「行き来」(いきき)が出てくる聖書の箇所

「行き来」(いきき)は口語訳の14か所(旧約13・新約1)に出てきます。「ゆきき」も含みます。日常訳第1版では15か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記23:12 しかし、あなたがたがもしひるがえって、これらの国民こくみんの、生いき残のこって、あなたがたの中なかにとどまる者ものどもと親したしくなり、これと婚姻こんいんし、ゆききするならば、

ヨブ記(1か所)

ヨブ記15:19 彼かれらにのみこの地ちは授さずけられて、他国たこく人にんはその中なかに行いき来きしたことがなかった。

箴言(1か所)

箴言9:15 道みちを急いそぐ行いき来きの人ひとを招まねいて言ゆう、

エゼキエル書(5か所)

エゼキエル書1:13 この生いきもののうちには燃もえる炭すみの火ひのようなものがあり、たいまつのように、生いきものの中なかを行いき来きしている。火ひは輝かがやいて、その火ひから、いなずまが出でていた。

エゼキエル書1:14 生いきものは、いなずまのひらめきのように速はやく行いき来きしていた。

エゼキエル書19:6 彼かれはししのうちに行いき来きし、若わかいししとなって、獲物えものをとることを学まなび、人ひとを食たべた。

エゼキエル書35:7 わたしはセイル山さんを全まったく荒あらし、そこに行いき来きする者ものを断たち、

エゼキエル書36:34 荒あれた地ちは、行いき来きの人々ひとびとの目めに荒あれ地ちと見みえたのに引ひきかえて耕たがやされる。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書3:6 「わたしは諸しょ国民こくみんを滅ほろぼした。そのやぐらは荒あれはてた。わたしはそのちまたを荒あらしたので、ちまたを行いき来きする者ものもない。その町々まちまちは荒あれすたれて、人ひとの姿すがたもなく、住すむ者ものもない。

ゼカリヤ書(4か所)

ゼカリヤ書3:7 「万まん軍ぐんの主しゅは、こう仰おおせられる、あなたがもし、わたしの道みちに歩あゆみ、わたしの務むを守まもるならば、わたしの家いえをつかさどり、わたしの庭にわを守まもることができる。わたしはまた、ここに立たっている者ものどもの中なかに行いき来きすることを得えさせる。

ゼカリヤ書4:10 だれでも小ちいさい事ことの日ひをいやしめた者ものは、ゼルバベルの手てに、下さげ振ふりのあるのを見みて、喜よろこぶ。これらの七ななつのものは、あまねく全地ぜんちを行いき来きする主しゅの目めである」。

ゼカリヤ書7:14 「わたしは、つむじ風かぜをもって、彼かれらを未知みちのもろもろの国民こくみんの中なかに散ちらした。こうして彼かれらが去さった後あと、この地ちは荒あれて行いき来きする者ものもなく、この麗うるわしい地ちは荒あれ地ちとなったのである」。

ゼカリヤ書9:8 その時ときわたしは、わが家やのために営えいを張はって、見張みはりをし、行いき来きする者もののないようにする。しえたげる者ものは、かさねて通とおることがない。わたしが今いま、自分じぶんの目めで見みているからである。

使徒行伝(1か所)

使徒1:21 そういうわけで、主しゅイエスがわたしたちの間あいだにゆききされた期間きかん中ちゅう、

語句索引に戻る