「罪深い」(つみぶかい)が出てくる聖書の箇所

「罪深い」(つみぶかい)は日常訳第1版の15か所(旧約4・新約11)に出てきます。口語訳では5か所。

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創世記(1か所)

創世記13:13 ソドムの人々ひとびとは、主しゅの前まえでとても悪わるく、罪深つみぶかい者ものたちだった。

民数記(1か所)

民数記32:14 それなのに、あなたたちは父親ちちおやたちの後あとを継ついで、罪深つみぶかい者ものたちの一族いちぞくとして立たち上あがっている。イスラエルに対たいする主しゅの激はげしい怒いかりを、さらにあおろうとしているのだ。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一15:18 その主しゅが、あなたを任務にんむに送おくり出だしてこう言いわれた。『行いって、罪深つみぶかいアマレク人にんを滅ほろぼし尽つくせ。彼かれらを全滅ぜんめつさせるまで戦たたかえ。』

アモス書(1か所)

アモス書9:8 見みよ、主しゅなる神かみの目めは、この罪深つみぶかい王国おうこくに注そそがれている。わたしはこの国くにを地ちの面めんから消けし去さる。でも、ヤコブの家いえをすべて滅ほろぼし尽つくすことはしない、と主しゅは言いわれる。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ8:38 この、神かみに背そむいた罪深つみぶかい時代じだいにあって、わたしとわたしの言葉ことばを恥はじる者ものは、人ひとの子こもまた、父ちちの栄光えいこうに包つつまれ、聖せいなる天使てんしたちとともに来くるとき、その者ものを恥はじるだろう。」

ルカによる福音書(7か所)

ルカ5:8 これを見みたシモン・ペトロは、イエスの足あしもとにひれ伏ふして言いった。「主しゅよ、わたしから離はなれてください。わたしは罪深つみぶかい人間にんげんです。」

ルカ7:37 すると、その町まちに住すむ一人ひとりの女おんながいた。彼女かのじょは罪深つみぶかい暮くらしをしていた。この女おんなは、イエスがファリサイ派はの人ひとの家いえで食事しょくじをしていると知しり、香油こうゆの入はいった石膏せっこうのつぼを持もってやって来きた。

ルカ7:39 イエスを招まねいたファリサイ派はの人ひとはこれを見みて、心こころの中なかで思おもった。「この人ひとがもし預言よげん者しゃなら、自分じぶんにさわっているのがどんな女おんなか、分わかるはずだ。この女おんなは罪深つみぶかい者ものなのに。」

ルカ13:2 イエスは答こたえて言いわれた。「そんな目めにあったからといって、このガリラヤの人ひとたちが、ほかのどのガリラヤ人にんよりも罪深つみぶかかったと思おもうのか。

ルカ13:4 それとも、シロアムの塔とうが倒たおれて下敷したじきになって死しんだ、あの十じゅう八はち人にんはどうか。彼かれらが、エルサレムに住すむほかのどの人ひとよりも罪深つみぶかかったと思おもうのか。

ルカ19:7 これを見みて、人々ひとびとはみな不満ふまんげにつぶやいた。「あの人ひとは、罪深つみぶかい男おとこの家いえに泊とまりに入はいって行いった」

ルカ24:7 『人ひとの子こは必かならず、罪深つみぶかい人ひとたちの手てに渡わたされ、十字じゅうじ架かにつけられ、三みっ日か目めによみがえる』と話はなしたでしょう。」

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ9:25 すると彼かれは答こたえた。「あの方かたが罪深つみぶかい人ひとかどうか、わたしにはわかりません。ただ一ひとつだけわかっていることがあります。わたしは目めが見みえなかったのに、今いまは見みえるということです」

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ4:5 しかし、働はたらきがなくても、神かみを信しんじる人ひとがいる。罪深つみぶかい者ものを正ただしいと認みとめてくださる神かみを信しんじる人ひとだ。その信仰しんこうこそが、義ぎと認みとめられる。

ローマ7:13 では、その善ぜんなるものがわたしにとって死しになったのだろうか。決けっしてそうではない。死しをもたらしたのは罪つみなのだ。罪つみが罪つみであることをはっきり示しめすために、その善ぜんなるものを使つかってわたしに死しをもたらした。それは、戒いましめを通とおして罪つみがどこまでも罪深つみぶかいものだと明あきらかになるためだった。

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