、生うまれつき目めの見みえない人ひとを見みかけた。

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